第19話 改めて自覚する自分の現状
「……暑っ」
あまりの暑さに身に着けていた外套を脱ぐ。
スタンフォードが身に着けている外套は王族専用のもので、学園で身に着けているのはスタンフォードとハルバードの二人だけだ。
この外套は魔力を流すと瞬時に硬化する特殊な繊維で出来ているが、どうにも風通しが悪かった。
照りつける日光を浴びながら、スタンフォードは一人思いに耽る。
「結局、僕は何も変わってなかったんだな……」
転生してから周囲に持て囃されて過ごしてきた自分に訪れた大きな挫折。
それは奇しくも前世で就職した際に味わった挫折と感覚が似ていた。
スタンフォード――才上進は幼い頃から器用で、勉強も習い事も少し学んだだけですぐに理解することができた。
小学校の頃は勉強もスポーツもできる絵に描いたような優等生だった。
友人だってたくさんいた。クラスの女子から告白だってされたこともある。
だが、そんな日々は長くは続かなかった。
中学生になった辺りから、トップに立てなくなったのだ。
原因は簡単だ。
進は四月二日が誕生日の遅生まれ。
実質、周囲の子供達よりも一歳差がある状態だったのだ。
これによって幼少期は周囲に差を付けられた。
だが、その差は成長と共に失われる。
自分は天才なんだと信じて疑わなかった進は、無意識の内に周囲の人間を凡人だと見下して生きていた。
これには両親が彼のことを周囲と比べてとりわけ優秀なのだと持て囃していたことも原因の一端である。
そんな凡人達に抜かされることは彼のプライドが許さなかった。
その結果、進はスポーツでトップをとることは諦めて勉強に力を入れた。
中学生程度の内容ならば努力すれば学年一位を取ることも難しくはなかった。
名門私立でも学年上位を取り続けた進は周囲からも頼られる存在になっていった。
しかし、彼の無意識の内に人を見下す性格は、彼の周囲から人を遠ざけていくことになる。
友人がいなくなっても、彼は態度を改めることはなかった。
頼れる友人がいなくても一人で何とかする能力を持っていた進にとって、友人の有無は大きな問題にならなかったからだ。
受験で特に躓くこともなく、有名大学に入学した。
姉が大学受験で失敗していたこともあり、両親はさらに進を持て囃すことになる。
『本当に進は優秀ね! さすがは私の子ね!』
『ああ、父親としても誇らしいよ』
裕福な家庭で何不自由ない暮らし。
進にとって勉強は苦ではなかった。何も考えずに言われたことをやっていれば結果がついてくるからである。
両親に言われた通りの道を進めば間違いはない。
そう思っていた進にとって不思議だったのは、いつも両親に反抗ばかりしている姉の存在だった。
『どうして姉さんは父さんや母さんの言うことを聞かないんだ?』
『私はあの人達の操り人形じゃないから』
『僕は言う通りにしてここまで失敗知らずだよ。姉さんが失敗だらけなのって、二人の言うことを聞かなかったからじゃないの?』
なかなかに酷い言葉である。
ずっと優秀な弟と比べられ続け、嫌な思いもたくさんしてきたはずの姉を見下すような言葉をかけているのだから。
『確かにね。でも、あの人達の言いなりになって手に入る幸せなんて欲しくないの』
『楽に幸せになれるならそれでいいんじゃないのか?』
『失敗も成功も全部私が決めたこと。それなら後悔しないでしょ』
『わかんないなぁ。失敗しないに越したことはないってのに』
最初は姉の言葉の意味がわからなかった。
それを理解できたのは就職してからだった。
学歴と口八丁で内定をもらった大企業。
職場環境も良く、給料も高い。
周囲の人間が喉から手が出るような環境だったのにも関わらず、進は職場に馴染めなかった。
目標も何もなく、仕事では失敗ばかり。
自分より下だと思っていたはずの同期にはどんどん抜かされ、その内後輩にも抜かされるようになった。
このままこの環境で働く自信がなくなった進はそのことを両親に相談した。
すると、両親は今まで彼を持て囃していたことが嘘のように手のひらを返した。
『もう大人なんだから甘えないでよ。それくらい自分で考えなさい』
母さんが言ったんじゃないか。
子供は黙って親の言うことを聞いてればいいって。
