第13話

 いつの間にか、寝てしまっていたらしい。時計を見ると三時間は経過している。どうか夢であってほしいと願っていたのに、携帯を開くと女神の存在は現実だってありありと示されてしまった。


〈本当、今日はどうしたの? 疲れてたの? まぁ私も立ち眩みで倒れた側だから偉そうにできないけど(笑)〉

〈ゲームもほどほどにしなさいよ。勇者とか女神とかどこのRPGよ〉 

〈帰るね。おやすみ〉

〈それと、今度改めて伝えたいことあるから〉

 

  全部あかりからのものだ。はぁ、と溜息を零す。これからの生活に不安しかない。しかも最後のメールは、きっと告白のやり直しなんだろう。でも、今の段階だと告白されても受け入れられない。仮に告白されても、女神フローラがなにをするか。そもそもあかりの告白を邪魔するかもしれないし。


 ほんと、あいつは魔王より邪悪な存在だよ。一般人目線から見るとあんな奴だったのかって呆れるね。というか、勇者だったときの俺は、もしかしたら女神に洗脳されていたんじゃ?


 おっと、話がずれた。さてどうするか、と思案しているとき、コンコンとノックの音が。パパかママかな?


「レオン? 起きてる?」

「あかり!?」


 なんで今あかりが。もう帰ったんじゃ。


「ちょっと、話があって。入っていい?」

「え~~~っと」


 なんとなく焦ってしまったけど、あかりは返答を待たず部屋に入ってきた。遠慮のなさは幼なじみの特権だけど少しは躊躇しろよ。


「そう。ここが・・・・・・・・・」


 でも、あかりが俺の部屋に来るなんて、久しぶりだ。小学校までは来ていたけど、中学になってからはめっきりお互いの家に遊びに来た機会はない。ゲームはちょくちょくしていたし、外に遊びに行ったりはしてたけど。


 いかん。緊張してきた。


「とりあえず、ゲームでもするか?」

「ゲーム・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の緊張を悟らせないように、誘ってみた。


「そう。これがゲームなんですね」


 あかりはゲーム機とコントローラー、ディスクをいきなり持ちあげた。なんで? 別のやつがいいのかな?


「えいっ」

「ええええええええええええ!!??」


 あかりは持っていたものを豪快に壁に叩きつけた。形を保ったままのものには更に追い打ちをかける。床にガンガンガンガン! と乱暴に打ちつけ、拳で殴ったり。


「ちょちょちょ! お前なにをしてるんだ!」

「だってこうしないと勇者ジンは使命に目覚めないでしょう?」

「あ! お前女神だな!?」


 遅ればせながら、今のあかりを支配しているのは、フローラだと気づいた。


「なにしてんだお前! ゲーム壊れたじゃねぇか! 壁も床も傷ついたぞ! どうしてくれんだ!」

「世界を救うことと比べたら、些細な問題です」

「謝れえええ! まだ家のローンを払っているパパと自分の小遣いでこいつを買った俺に謝りやがれえええええええ!」

「ふむふむ。この子の部屋にもあった。これが漫画ですね。えいっ」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「えい、えい」

「おま、まじでやめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 今度は漫画を手当たり次第に破っていく。滅茶苦茶すぎるフローラに、さすがに動かずにはいられない。羽交い締めにして、そのまま投げ飛ばす。


「い、痛い・・・・・・・・・・・か弱い女の子に、ひいては女神に弓引くなんて。あなたそれでも勇者ですか?」

「人の幼なじみに寄生して人の大事なもん壊しまくるなんてお前はそれでも女神か!?」


 また起き上がろうとしたフローラを、なんとか止めようとジタバタと揉める。けど、そこは男性と女性。腕力では有利な俺がフローラを組み敷くことに成功。


「はぁ、はぁ・・・・・・・・・・・・・・・。お、おま、ゴホゴホ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「これしきのことでそれほど体力を消耗するなど。本当に堕落しているようですね」


 やかましいわ。受験勉強でちょっと引きこもって動かなかっただけだ。


「それで? お前なにが目的なわけ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 唇を尖らせて横を向いたフローラ。あかりの体ってことも忘れてプッツンした俺は、肘でフローラの腕を固定して、両耳をねじりあげる。


