第44話

 五代目勇者、エレクリオットが動いた。捉えきれないだけじゃなく、咄嗟の動きさえできない。右からくるか左からか。残像のように迫ってくるエレクリオットめがけて聖剣を振る。


 あっさりと弾かれた。だけに留まらない。片足を軸にしながらくるりと向きを変えて背中に斬撃を浴びた。鋭い痛みは瞬時に神経に伝わり悲鳴をあげながらジンジンと広がっていく。


 太ももを蹴られ、崩れ落ちながら視界の端ににエレクリオットが刺突を繰りだしてくるのを認めながら、ごろごろと転がって避ける。 


 聖剣を使う訓練も、戦い方の鍛錬もしておらず、ただの高校生の身体能力しかない俺と、あいつの動きは天地ほどの開きがある。人間離れしたエレクリオットの攻撃はまともに防げない。


「レオン、ちょ待つし!」


 白亜が魔法で援護してくれるけど、ブン! と素早く重い二振りであっさりと無効化してしまう。エレクリオットの得物、聖剣が光った。ブブブブ、と微振動をしだしたところで、ハッと予感が。


「避けろ! 白亜!」


 遅かった。刀身以上に大きい斬撃が床を大きく削りながら飛んでいく。閃光刃。かつて俺が得意とした技は、俺が使っていたときよりも大きく、威力があった。しかも閃光刃は体力も著しく消耗する。小さいものだったら連続で出せてもあれだけ巨大なものとなれば、体力だけでなく反動も相当なはず。


 けど、エレクリオットは涼しい顔のまま続く大二撃をあっさりと放った。予測していたのか、間一髪逃げていた白亜に吸い込まれるように近づいていって「ぎゃひぃ!」という悲鳴と共に爆発した。濛々とした煙と残骸が周囲を覆った。


「弱い」


 委員長の元へ行こうとしたエレクリオットに聖剣を振る。一度も当たらないどころか防がれた勢いに負けたところに打撃を入れられる始末。

 

「弱すぎる。伝説の勇者とはこれほどのものですか?」

「生憎と、勇者だった期間より普通の人間だった期間のほうが長かったんだよ・・・・・・!」


 むかつくことに、俺じゃこいつには勝てない。短い時間、立ち合うなんていえない短い時間だけど。パワー、スピード、剣術、体力。どれを比べても、圧倒されている。戦い方を忘れてしまっている俺では。


「これほど堕落してしまうとは。これでは女神フローラの底もしれるというものですね」


 エレクリオットは、フェイントを混ぜながら肉薄してきた。浅く弱々しい攻撃であっても惑わされてしまう。決して致命傷にはならない小さい傷を付けることを目的としているのか。この程度であっても勝てるという傲慢にも似た絶対的自信。悔しいけど太刀打ちできない。


 あっという間に体力を消耗し、血を流す量と箇所が増えて疲弊してしまった。聖剣を杖にして足を支えていたところ切っ先をずらされてふらついた。


 がくっと落ちていく顎に、柄が直撃しそのまま殴り上げられる。もんどりうっていると鳩尾に踵がのしかかってくる。男性一人分の体重では到底再現できないほどの力に呼吸さえ満足にできない。


「この程度なのですか? もしも力を隠しているなら本気を出してもよいのですよ? 私もこのままでは良心が痛むので」


 無理だ。勝てない。女神の加護もあれば話は別だけど。あかりと一体化して今もなお異常事態に陥っているフローラには期待できない。


 人間離れしたこいつには・・・・・・!


 女神の加護・・・・・・?


「ごほ・・・・・・お前、待て・・・・・・どうしてそれだけの力を?」


 そうだ。こいつはフローラに選ばれた勇者じゃない。なのにどうしてこれだけ人間離れした力を使えるんだ? さっきの閃光刃もそうだったけど。


「簡単な話です。私の鎧とペンダント、そしてマントは特殊な材質でできているので体には身体能力を底上げされているのですよ」

「汚ぇ!」

「あと肉体そのものにも永続的な魔法陣が刻まれているので」

「チートじゃねぇか!」

「ちー・・・・・・と? なんですかそれは」


 俺の時代なんてそんな便利なもんなかったぞ! 時折防具屋にいってより新しい防具買ったり鉱石集めて作ったり宝箱に入ってたアイテムで徐々に強化していったんだ。身体能力を底上げする防具なんてなかった。


 戦闘中仲間が一時的に魔法で能力を上げたりしてくれたけど、それも時間制限があったり肉体に負担がかかったりして連発できなかった。


「時代が変れば魔法や技術も変るのですよ。いわばあなた方が戦いながら培った戦闘経験や強さをこういったアイテムで補っているのです。そうして私は五代目勇者としての地位を確立したのですよ」