『そりゃ仕事なんだから辛いこともあるだろ。甘えるなよ』
父さんが言ったんじゃないか。
この会社は大企業だから就職すれば楽ができるって。
精神的にどんどん追い詰められていった進の心を救ったのは姉だった。
『よくそんな環境で今まで頑張ってこれたね。すごいじゃん』
姉だけは彼の感じている不満を〝甘え〟だと切り捨てることなく、しっかりと受け止めた上で相談に乗ってあげていた。
『大体、社会人経験のないあの人達に相談しても無駄に決まってるでしょ。あの人達は子供を自分達のステータスとしか思ってないの』
吐き捨てるように言うと、姉は言い聞かせるように告げる。
『やりたいことなんてある人の方が少ないわ。進は給料よりも働き甲斐を求めるタイプみたいだし、ゆっくり見つけていけばいいと思うよ』
『姉さんは今の会社にいて辛くないの?』
『まあ、進のとこほど給料が高いわけでもないけど、自分がやりたいって思った仕事を出来てるから満足はしてるよ』
姉はITベンチャー企業に就職していた。
残業することも多く、給料もそこまで高いわけではなかったが、彼女は働き甲斐を感じていた。
『だから嫌ならスパっと仕事辞めちゃうのもありよ? 辛かったら逃げてもいいんだから』
『逃げても、いい……』
辛かったら逃げてもいい。
この言葉にどれだけ救われただろうか。
それから逃げるように仕事を辞めた進のニート生活が始まったのであった。
「今思えば、あれからずっと逃げたまんまだな……」
スタンフォードとしての人生も前世と変わらない。
生まれ持ったもので成功し、そのまま挫折を知らずに過ごしてきた。
努力をしなかったわけではないが、才能に胡坐をかいていたことは否めない。
前世の失敗から何も学ばず、周囲を見下し続けてきた。
『この程度、僕でもできるけどみんなはどうしてできないんだい?』
『おいおい、魔法の名門の出なんだからもっと努力しなよ。才能に胡坐をかいてちゃ大成できないよ。だから、僕みたいに平凡だけど努力している人間に負けるんだよ』
『僕なんて大したことないよ。むしろ、これくらいできて当然だろう?』
これで自分は謙虚に振る舞っていると思っているのだから驚きである。
周囲から反感を買っても、スタンフォードが表立って責められることはなかった。
スタンフォードが周囲から反感を買う裏で、セタリアが周囲へのフォローを欠かさなかったからである。
しかし、頭を下げる婚約者を放っておいて、スタンフォードは権力にすり寄ってくる令嬢達を侍らせて際限なく調子に乗っていった。
将来は側室にしてやってもいいだろう。
当時のスタンフォードは、名前も覚えていない令嬢達に対してそんな風に思っていた。
結果、ブレイブという〝真の主人公〟が現れたことで、スタンフォードの天下は終わりを告げることになる。
それから、スタンフォードは自分の行動を反省して今日まで生きてきたつもりだった。
ブレイブと出会って挫折こそしたものの、現状は原作の流れを知っているポンデローザの言う通りに動いているだけ。
ポンデローザには感謝している。
だが、このままでいいのかという疑問は頭から離れなかった。
「……僕は、このままで、いいんだろう、か……」
段々と意識が朦朧としてくる。
思うように体が動かせない。
息苦しさを感じながら、そのままスタンフォードは意識を手放した。
「……すか……大丈夫ですか!?」
スタンフォードが目を覚ますと、そこは救護室のベッドの上だった。
近くには見覚えのない女子生徒が座っている。
「お体の方は大丈夫ですか? 救護室の先生のお話では熱中症とのことでしたが……」
スタンフォードは、直射日光が当たる場所で長時間考え事をしていたせいで熱中症になってしまった。
意識の朦朧としているスタンフォードを見つけたこの女子生徒が救護室まで運んたのだった。
「ああ、少し怠いけど大丈夫だ。君が運んでくれたのかい?」
「はい、様子がおかしいと思って声をかけたのですが、返事がなかったので……」
癖のある茶髪と目が隠れるほど長い前髪。
意識のないスタンフォードを運べたということは、それなりの腕力の持ち主である。
表情を窺うことはできないが、純粋に善意で助けてくれたのだと理解したスタンフォードは、素直に礼を述べた。
