初恋 香貫深弥と三人の男たち
最後のインターミッションになります。
本編とは全く関係のない話です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一人目 松崎健吾
「え、また振られたの、松崎」
「彼氏はいない、って聞いてたから、あわよくばいけるかと思ったんだけどなあ。なーんかさ、彼氏はいないけど、すごく好きな人がいるんだってよ、ちくしょう」
高校を卒業して3回目の正月。高校時代の生徒会仲間7人で集まって飲んでいた。その中に、高校の時付き合っていた
「まあまあ、飲めよ」
おう、と返事して缶ビールを受け取る。一次会は女子もいたから、そんなに酒は飲まなかった。ここから先は仲間内の宅飲みだから、いっぱい呑んでやる。
「でもさあ、お前、浪人中に香貫と全然連絡取らなかったんだろう?自業自得だよ、なんでまた、そんなことしちゃったんだよ」
「…カッコ悪いじゃんか」
高校時代の俺は誰より目一杯格好良くありたかった。小柄で真面目で可愛い彼女の前では。特に。
シュボッとライターでタバコに火を点けたが、家主に部屋が臭くなるからやめろと止められた。すまんすまんと謝って火を消し、携帯灰皿に捨てる。喫煙は、浪人中に覚えた悪癖だ。
「お前さあ、タバコの吸い方もカッコ付けててキモいよ」
俺を含めて男4人で集まっていたわけだが、4人とも笑う。
「好きな女の前でカッコ良くしたいのって普通じゃん」
誰かが笑って言う。だよな、って俺も言った。そうしたら、
「
俺らの中で一番女にモテるヤツが口を挟んだ。
「長続きしなくてもいいなら、それこそワンナイトだったら、いいけどな」
そいつは右手でエロい動きをしながら続けた。その手はやめろって言いながら、気になって、そいつに聞き返す。
「じゃあ、どんな付き合い方ならいいんだよ」
「…お互いに、カッコ悪いとこも、可愛くないとこも、全部見せても、それでも全然好きでいられるような」
それを聞いて、みんな一瞬黙り込んだ。いきなりマジ。
ただ「彼女が欲しい」とか「やりたい」とか、それはそうなんだけど、それだけじゃなくて。
「俺、香貫のこと、可愛くて大人しい子だから、俺のこと待っててくれるって思ってたんだ。実際、全然違ったんだけどな」
「あいつ、可愛いだけじゃないだろ。怒るとこええし」
「俺の前じゃ怒らなかったんだよ」
「怒ってても可愛く見えてたんじゃねえの?」
「かもなあ、可愛いかったもんなあ」
「香貫だけじゃねえぞ。なんだよ女って。他の二人だって可愛かっったのに、すっかりなんつーか、キレイつーか、ぶっちゃけエロい」
「あああ可愛い彼女欲しい!」
「やりてえなぁ!」「頑張れ童貞」「うるせえよ」
俺たちは、また盃を交わしながらくだをまいた。
ふざけて酒を飲みながら、香貫のことを思い出していた。俺は、高校卒業までの可愛い香貫しか思い出せないし、同じ大学に入ったのに今の香貫のことを全然知らない。なぜ、可愛いだけじゃなくなったのか、大人っぽくなったのか、そうしたのは誰だったのか。
「振られるわけだ」
仲間たちは、俺のその呟きを聞き流してくれた。
俺にできるのは、キレイになった香貫なんか、幸せになっちまえって祈ることだけだ。
ーーーーー
二人目 下田浩輔
お盆だっていうのにプロジェクトチームを組まされた僕は、せっかく東京で働いているというのに、夏の大きな同人誌即売会に今年は仕事で行けなかった。
「はい、これ、頼まれてた分」
そう言われて、受け取った紙袋の中には、僕の欲しかった薄い本たち。会場には行けなかったけれど、手に入って良かった。
「そっちはどうだった?」
「あー、もちろん完売したよ」
「そーかぁ。おめでとう」
「おう、ありがとさん」
買って来てもらった本を堪能して堪能して味わって、幸せに浸ってから、本棚の同人誌が入ってる場所に並べてしまう。
「あ」
「どうした?」
「こんなところにブルーレイがあった」
何年前に買ったっけ。ああ、大学を卒業した頃だ。
「…ちょっと前の映画じゃん。あれ?何これ。パッケージ剥がしてないじゃん。観てないのか?」
「映画自体は、映画館で観たよ」
大学の時、一世一代の勇気を出して、好きだった女の子を誘って観に行った。その後、浮かれて告白して振られた。
「映画館で泣くくらい感動して、ブルーレイも買ったけど」
パリパリとパッケージのビニールを剥がす。振られたのが結構つらくて、それを思い出したくなくて、買ったのに観れなかったブルーレイだ。
「へえ、いいじゃん。観よう」
そう言われて、少し戸惑う。
「あん?どうしたよ?」
「いやあ、…ちょっとね」
「そうか、この映画は『委員長』絡みなんだ。さしずめ『委員長』とデートして観に行った映画ってとこか」
「!」
図星を突かれて冷や汗をかく。この間、酔っ払って初恋の話になって、香貫さんのこと喋っちゃったんだっけ。
「忘れられないもんは仕方ないし、別に忘れなくてもいいじゃん。この映画、観ても観なくても、浩輔にとって『委員長』は大切な思い出なんだろ?それでいいのに。…ったく、二十歳過ぎてっからの初恋だからって、引きずり過ぎなんだよ」
「ひ引きずってなんかないよ!」
「じゃ、いいじゃん。観ようよ」
