2話.不死身と天才と全知全能

 午前中から降りしきる雨は、夜中になっても止むことを忘れていた。


 「別にカプセルホテルでもビジネスホテルでも、どこでもよかったのだけれど」


 「そう言うわけにもいかないだろ。それに、一応ビジネスホテルだ。最近のビジネスホテルは設備が整っている場所が増えているそうだ」


 出来ることなら、今日中に京都に到着したかった。二人用のダブルベットの片側に横たわる染毬そまりに、今後の予定を尋ねる。京都という目的地点を提示したのは、天才少女の染毬であった。


 「明日、京都に到着する」


 「……は必ず……京都に向かう。京都はわたくしや貴方、そして……被験体0581━━無限むげんざか玲衣れいの謂わゆる思い出の地だから」


 「思い出の地……ねぇ。……その玲衣の画像とか、スマホに送ったり出来るか?」


 「ちょっと、待つですわ」


 染毬の両目の眼球が、爛々らんらんと青白く輝いた。明るくない白熱灯の光が、唐突に消えると、目からレーザー光線が幅広く投射される。


 「染毬……人間性を疑ってもいいか?」


 「どうでもいいから、早くディスプレイを見るのですわ」


 容姿ようしの人間性を無視した染毬の機械的メカニカル機能ファンクション。壁を見ると、其処そこには三方向から撮影された一人の子供の姿が映し出されている。


 「この子が、玲衣か……」


 「あなたの隣の試験室にいた、実験動物ニンゲンですわ」


 冷静に人間を、実験エクスペリメンタル 動物アニマルと口に出せるあたりが、染毬が研究者であり、ある点において壊れていると明白にさせる。


 「毛色は灰色グレー。身長、百四十センチ。肌色白」


 「あなたの事を彼は知っているみたいだったけど、一度も会ったことはないかしら?」

 

 「……」


 どれほど思索しても私には、皆目かいもく見当がつかなかった。映し出された子供を、私は知らない。しかし、何かの縁か、一応隣人だったのであるならば一方的に顔を見られたこともあったのかもしれない。暫く頭を悩ませる私を見ていた染毬が、はっと何かに気づいた様に私に謝罪してきた。


 「いいえ。わたくしとあろうものが、愚問を問いかけてしまったですわ」


 「ん?」


 「いえ、違うの。私たちが捜索している無限坂 玲衣は、貴方とは根本の異なる特殊体質の持ち主ですわ」


***


  1ワン LDKエルリーケーのマンションの一室で、上半身を露わにした半裸の成人女性が半身をベットに突っ伏している。


 部屋は物色され、足元には脱がれた衣服が散乱している。呼吸は正常である。ただ深い睡眠に落ちているのだ。その手元には、『ありがとう。おねえちゃん』と書かれた書き置きと、ピン札の一万円札のみが添えられている。閑散とした一室という情景の引き金。

 その背景の中心に立つべき一人の子は、数キロ遠方の、建設中という張り紙や立て札で厳重に隔離されている建造物にいた。

 鉄柵と青いビニールシートに囲まれた要塞。最奥の角で、荒い息遣いのみが反響する。一人の子はうつ伏せになり、下腹部を抑えながら唾液と精液で床を汚損させていた。



 「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。ああああああああああーー!!」


 その金切り声が、外に届く前には雨音で掻き消された。

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