第4話 もう一人の転生者は悪役令嬢

「スタンフォード様、お手紙が届いております」


 スタンフォードが寮に戻ると、王城から連れてきた使用人であるリオネスが獅子の紋章の封蝋がされた手紙を差し出してきた。

 乱暴にリオネスから手紙を受け取り封を破る。


「もうそんな時期か……」


 内容は兄である第一王子ハルバード・クリエニーラ・レベリオンの誕生パーティーへの招待状だった。


「いかがいたしましょうか?」

「僕が出ないわけにはいかないだろう」

「承知致しました。では、出席ということでお返事を出させていただきます」


 リオネスは、スタンフォードの言葉に表情一つ動かさずに頭を下げた。

 無表情で感情を伺い知ることは出来なかったが、その瞳にはどこか哀れみの感情が含まれているようにスタンフォードは感じた。


「僕は部屋に戻る。風呂にも入りたいしな」

「承知致しました」


 ブレイブと出会ってから、バラ色だった学園生活が段々とくすんだものになっていく。

 入学時の自信も喪失し、すっかり打ちひしがれていたスタンフォードは浮かない顔で実家でもある王城へと馬車で向かっていた。

 兄であるハルバードの誕生パーティー。

 それはスタンフォードにとって、学園とは別の意味で居心地の悪い催し物だった。


「兄上、お誕生日おめでとうございます」

「ああ、わざわざご苦労だった」

「いえ……僕はこれで」


 兄弟とは思えないほど、端的なやり取り。

 スタンフォードにとってハルバードは、自分の優秀さを引き立てる存在だった。

 そのはずだったのだ。

 前世の知識を利用して天才を気取っていたスタンフォードと違い、ハルバードは本当の意味で天才だった。

 魔力の質も量も一級品。

 勉学にも励み、スタンフォードには敵わないながらにもその聡明さを周囲に認められていた。

 ハルバードが成長するにつれ、スタンフォードとの間にあったは差は逆転していった。

 当然である。

 前世から引き継いだ知識と精神年齢にあぐらを掻いていたスタンフォードと、王族としての自覚を持って研鑽を怠らなかったハルバードでは積み重ねてきたものに差がありすぎたのだ。

 ブレイブと出会うまで見ないようにしてきた兄との差。

 それを自覚した後にどうして快く兄の誕生日を祝えるというのだろうか。


「はぁ……」


 ため息をつきながらも、スタンフォードは有力貴族と軽く挨拶を躱すと、壁際で飲み物をちびちびと飲んでいた。


「あら、お久しぶりですわね。スタンフォード殿下」


 スタンフォードが退屈そうにしていると、隣から声をかけられた。


「これはポンデローザ様。ご無沙汰しております」


 スタンフォードに話しかけてきたのは、公爵家の令嬢ポンデローザ・ヴォルペだった。

 渦巻くように巻かれた輝く白銀の髪、知性を感じさせる切れ長のつり目に泣きぼくろ、豪華な装飾がされた紫色のドレス、彼女の気品を引き立てる上質な羽毛が使われている扇子。

 その身に纏う気品は、他の貴族令嬢とは一線を画していた。


「兄上はあちらにおりますが」

「いえ、わたくしはもうお祝いの言葉をかけさせていただきましたので」

「側にいらっしゃらなくて大丈夫なのですか?」


 ポンデローザはハルバードの婚約者であり、普通ならばハルバードの側に控えているはずだった。

 それがスタンフォードと同じように壁際で退屈そうにしている。

 怪訝な表情を浮かべたスタンフォードに、ポンデローザは苦笑いを浮かべた。


「こういう賑やかな場は苦手でして」

「意外ですね。昔は自分から場を賑やかにするお方だったと記憶しておりますが」

「幼い頃の話です。忘れてくださいませ」


 幼い頃からハルバードの婚約者だったこともあり、ポンデローザとスタンフォードは面識があった。

 その頃のポンデローザは貴族令嬢とは思えないほどにやんちゃで、ドレスで庭を駆け回るような人間だった。

 階段を転げ降りて全身打撲になったり、庭の木によじ登って飛び降りて骨折したりしたことのある令嬢は彼女くらいだろう。

 そんなやんちゃな令嬢だったポンデローザだが、成長するにつれてハルバードに釣り合うような立派な貴族令嬢に成長していった。


「あのまま成長していたらハルバード様に婚約破棄されてしまいますわ」


 冗談めかしてポンデローザが言うと、スタンフォードも彼女に合わせて笑った。


「ははっ、婚約破棄なんてまるで〝悪役令嬢〟ですね」

「えっ……」


 悪役令嬢、という言葉を聞いたポンデローザは驚いたように目を見開いた。

 しばしの沈黙の後、ポンデローザは真剣な表情でスタンフォードに尋ねる。


「スタンフォード殿下、少々お時間はありますか?」

「ええ、構いませんよ」


 内心、面倒くさいと思いながらも、兄の婚約者を無下に扱うわけにもいかず、スタンフォードは渋々ポンデローザを連れて王族専用の休憩室へと向かった。


「それで、何か御用ですか?」


 うんざりした様子を隠すこともせずに、慇懃無礼にスタンフォードが尋ねると、ポンデローザは単刀直入に尋ねた。


「あなた転生者でしょう?」

「なっ……」


 今度はスタンフォードが驚きのあまり目を見開くことになった。

 唖然として固まるスタンフォードに構わず、ポンデローザは続ける。


「悪役令嬢という単語はこの世界に存在しません。婚約破棄される令嬢というのも、創作、現実共にこの世界には前例がありませんもの。この単語は、前世の悪役令嬢モノ小説を知っていなければ出てこないはずです」