そして僕は、何年振りかに、このアニメ映画を見て、やっぱり感動して、やっぱり膝を抱えて泣いた。
あの時、香貫さんは、慰めてくれたかったのか、僕の頭を撫でようとして、それに気付いた僕が逃げた。逃げなかったら…。
そんなことを思っていたら、その僕の背中があったかくなる。
彼女が、僕を背中から抱きしめていた。
「そんな風に泣くなよ」
僕は頷くしかできなかった。
あの時、香貫さんは僕の手を取ってはくれなかったけれど、だからこそ、今、泣いてる僕の背中を温めてくれる、この人に出会えた。
大学を卒業してから香貫さんには会っていない。
そして、僕は就職して上京し、しばらくして、同じ会社で働いていた同人作家の先輩女性社員と知り合って、あるアニメのことで意気投合したことをきっかけに付き合うようになった。
…もうすぐ家族になる。
彼女は、見た目も性格も、それこそ物言いも、香貫さんとは全然違うけれど、なぜか僕は彼女を見ていると香貫さんを思い出すことがある。
「また、この映画見て泣いたら、慰めてくれる?」
「ばーか。甘えんなよ」
そう言って、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
香貫さん、今、あなたがどこでどんな風に暮らしているか知らないけど、僕は幸せです。
あなたも幸せだといいな。
ーーーーー
三人目 香貫
「
会社に行こうとした私を母が呼び止めました。私は両親と同居こそしていますが、出勤時間が異なることもあって、生活時間帯が合わず、両親と話すことはそれほど多くありません。だから、これは珍しいことです。
「深弥が帰ってくるんだって」
なんですと!?
私の深弥が!
半年前のお正月以来の帰省ではないですかっ。深弥は、大学に入ってからというもの、滅多に実家に帰って来なくなり、もっと帰って来なさいという私からのメッセージも基本的に既読無視しています。
なのに。
「広大、餌を前にした文太さんみたいな顔になってるわよ…」
空腹状態の犬と同じですか。
「お母さん、私は、空腹を通り越して、深弥に飢えていますよ。もう半年以上、深弥とあってないのですから」
「…そういうところが深弥に嫌われてるって早く気付いてくれないかな?」
聞こえません。
「それにしても、まだ、夏休みでもないのに珍しいタイミングで帰省してくるのですね」
「そこに気付いたわね」
気付きます。
「…まさか」
私が呟くと母が腕を組んで頷きました。
「留学していた恋人が帰国したから連れて来るって。驚くわよー」
コイビト?
「お母さん。ワンモアプリーズ」
「驚くわよー」
「…そこじゃありません」
「留学していた恋人が帰国したから連れて来るって。…聞こえた?」
「聞こえませんね」
私は昔から不都合なことは無視する主義です。
「では、会社に行ってきます。土曜日は有給を取りますね」
それでも、土曜日が来るまでの数日の記憶が曖昧になるくらいにショックを受けていました。
私は実の妹である深弥を幼い子供の頃から大切に守ってきました。
幼い時に、「にーに、にーに」と可愛らしく私に抱き着いてきた姿が今でも目に浮かびます。いつの頃からか、冷たい目で私を見て、「気持ち悪いんですけど」しか言わなくなりましたが、それはそれで、その顔が可愛いので構いませんでした。
高校受験の頃、松崎とかいう羽虫が深弥の周りをぶんぶん飛んでいて、一緒に他県の大学に行くと言い出した時、私は愕然としました。
私が三日三晩呪ったためか、松崎は無事、大学に落ちたものの、深弥はそのまま大学入学で家を出てしまい、以来、地元に残っていた私の人生はほぼ闇の中。年に1、2回の深弥の帰省の時だけは、天から神の梯子が降りてきたように、闇の中で晴れ間が差すのですが、帰省中の深弥は、私とほとんど言葉を交わすことはなく、むしろ、文太さんと会話をしていることが多い始末です。
それでも、私は。
私だけが深弥を幸せにできると信じて生きているのです。
「ねえ、広大、そろそろ深弥のことは諦めて、自分の人生を歩んでほしいんだけど。深弥以外の誰かに関心はないの?…ないかぁ」
母親の戯言は聞き流しました。まあ、私がこんなだから、その分、母親は深弥に過干渉になってしまったところはあるのですが。
そして、土曜日。
私は、ビシッとオールバックで髪を決め、おろし立てのスーツを着込みました。
1階のリビングに、深弥とそのコイビトを詐称する男が来たそうです。
「広大、そろそろ7月になるから、そのスーツは暑苦しくない?」
「私は深弥を守らなければなりません。これは戦闘服です」
「いや、あんた、女顔で華奢で肩幅ないから、スーツ似合わないし」
母親は時に息子に容赦がありません…。多少、腹を立てながら居間に向かいます。どんな羽虫もとい男が我が家に図々しく入ってきたのか。どうやって追い払ってやろうか、と思いながらドアを開けました。
まずやはり深弥に目が向きました。ソファーにちょこんと座っています。多少は大人びたかもしれませんが、幾つになろうと深弥は可愛い。
「うわ、深弥とそっくり」
聞きなれない女性の声がして、声の主に目を向けました。
深弥の隣にいたのは、整った容貌の女性。年齢は私と同年代くらいでしょうか。あれ、男は?
