第17話 謎の少女レモンヌ

 一通り自分のことを話したセタリアは、スタンフォードにマーガレットのことについて尋ねる。


「殿下はラクーナ先輩のどこが気に入ったのですか?」

「どこが気に入った、か」


 スタンフォードは改めてブレイブと談笑しているマーガレットを見つめる。

 今日にいたるまでマーガレットと接してきた中で、スタンフォードの中での印象は〝大事に巻き込まれた普通の女の子〟というものでしかなかった。

 マーガレットと過ごし時間は、荒んだスタンフォードの心に癒しを与えるが、どうしても恋愛感情が芽生えない。

 その理由をもう一度考えてみる。

 そこでふと、スタンフォードは自分がマーガレットを恋愛対象として見ることができない理由に思い当たった。


「そうか、お婆ちゃんみたいな感じなんだ」

「お婆、ちゃん?」


 マーガレットから感じる和む雰囲気。

 それは前世における自分の祖母と話しているときに感じているものと似ていることに気がついたのだ。

 無条件で自分に優しくしてくれる存在。

 その条件に最も当てはまるのは、スタンフォードの前世での祖母だった。


「お婆様、とおっしゃっいますと、先代王妃のレオーナ様ですか?」

「へ? ああ、まあ、そうだな! こう、物腰の柔らかさとか似てるだろ?」

「そう、でしょうか?」

「似てるんだよ! ラクーナ先輩、本当にお婆様にそっくりだから!」


 うっかり前世の感覚で口を滑らせてしまったため、スタンフォードは慌てたように誤魔化した。


「……へぇ、スタンフォード君って私のことそんな風に思ってたんだ」


 必死に弁解していたため、声が大きくなっていたこともあり、スタンフォードの言葉はしっかりとマーガレットに届いていた。


「あっ、いや、違くて……」


 珍しく圧を感じるマーガレットにスタンフォードは狼狽する。


「ど、ドラゴニル! 君はラクーナ先輩と話してみてどうだった!?」


 対応に困ったスタンフォードはブレイブへと会話を振った。

 こいつなら自分より失礼なことを言うだろうという期待をしたのだ。

 実に小さい男である。


「そうだな……一年で光魔法をかなり使いこなしてるみたいだし、本当に凄い先輩だと思う。俺と違って人を治療できるし尊敬するよ。ほら、俺って攻撃魔法ばっかりだから」

「あはは……照れるなぁ」


 しかし、スタンフォードの思惑に反してブレイブは百点満点の返答をした。

 照れたように笑うマーガレットを見て、スタンフォードはガックリと肩を落とした。


「あれ、スタンフォード殿下じゃないですか。こんにちは!」


 完全にスタンフォードの株が下がりきったところで、メガネをかけたどこかで見たことがある少女が話しかけてきた。


「えっと……」


 面識はあるようだが、名前が思い浮かばない。

 困ったスタンフォードは改めて少女の姿をじっくりと眺める。

 銀髪のポニーテール、動きやすそうなラフな服装、切れ長のつり目、瓶底メガネで見えにくくなっているが目元には泣きぼくろ。

 スタンフォードは目の前の少女が誰なのかに思い当たった。


「まさか、ポ――」

「はい、レモンヌです。思い出していただけましたか?」


 レモンヌと名乗った少女は、素早くスタンフォードの言葉を遮る。


「あ、ご学友と一緒だったのですね。邪魔をしてしまい申し訳ございません」

「あの、あなたは?」


 置いてけぼりをくらっていた三人を代表してセタリアがレモンヌに尋ねる。

 それに対して、レモンヌは人好きのする笑みを浮かべて答えた。


「あたしはレモンヌと申します。先日、道に迷っていたところを殿下に助けていただいたんです」

「殿下が?」

「はい、なので改めてお礼を申し上げようと思いまして」

「あ、ああ、そうなんだ」


 もちろん、そんな事実はない。

 しかし、レモンヌの意図を理解したスタンフォードは全力で乗っかることにした。


「へぇ、スタンフォードも優しいとこあるじゃん!」

「この前なんてお年寄りの荷物を持ってあげていたんですよ。殿下ってホント身分に関わらず優しく接してくださるんですよ」

「そうなんだ! やるじゃん、スタンフォード君!」

「はは……人として当たり前のことをしただけだよ」


 真っ赤な嘘であるため、罪悪感を覚えながらもスタンフォードはレモンヌに話を合わせた。


「それじゃ、お邪魔してしまってすみません。あたしはこれで失礼します!」

「ああ、またな」


 レモンヌに別れを告げ、スタンフォード達は目的地であるカフェに向かう。

 それから四人はカフェに到着し、それぞれ飲み物を注文した。


「スタンフォード殿下。先ほどのレモンヌさんは平民の方ですか?」

「あ、ああ、そうだな。仕事で学園街の方にも来てるみたいなんだ」

「……そうですか」


 苦し紛れのスタンフォードの説明に、セタリアは疑問符を浮かべながらも先ほど寛大な対応をしてもらったこともあり、この場においての追及は控えた。


「ラクーナ先輩、あなたは世界樹の巫女の末裔とのことですが、ご家族も光魔法を使えるのですか?」

「どうだろう、物心ついたときから孤児院で育ったから両親の顔も知らないんだ」

「……すみません、配慮が足りませんでした」

「気にしないで! 孤児院のみんながいたから寂しくなかったし!」


 マーガレットの境遇を聞いたセタリアは、踏み込み過ぎた話をしてしまったことを謝罪した。

 そんな中、先ほどから難しい顔をしていたブレイブが口を開いた。


「なあ、世界樹の巫女って何なんだ?」

「君はそんなことも知らないのか……」


 国王からも信頼されている辺境伯の息子だというのに、何も知らないブレイブにスタンフォードは呆れながらも説明をする。


「世界樹の巫女はこの国に根を張る世界樹に代わって土地を守護する者さ。レベリオン史の授業で何を聞いていたんだよ」

「い、居眠りなんてしてないぞ!」

「してたんだね……」


 世界樹の巫女とは、この国において歴史の授業で必ず学ぶ存在だ。

 人々が豊かな土地を巡って争いを繰り返し、この国は荒廃していた。

 そんなとき、この国に根差す世界樹〝ユグドラシル〟は心の清い人間を選び、自身の実を与えて力を与えた。

 原初の魔導士、それが世界樹の巫女だった。


「初代レベリオン王は世界樹の巫女の側近だ。巫女と同様に魔力を得たご先祖様は他にも魔力を得た者達と共にこのレベリオン王国を作ったんだ」

「ほえー、そうなのか」

「君は本当に何も知らないんだな……」


 ほとんど全てを知っている身であるスタンフォードは何も知らないブレイブに嘆息する。

 それから他愛のない話を続け、食事をとった一同は解散した。

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