「いだいいだいいだいいだい! やめなさい勇者ジン!」

「口の利き方に気をつけろ! 目的を話せ! じゃないと次は鼻と唇いくぞ!」

「こ、こんな拷問一体どこで――――いだいいだいいだ! あなたが持っている物を壊してできないようにすれば元の勇者に戻るとおもったんです!」

「ああ!?」

「こ、この世界の物はどれも異世界にはなかったもの。だからこそ、あなたは取り憑かれてしまっているのです。ある意味呪いのアイテム。それを壊すことで呪縛から救おうと決意したのです」

「あほか!」


 口からでまかせを。


「お願いです、勇者ジン。私達にはあなたしかいないのです」

「俺の仲間や他の人達でどうにかできるだろ・・・・・・・・・・・・・・」

「皆、変わってしまったのです」


 急にしんみりとしたかんじで、フローラは語りだした。最初は魔王軍の残党との戦いに皆まとまっていた。けど、戦いが終わって魔王軍は消滅、徹底的に魔族を殲滅させるには費用も人も、なにもかも足りなくなって同盟軍は解散。それぞれ平和の礎を築きはじめた。


 魔族は隠れ潜みながら数を減らして暮しだした。穏やかで平和だった世界は、国王の死後一変した。残された王族と貴族の汚職、それによって重税と過酷な労働によって不満を抱き苦しむ平民達。そして、かつて同盟を結んでいたエルフとドワーフと人間は金銭、領土的な問題で争いがおこりかけている。


 かつて冒険を共にした戦士は怪我をして引退。後進の育成をして天寿をまっとう、女騎士はお家を復興して王国の平和に尽くし独身を貫いて権力争いで処刑。魔法使いは長生きして魔法の研究の発展に尽力して魔法の研究で最後反逆罪に問われて獄死、格闘家は子だくさんに恵まれたが戦死。


「ろくなことになってねぇじゃねぇか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 俺が戻ったところで、なにもできやしない。というか、そんなの勇者の使命じゃねぇだろ。


「魔王を討ち滅ぼした勇者ジンの言葉なら、皆信じますし争いは終わります。戦いの形が変わっただけです。世界に平穏と安心を与えたかったのではないですか? 平和の象徴としてのあなたの言葉なら、きっと」

「じゃあ誰か別のやつを勇者に選んでくれよ・・・・・・・・・・・・・・。死んだあとの世界の世話までなんて聞いてねぇしやるつもりなかったし」

「あなた以外に素質のある人はいません」

「じゃあ影武者とかなりすまし仕立て上げればいいじゃん」


 というか、俺が死んでからだいぶ時間経過してるだろ。俺を知ってるやつなんていないだろうし、俺を勇者だって信じるやつもいない。この世界と同じだ。俺、昔勇者だったんすよ、この世界なんとかしたいんすよ、なんて誰か信じるか? いや、いない。


「とにかく、さっさとあかりの体から出ていけ。さもないと・・・・・・・・・・・・わかるか?」

「私にも女神としての使命と役割があるのです。そのような暴力的な手段で無理やり追いだしたとしても――――あら?」


 そのとき、急にフローラの体から力が抜け、瞳が閉じた。


「ん、あれ? レオン?」

「あ、あかりか?」


 雰囲気から察するに、あかりに戻ったのか。どうやらあのくそ女神、人格を出し続けていられるのに制限があるのか。


「え? ちょ、なんで私。部屋で寝て、え?」


 きょとん顔。あたふたときょろきょろしていたけど、いきなり迫真の表情に。体が硬直してふるふると振るえて、涙が零れそうなほど溢れてきて。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 変態変態変態!!」

「へぶぅ!!」


 力任せにビンタされて、そのまま頭を壁に激突してしまった。頭が眩むほど痛い。


「おいレオン、さっきからなんの騒ぎ・・・・・・・・・・・・・・・・・だ?」

「そうよ、ご近所に迷惑・・・・・・・・・・・・・・・よ?」

「お、おじさんおばさぁぁん・・・・・・・・・・・・! レオンが、れおんがああああああああああ・・・・・・・・・・・!」


 俺があかりに夜這いをかけようとした。全員そう判断したんだろう。それから両親に正座のまま、泣きながら説教&鉄拳制裁を受け続けた。落ち着いたあかりが間に入ってくれたのが救いになったけど、泣きそうになる悔しさをなんとか耐える。


 女神め、絶対許さん。

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