 くそ、へりくつを。


「この聖剣とて、過去の戦いや魔法使い達があなたの聖剣を模したものです。それも失敗に失敗を重ね、失敗して失敗して失敗しての年月を繰り返し鍛えあげたもの」


 ス―――・・・・・・と腹にくすぐったい感触が切り裂かれた制服越しに皮膚にはしった。直後にじわぁっと血が滲んでくる。ズブリ、と肩を裂き、肉を貫く。異物感を中心に、ズキズキと激しくなる痛みが生じる。


「ですが、現に今は本物のあなたを屠れる力となっている。例え常人であっても紛い物であっても真に迫れるのですよ。今の私達を見て、人々は果たしてどちらを勇者に選ぶでしょうね?」

「ぐ、・・・・・・!」


 言い返すことができない。物理的にも精神的にも。


「一度勇者の道から外れたあなたが、そもそも偉そうに勇者を語る資格がありますか?」

「勇者を語るつもりは・・・・・・ない・・・・・・」

「残念です」


 引き抜いたのと同時に、出血が激しくなる。


 だめだ、ここで終われない。戦おうと、立ち上がろうと、足掻く。ただただ意志を、目の前のエレクリオットにぶつけることしかできない。


「なんでしょうか、その目は?」


 勇者なんてどうでもいい。魔王も女神も。異世界で作られた勇者? 国民に認められている? けっこうだよ


「死んで・・・・・・たまるかよ!! まだ俺は死ねないんだ!」

「ではもしまた転生できるのならそのときにどうぞ」


 片膝をついて、トドメを刺しにきたエレクリオット。冷たく人間性が一切ない彼の顔が、一瞬だけ歪んだ。背後で光が急激に強くなった。



       ――――――――――レオン――――――――――


 あかりの声が響いた。なにかが漲ってくる。心の奥底、ふつふつとした力が湧いて、気力が溢れるほど満ちていく。


「うをおおおおおおお!!」


 力任せに、巴投げの要領で投げた。人の力ではありえないほど高く遠くへと投げられたエレクリオットは壁に激突する前にくるくると着地して、勢いを殺す間もなく閃光刃を放った。


 さっきと同じ大きさ、威力。それでも鈍く弱く見える。遅すぎる斬撃を、尋常ならざる脚力で避けながら、斬撃を繰りだす。


「く、この!? どうしてこんな力を!?」


 直感があった。さっきの光。女神フローラの影響。高校入学したてのときと同じ身体能力。女神の加護だ。傷は直っていないけど、痛みは遠くなっている。


 どうしてここで女神フローラが力を貸したのか。それでも今はありがたい。


「この、調子にのるなあああ!」


 見える。動ける。全盛期には及ばなくても、さっきよりはマシになっている。それでも、付け焼き刃。突如として備わった力を自分のものにできずでたらめに振り回すことしかできない。逆に思考と身体能力が比例しておらず、隙ができやすくなっている。


 ゾクッとした感覚。かつて一度だけ対峙したときにかんじた禍々しいプレッシャー、もしくは気。強者だけが持てる独特のもの。即座に体勢を変えたけど、聖剣を盾にするので精一杯だったのか。エレクリオットは圧倒的パワーを内包した魔法でモロに吹き飛んだ。


「い、委員長・・・・・・?」


 髪の毛が重力に従わずに逆立っている。制服がバサバサとはためき、時折赤い閃光が迸る黒いオーラが実体化して可視化している。


「どうして君が、それは魔法なのか?」


 フワッと背中が浮いて、そのまま委員長の元へ引き寄せられた。委員長の目はいつもと違って、赤と黒に染まっている。最後の決着のとき、兜ごしに覗いていたときと、同じ瞳。


「白亜。援護しなさい」

「は、はいな! かしこまりぃぃ!」


 今まで放置していた委員長は、一顧だにせず一歩一歩進んでいく。今まで魔法なんて使わなかった、使えなかった委員長の異変はどうしたことだろう。


「レオンに感化されたんじゃね?」


 白亜はどうやら無事だった・・・・・・・・・らしい。制服がボロボロの全身煤だらけ。髪の毛も化粧も大変なことになっている。というか破片が頭に刺さってるけど。


「おい、白亜。これどういうことだ!?」


「えっと~~。ウチが魔王様にかかった転生魔法の失敗部分をちゃんと直して魔法を使えるようにした~~。みたいな~~?」


 暖かい力が、傷を癒やしていく。回復魔法の合間に説明してくれたけど、よくそんなこと指示できたな。そして白亜もよくできたな。というかそんな土壇場でなんで? あれだけ俺を恨んで、そしてまだ許せていないはずだったのに。どんな心境の変化だ? 逃げることだって、俺を殺すことだってできたっていうのに。


 けど、現に委員長は戦っている。エレクリオットと互角以上に。


「魔王様の魔法は魔力だけじゃなくって負の感情で強くなるからね~~」

「まじか」


 この世界に転生してきた過酷な半生も含まれているのか。だとしたらとんでもなく俺は恨まれていたんだなぁ。


「っと、こうしちゃいられね。もうこのへんでだいじょび?」


 白亜が魔法で周囲にいる精神操作されている人達を攻撃しはじめた。さっきまで傍観に徹していたはずなのに、委員長を攻撃するなんて、それだけエレクリオットが追い詰められているということか?