「あ、悪役のような令嬢という意味で言ったのですよ」

「でしたら、悪役のような令嬢とおっしゃるはずでは? 自分の中でそう思ったとしても、そのまま伝わらない造語を口にするとは思えません」

「な、なるほど……」


 至極真っ当な指摘をされたことで、スタンフォードは閉口する。


「……ということは、まさかポンデローザ様も?」


 恐る恐るといった様子でスタンフォードは、ポンデローザに確認をとる。


「ええ、あなたと同じ転生者ですわ」


 手に持った扇子をパタリと閉じ、ポンデローザは笑顔でスタンフォードの言葉を肯定した。


「前から違和感はありましたの。スタンフォード様の使用する雷魔法。あれはあまりにも原作とかけ離れていた」

「原、作?」


 予想外の言葉が飛び出したため、スタンフォードは困惑したように呟いた。

 スタンフォードの反応を見たポンデローザは意外そうな表情を浮かべる。


「まさかベスティアシリーズをご存じないの? 転生者なら死亡回避のために努力しているものだとばっかり……」

「ベスティアシリーズ……」


 ベスティアシリーズ。その単語には聞き覚えがあった。


「前世で姉が好きだったゲームだということは知ってます。少なくとも、僕はただの異世界転生だと思っていました」

「そういうことだったのですね」


 スタンフォードが納得したように頷くと、ポンデローザはどうしたものか考えこみ始める。

 そんな彼女に、スタンフォードは気になっていたことを尋ねた。


「そ、それより、死亡回避って……」


 先ほどポンデローザは〝死亡回避〟と言った。

 それは聞き捨てならない発言だった。


「僕は死ぬんですか?」

「ええ、わたくしもあなたもこのまま原作通りに進めば死の運命が待っています」


 ベスティアシリーズは、とにかくキャラクターの死亡ルートが多い。

 モブやライバルキャラもあっさり死ぬ。ルートに影響が出ない場合はキャラが死んだままストーリーが進む。

 BESTIA BRAVEにおいて、スタンフォードはたびたび主人公ブレイブに立ちはだかるライバルキャラクターとして現れる。

 どのキャラクターのルートであっても、彼は物語の中盤で死亡する。

 スタンフォードは、兄であるハルバードに何をやっても勝てなくてとにかく性格が捻じ曲がっていた。

 そのせいもあって、平民でありながら自分より優っているブレイブに事あるごとに絡んでいく。

 ゲーム内で最も戦闘回数が多いキャラで、経験値もおいしい。あらゆるボスキャラの基本的な動きをするため、バトルフェイズの練習台として持ってこいなキャラクターだったのだ。

 そのため、プレイヤーからは〝スタン先生〟と呼ばれ親しまれていた。

 事あるごとに高圧的な態度で接してくるが、学園祭で行われるトーナメントでブレイブに圧倒的大敗を期してからは、以前から感じていた劣等感が肥大化。敵側に寝返り、敵の魔法によって得た力で無理矢理内なる力を覚醒させられる。

 結果、ブレイブに負けた後に力の代償として肉体が崩壊して死亡するのだ。


 一方、ポンデローザはBESTIA HEARTに登場する攻略対象ハルバードルートのライバルキャラクターだった。

 主人公が選択肢を間違えると、頭上に飼っているハトの糞を落としていくというのが定番だった。

 彼女もまた、どのルートでも死亡する救済がないキャラクターだ。

 ハルバードルートでは、敵側の手に落ち、スタンフォードと同様に眠っている力を無理矢理覚醒させられた反動で死亡。

 他のキャラクターのルートでも、眠っている力を無理矢理覚醒させられた反動で死亡するという、製作者から嫌われているのではないかと疑われるほどに扱いの悪いキャラクターだったのだ。


「――というわけで、わたくしもあなたも死亡する未来が待っているというわけですわ」

「そん、な……」


 スタンフォードはポンデローザの説明に絶望していた。

 しかし、それは自分が死亡するという運命にあるからではない。


「やっぱり、僕は踏み台転生者だったのか……」


 自分がブレイブのために生み出されたやられ役だったということ。

 そのことがどうしても受け入れられなかったのだ。

 創作において、転生者を主人公のための噛ませ役にする〝踏み台転生者〟というジャンルがある。

 自分が置かれている状況がまさにそれだと認めざるを得なかったのだ。


「そういうわけで、わたくしと協力しませんか? この後、あなたは学園の魔法演習で狂暴化した魔物〝ボアシディアン〟にボロ負けして、主人公に助けられる流れになっていますの。お互い当て馬で噛ませ犬なわけですが、まずは協力してボアシディアンを――」

「うるさい!」


 スタンフォードはポンデローザの言葉を遮って叫ぶ。


「僕がブレイブの引き立て役で、死ぬ運命だって? ふざけるな!」


 激情を露わにし、スタンフォードは目の前のポンデローザを睨みつけた。


「原作なんて知らない。たとえここがベスティアシリーズの世界だとしても、僕は僕だ! 誰の力も必要ない!」


 認めることができなかった。

 周囲を引き立て役と思い込み、いい気になっていた自分が踏み台だったなんて認められるわけがなかったのだ。


「あっそ! じゃあ、もう勝手にすれば!」


 スタンフォードの言葉に憤慨したしたポンデローザは、素の口調でそう言い残してパーティ会場へと戻っていった。

 その背中を見送りながら、スタンフォードは悔し気に歯噛みするのであった。

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