「そっくりとか、やめてよ…ちょっと似てるだけだから」
深弥が見知らぬ女性を肘でつついてます。珍しく、敬語ではありません。私も深弥も父の影響を強く受けて、敬語で話す癖があった筈ですが。
すると、女性がすっと立ち上がり、私の目をじっと見てから、綺麗な姿勢でお辞儀をしました。
「初めまして。都田架乃と申します」
「はあ、深弥の兄の広大です」
「深弥さんとお付き合いさせていただいてます」
「え?」
「深弥さんとお付き合いさせていただいてます」
「ええ?」
「深弥さんとお付き合いさせていただいてます」
3回同じことを言って、女性はにっこりと笑顔を浮かべました。私は後ろにいる両親を振り返りました。
両親がニヤッと笑いました。知らなかったのは私だけということなんですね。特に、母親のしたり顔が癪に触ります。
納得できません。男だろうと女だろうと。
「き、君に深弥を幸せにできるというんですかっ?」
都田と名乗った女性に尋ねると、彼女は人差し指を顎に当てて、ん〜と言いながら、しばし私から天井で視線を動かして、そしてまた、私を見て微笑みました。
「どうでしょうか、ね」
「き、君には深弥を幸せにできる自信がないのですかっ」
むかっとして大声を出してしまいましたが、都田嬢は平気そうで、余裕の微笑みを浮かべています。
「深弥を幸せにできるもなにも、一緒にいられて、それだけで、わたしも深弥も既に幸せです」
何をバカな、と、その言葉を否定しようと思いましたが、隣にいる深弥が、私には見せたこともない笑顔で笑っていて、その笑顔が都田嬢の言葉を肯定しているのが分かってしまいました。
いや、しかし。ここで引くわけにはいきません。
「都田さん、私と勝負しましょう!深弥を賭けて」
「もう、兄貴、いい加減に馬鹿なことを言うのやめてくれませんか」
深弥は呆れ顔ですが、都田嬢は違います。
「何で勝負しますか?」
…考えていませんでした。
「き、君が選んでくれたまえよ。ジャンケンでも何でも構いませんから。私の深弥への愛が勝つのですから」
きも、って深弥が呟きましたが、聞こえません。
「そうですね…。私の得意なことでいいんですか?」
「ああ、構わないとも」
「じゃ、お父さんの秘蔵の日本酒で飲み比べ」
「ええええええ!?」
なぜか父親が悲しそうな叫び声を上げました。深弥と母親は「あーあ」と呆れた声を上げています。
「架乃は、お酒が飲みたいだけでしょう」
「ふふん、お兄さんに勝って、あなたを手に入れたいのよ」
「よく言う。ウワバミのくせに」
二人が何だかいちゃついてるようですが、なに、私だって、最近は会社で酒を飲むのにも慣れて、強くなっているんですから、そう簡単には負ける筈はありません。
…惨敗しました。
都田嬢は、一升瓶の日本酒を味わいながらも一気に飲み干せる人でした。
「き、きよおのところあな、うるしてやいまぅ、みあはだえにもわたしまへんよ、ぼかー」
「深弥、お兄さん、なんて言ってんの?」
「今日のところは許してやります、深弥は誰にも渡しませんよ、僕は、だって。そもそも私は兄貴のもんになんかなってませんけどね」
これが、私と都田嬢の出会いでした。
ひどい酔いで意識が遠のく中、
空になった一升瓶を抱えた都田嬢の隣にいる深弥の笑顔が本当に幸せそうで
負けてしまったことは、甚だ相当に腹ただしいのだが、深弥のそんな顔を見ることができるのは嬉しくもあり。
「いや、聞きしに勝るシスコンね」
「ひどいでしょ、これが22年間ずっと続いてるんですから。時々、本当に気持ち悪くて…」
どれほど酔っていても、深弥の言葉は私に突き刺さります。
兄心というものは繊細なんですよ、妹よ。
ああ、それでも私は、妹の幸せを誰よりも願っているのです。
私だけが深弥を幸せにしてや……
「お母さーん、兄貴が潰れましたよー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本編には出したくても出番のないシスコン兄貴。
うびぞおが、何だか気に入っていたシモダくん。
この二人がカヌキさんの幸せを祈るためのインターミッションでした。
1月中の完結に向かってラストスパート続いてます。
もう2月でいいじゃん、という気になってますが。
製作中のBGM(バックグラウンドムービー)は
「ヘル・レイザー」(1987)&「ヘルレイザー2」(1988)でした。
うびぞお
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