第6話

 また一年が経った。桜が吹雪いて、園児達が増えて、騒がしくなっている。喧噪から離れて、眺める。もうお昼寝の時間なのに、先生達は大人しく布団の中に入れることすらできていない。


「若いな」

「あ、あかりそれしってる。ちゅうにびょうっていうんだよ」


 格好つけてもなにかを演じて酔っているわけじゃない。思春期特有の病じゃない。自然に出たことだ。

 

「れおんくんさいきんつかれてない?? よるねむれてる?? あかりのおとうさんみたいだよ??」 


 あかりちゃんのお父さんは、一体どんなお仕事をしているんだろう。想像しかできないけど、きっと月曜日のパパみたいになってるんだろう。世のお父さん達には頭があがらない。


「今度お父さんにお仕事お疲れ様って言ってみようか」

「うん? うん」


 聖剣の訓練をはじめて、一年が過ぎた。寝る間も惜しんで、場所も弁えずとにかく我武者羅に。けど、勇者だった頃の記憶が体に付いてこない。疲れきってしまうと消えてしまう。五分。それだけしか聖剣を維持できない。


「あかりちゃん、そろそろ寝ようか」

「うん、おやすみ~~。おきたらまたえほんよもっか」


 最近では、気分転換に普通に遊ぶようになった。最初はなにやってるんだろうってげんなりするけど、いつの間にか普通に楽しんでいる自分がいる。全力で子供でいられるのだ。遊び終わったあと、急に虚しくなる。


 そのたびに、涙腺が決壊してしまう。諦めてしまえばどれだけ楽だろう。勇者だった頃の俺がどんどん遠くなっていく。本当にこの世界の人間として生きていいんじゃないかって。


 でも、やっぱり受け入れられない。先生も子供も皆寝静まったのを確認して、こっそりと外に出て、聖剣の練習をする。もう日常の一部、ルーティンと化した作業だけど、やらずにはいられない。


 女神様にも、仲間にも、願いをかける。語りかける。


「あ~~! れおんくんなにしてるの――――!」


 びくっとして、聖剣を落としてしまった。あかりちゃんだ。


「遊んでたらいけないでしょ――――! 今はお昼寝の時間なのに――――! 先生に言いつけるよ!」


 最近は年長になって年下の子供のお世話をするようになったから、すっかりお姉さん気分だ。


「というか、それなに? おもちゃ? 持ってきちゃいけないって決まりあるのに」

「あ、やべ」


 焦ったせいで、集中力を持続させられなくて聖剣が消失した。あかりちゃんが目をまん丸にして、驚いてしまう。


「あ、これ手品の練習なんだ」

「てじな??」

「そう。手品。この前テレビでやってて」

「ふぅ~ん。あかりにもおしえて??」

「こ、今度ね」

「せんせいにいいつけるよ?」


 この子は、勇者を脅迫するなんて末恐ろしい。


「というか、わざわざお外に出なくても――――ってどうしたのれおんくん?? なんで泣いてるの??」

「え?」


 指摘されて、そして触れてみて自分が涙を流していることに気づいた。


「な、なんでだろう。あれ?」


 とめられない。逆に激しさを増す気配すらあって。あ、まずい。後ろ向きになってごまかす。


「どうしたの? どこかけがしたの? おなかいたいの?」


 あかりちゃんが、おろおろしながら尋ねてくる。そのたびに俺の顔を覗きこもうと移動してくる。俺もそれに従って反対方向に体を回転させ続ける。

 

 泣き止んだ後、あかりちゃんに手を引かれて戻った。けど、寝つけない。子供に泣いているところを見られた。もう足を、手を、体全体で全力で悶えてうわああああああああああああああ!! と発散させないとどうにもできない羞恥心がいつまでも消えない。


 そんな衝動さえも子供じみた精神ゆえの発想だとあとで気づいて、また落ち込んだ。

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