第14話 裏方側の苦労
生徒会での仕事が終わると、ポンデローザは生徒会室を出るマーガレットを早足で追った。
「ラクーナさん」
「……何でしょうかポンデローザ様」
心なしかマーガレットの表情は硬い。
この一年、何度もマーガレットと仲良くしようとしてポンデローザは失敗してきたのだ。
それにはある原因があったのだ。
「先程は強く注意しましたが、わたくしは――」
「クルッポー!」
ぽとり、とマーガレットの頭に鳩の糞が落ちる。
沈黙がその場を支配する。
気まずい空気の中、ポンデローザのペットである鳩は優雅に彼女の肩に止まった。
「クルルッ」
一仕事終えたという表情で、マーガレットを嘲笑うかのように鳴いたペットを見て、ポンデローザは怒りの表情を浮かべた。
「ぼんじり、あなたね……!」
「クッルル~♪」
ポンデローザのペットであるぼんじりは、飼い主すらも小バカにした態度を取る。
いかにポンデローザがペットに舐められているかわかるだろう。
ぼんじりは、原作においてポンデローザに忠実な賢い鳩だった。
この鳩は選択肢を間違えると、主人公の頭に糞を落としてくることからプレイヤー達からは〝クソバト〟と呼ばれていた。ちなみに、原作での名前はもちろんぼんじりではない。
無言でたたずむマーガレットに気がついたポンデローザは、慌てて謝罪をする。
「……うちのぼんじりが粗相をしてしまい申し訳ございません」
「いえ、わざとではない、ですもんね?」
「え、ええ……」
こんなやり取りをもう一年以上続けている。
いくら心の広いマーガレットといえど、さすがにこんなことが続けばわざとだと判断せざるを得ない。
「あの、校舎裏に洗い場がありますので、そちらで一緒に糞を落としましょう」
「一人で落とせますから、大丈夫です。もう慣れっこですし」
さらっと棘のある言葉を残してマーガレットは足早に立ち去ってしまう。
その背中にかける言葉を失い、ポンデローザは一人廊下に立ち尽くす。
「やっぱり、これって世界の修正力ってやつなのかな……」
『どうせそうやって才能ないとか、運命だからって言い訳してきたんでしょ? どんなに頑張ってもとか言ってるけど、そういうことを言う奴は、工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることを努力してるって勘違いしてるような奴よ』
スタンフォードを焚きつけるために告げた言葉が頭を過ぎる。
「……まったく、どの口が言うんだか」
スタンフォードにかけた言葉は、自分自身に向けた言葉でもあった。
昔からそうだ。
いつだって考えるよりも先に体が動いてしまう。
その結果が、この様だ。
スタンフォードに出会ったとき、全てがうまくいくと思っていた。
だが、結果はスタンフォードに大事な役目を押しつけてばかりで自分は口出しをするだけ。
役割上仕方ないのないことだとしても、ポンデローザは自分の無力さを嘆いていた。
「「ポンデローザ様!」」
「フェリシアさん、リリアーヌさん」
ポンデローザが落ち込んでいると、ヴォルペ家の分家出身であるフェリシアとリリアーヌがやってきた。
彼女達は原作でもポンデローザの取り巻きをしていた貴族令嬢で、ポンデローザと同様に立派な巻き髪をしていた。
「生徒会でのお仕事は終わられたのですか?」
「はい、ちょうど寮に帰ろうとしていたところですわ」
「でしたら、私達もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ」
幼い頃から自分を慕ってくれる二人を見て、ポンデローザは笑顔を浮かべる。
出来ることならずっとこの二人と一緒に過ごしていたい。
感傷に浸りながらも、ポンデローザは二人と共に帰路についた。
寮に帰ると、メイドであるビアンカが顔を真っ青にして深々と頭を下げてきた。
「お嬢様、大変申し訳ございません! またぼんじりが勝手に……」
「はぁ……ケージを自分で開けられてはどうしようもありませんものね」
メイドのビアンカは転生当時から自分を支えてくれた数少ないポンデローザが心を許せる存在だった。
がむしゃらに動き回っていたせいで、たくさん心労をかけてしまったこともあり、彼女の不始末を怒る気にはなれなかった。
「昔はこんな子じゃなかったのになぁ……」
「クル?」
肩に乗ったぼんじりの頭を撫でつつ、ポンデローザはため息をつく。
転生当時、ポンデローザは毎日のように泣いていた。
前世での生活が充実していたポンデローザにとって、死亡する運命のキャラクターへの転生は絶望しかなかった。
運命に絶望して泣くじゃくるポンデローザを毎日のように慰めていたのはぼんじりだった。
どんなに酷い目に合わせれても、ぼんじりは壊れかけていた心を支えてくれた大切な存在だったのだ。
「ほら、ケージに戻って」
「クルル……」
原作で登場することもあり、ポンデローザはぼんじりを学園に連れてきた。
もしマーガレットに粗相を働くようなら、きちんと躾ければいいと軽く考えた結果がこの現状だ。
現在のぼんじりは、マーガレットを敵視しており、ポンデローザがマーガレットと仲良くしようと歩み寄ろうとするたびにどこからともなく現れて糞を落としていく。
まるでそうすることが当然とばかりにだ。
「ビアンカ、一人にしてくれないかしら?」
「承知致しました」
ビアンカはポンデローザの心情を察すると速やかに退出した。
「うだうだ悩んでもしょうがないか……スタンも頑張ってるんだし、あたしも頑張らなくちゃ!」
気合いを入れるように両頬を叩くと、ポンデローザは厳重にしまってあるノートを取り出した。
「直近のイベントと好感度回りは、っと……」
そこにはびっしりとベスティアシリーズの登場人物の相関図と、現状の好感度予測、イベントの日時の考察などが書き込まれていた。
これはポンデローザが転生当時から書いているもので、原作知識と現状を照らし合わせて毎日更新しているものだった。
「現状、あたしがマーガレットに嫌われているのは原作の流れからして問題ない……マーガレットのスタンに対する友好度は高いけど、これをどう恋愛感情に持って行くかね……」
万年筆をくるくると回しながらポンデローザは思考に耽る。
「恋愛イベントを意図的に発生させて意識させるしかないんだろうけど、スタンの負担がネックよねぇ。可愛い後輩路線でいくとしたら、格好いいところを見せて意識させるのが一番だけど……」
悩まし気に唸ると、ポンデローザはスタンフォードとマーガレットの間に〝ギャップは大事!〟と記載する。
それからポンデローザは朝日が昇るまで、マーガレット攻略のための行動について考察を行った。
目に隈を浮かべたポンデローザはまとまった内容を見て満足げに頷く。
「よし、こんなもんかな!」
原作知識を持っているのは自分だけ。
ならば、全力で裏方からサポートをするのが自分の役目だ。
「ふぁあぅぅぅ……これからも頑張るぞー!」
自分とスタンフォードの命が懸かっている以上、文字通り命懸けでスタンフォードをサポートしようと決めたのだ。
そんな覚悟を心に刻んだポンデローザはあくびを噛み殺して気合を入れた。
しかし、そこでふとノートを見て何かが引っかかった。
「あれ、明日の休日って何かあったような……およ?」
脳裏に引っかかったことについて考えようとしたとき、学園内にある鍛錬場から落雷が落ちたような音が聞こえてきた。
「スタン、頑張ってるみたいね」
音の正体に気がついたポンデローザは思考を止めて、出かける準備を始める。
「差し入れぐらいしてあげなきゃね」
ビアンカを呼んで軽く身嗜みを整えると、ポンデローザは鍛錬場へと向かうのであった。
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