「そうか。ありがとう、助かったよ」
「い、いえ、ご無事なら良かったです」
元気を取り戻したスタンフォードを見て、女子生徒は安堵したように胸を撫で下ろした。
「では、私は生徒会に呼ばれているのでこれで失礼致します」
「生徒会に?」
生徒会に呼び出されるなんて余程のことがなければありえない。しかし、目の前の女子生徒からは問題児という雰囲気は感じ取れない。
「はい、心当たりはあるのですが……」
女子生徒はどこかゲンナリとした様子で項垂れる。
「心細いなら僕が付き合おうか? 生徒会には知り合いもいるし、救護室まで運んでくれた礼も兼ねてどうだろう?」
生徒会は王族や上級貴族の巣窟みたいな場所だ。
王族であるスタンフォードですら行きたくないと思うほどの場所である。
そんな場所にそこまで位の高くなさそうな身分の生徒が足を運ぶのには抵抗がある。
そんなスタンフォードの気遣いに、女子生徒は嬉しそうな声を上げる。
「ホントですか!? 助かります! って、生徒会に知り合いがいるってすごいね」
「そんな大したものじゃない。上級機族の巣窟みたいな場所だけど、身分関係なく接してくれる人もいるってだけさ」
スタンフォードは他の生徒会メンバーを除外してマーガレットのことだけを思い浮かべる。
マーガレットは平民育ちということもあり、感覚は平民そのものだ。
その点でいえば、前世は日本で暮らしていたポンデローザも該当するが、彼女は人前では公爵家の令嬢として振る舞わなければいけないため、身分関係なく接してくれる可能性は存在しないだろう。
救護室を出ると、スタンフォードは今の自分が王族の象徴である外套を身に着けていないことに気がついた。
「外套は着ないとまずいよな」
「えっ」
スタンフォードが外套を羽織った瞬間、女子生徒の動きが止まった。
女子生徒は恐る恐るといった様子でスタンフォードへと尋ねる。
「あの、そういえばお名前を窺っていませんでしたけど……」
「ああ、すまない。僕はスタンフォード・クリエニーラ・レベリオンだ」
「はぅ……やっぱり……」
この世の終わりと言わんばかりの声音で呟くと、女子生徒はガックリと肩を落とす。
その様子に首を傾げながらも、スタンフォードは女子生徒に名前を尋ねた。
「えっと、君は?」
「わ、わわわ、私はステイシー・ルドエと申します!」
「ルドエって、確か紅茶の銘柄の……」
スタンフォードは、ふとステイシーの家名からポンデローザが好きな紅茶の銘柄であるバロネットルドエが頭に浮かんだ。
ミルクティーにするとおいしいのよ! と熱弁するポンデローザの姿は記憶に新しい。
そんな明後日の方向に思考を働かせているスタンフォードに、ステイシーは震えながら謝罪をする。
「先程は殿下と知らずに失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした!」
失礼な態度なんて取っていただろうか、とスタンフォードは怪訝な表情を浮かべた。
「助けてくれたのに失礼も何もないだろ」
「い、いえ! 王家の方への態度としては不適切でした!」
そういうことか、とスタンフォードは合点がいったように頷く。
スタンフォードの悪評は学年単位で有名だ。
されに噂に尾ひれがついて、現在の彼の評判は地に落ちている。
むしろ他クラスとはいえ、スタンフォードの顔を知らないステイシーの方が珍しいくらいだ。
そんな地位だけは最高に高い碌でなしの人間に対して、過剰に怯えるというのも仕方がないことだった。
「安心してくれ。恩人を悪いようにするわけがない」
熱中症になった自分を介抱してくれたのだ。
事なかれ主義が多い学園の生徒で躊躇わずに他人を助けられる人間に不義理を働くつもりなど、スタンフォードには微塵もなかった。
「ありがとう、ございます……?」
ステイシーはスタンフォードの態度に怪訝な表情を浮かべた。
噂では、身分を笠に着て威張り散らしている典型的な上級貴族という話だったため、噂と現実の差に困惑するのだった。
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