 白亜にはそちらを任せて、俺も走りだす。隣に並んだ俺に、舌打ちをしながら、それでも肯んじてくれた。元・魔王と一緒に協力する日がくるなんて予想しなかった。


 あきらかにエレクリオットが一変した。さっきの余裕っぷりなんて微塵もなくて、苦渋の表情で。俺と委員長と刃を交え、拳を交す。そして委員長の魔法が掠め、俺の攻撃をやっとのことで防いでいる。


 その余波で、体育館が大変なことになっている。跡形もないわけじゃない。けど、爆発と台風と地震が連続で遭ったのかってくらいの惨状だ。


「なぁ、委員長! どうして助けたんだ!?」

「じゃあどうしてあなたは私を委員長と呼ぶんですか!?」

「それは・・・・・・」


 答えに迷っていると、間一髪すれすれで顎を掠めた。そのまま聖剣で鍔迫り合いに持ち込んだ。


「勇者であることをやめ、今の勇者に立ち向かおうとした理由は?! 魔王で遭った私や白亜を助けた理由は?! 答えてください!」

「・・・・・・・・・俺は、この世界でやりたいってことをまだ百分の一も叶えていないからだ!」


 理由によっては、馬鹿にされるだろう。そんなことで? と呆れるだろう。


 ただ、俺はあかりにまだなにも伝えられていない。なにもしていない。転生してから知った、昔じゃ体験できなかった楽しさ、素晴らしさ、幸せ。


 委員長にも謝れていない。白亜にもちゃんとお礼を言えていない。あかりにも告白ができていない。


 パパにもママにも、まだなにもできていない。なにより、高校生活のイベントはまだまだ残っているんだ。やりたいこと、楽しみにしていること。


 まだ青春のなんたるかを味わっていない。夢見た学校生活。同級生との毎日。入学してから女神フローラ、元・魔王、元・ダークエルフと立て続けに現われてそっちにかかりきりになっていた。


 勇者であることをやめてまで選んだ世界を、まだ充分に満喫できていない。何度転生したって後悔するだろう。


「君とももう一度友達になりたいんだ! 元・勇者として、元・魔王として! 隠していたことを全部曝けだして! 全部こみこみで最初からやりなおしたいんだ! だって君はもう俺にとって同級生でしかないからだ! 敵でも邪悪な存在でもない! 一人の女の子だからだ!」

「最初から魔王と知ってて近づいたんですか!? 罪悪感からですか!?」

「違う! 偶然だ!」

「あなたが私を殺さなければ私は惨めな人生になりませんでした!」

「知ってる! 日記みたいなの見ちゃったから!」

「~~~~~~~~っ!! なら!! 「勇者ジンへの遺恨は、魔王であったときの報復はあとにします!! 今私は神田川桃音として戦います!」

「ありがとう!」

「その代り! 今度から桃音って呼んでください! そうじゃないとあなたも隙をつけて殺します!」

「!? わ、わかった!」

「く、この貴様らああああ!!」


 鬱陶しいとばかりに、オーラを纏った一撃を放つかまえに入る。


「どいつもこいつも! くだらん戯れ言を! 消えろ!!」


 放とうとした瞬間、一気に駈けだした。エレクリオットの足に白亜の魔法が直撃、そのせいであらぬ方向へと伸びた斬撃がそれてしまった。


 振り上げた聖剣を、エレクリオットの脳天にめりこませる勢いで力の限り振り下ろした。エレクリオット本人の反射神経か、それとも装着している防具の効果か。ありえない体勢から防ごうとした。


 かち合い、そして砕け散った。破片が散らばっていくのがスローモーションとなって宙に舞っていく。急に軽くなった感覚から、俺のほうの聖剣が折れたんだとわかった。


 それでも、虚しく空振った聖剣を逆手に掴み直しながら突貫していく。反対側からは桃音が魔法を纏った拳で。


 聖剣の柄はエレクリオットの右頬に、桃音の拳が脇に見事クリーンヒット。逆くの字となったエレクリオットがふらついて、そのまま回転して顔面を殴り抜け、桃音は人が受けるにはあまりにも強すぎるオーラを凝縮させた魔法をぶつけた。 

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