その時は既に待っていて
「ふーん。てんちゃん。私とキスしたいんだー」
「んーー! んーー!」
未だに顔を覆ったままゴロゴロしている私は、お姉ちゃんに言葉責めされている。
否定をしたい。
私はただ、気になって調べてしまっただけだと。
そう言っても、お姉ちゃんは信じてくれなさそうではあるけど。
さっきのが恥ずかしすぎて、もう。私は死にそうだ。
「やっぱり。てんちゃんも私とそういうこと──」
「あぁぁ! あぁぁ!」
「てんちゃんは私と付き合いたいってことだよね? ね?」
「んぁぁ! んぁぁ!」
「……私。もうてんちゃんは付き合いたいとは思ってないと思っていたのに」
と、急に声のトーンが落ちる。
その声の様子が気になり、喚き回っていた私は動きをピタリと止め、ムクリと体を起こした。
顔はまだ熱いままだ。
「お姉ちゃんどうしたの?」
なるだけ、平静を装って問う。
「おぉ。急に起きたね。……えっと、まぁ、私てんちゃんに振られたじゃない? なのに、そういう、キスとかって調べるんだって」
言われて見れば本当にそうだ。
手のひらをくるくる回転させている。
でも。それには私にもちゃんと考えがあってのこというか。なんというか。
「あー。いやー。振ったと言っても、お姉ちゃんのことはずっと好きだし」
「てんちゃん、めっちゃヤキモチ焼きだもんね」
「うっ……。き、キスってどういうのか気になっただけというか」
そこまで言って、果たして本当にそうだろうかと思った。
実際、お姉ちゃんとはキスはしたい。
したい。し、その気持ちを隠す必要もおそらくない。
だから。
「……うん。してみたいのかな」
そう答える。
「へ、へー。てんちゃん、なんか変わったね」
「ま、まぁね」
「何かあったとか?」
「えっと。考え方が変わったっていうのかな?」
その考えを、準備もせずにお姉ちゃんに告げる。
「そ、そのさ。家族同士でも、血繋がってないわけじゃん。だから、好きになれるというか。それなら、私がお姉ちゃんに対する好意を隠す必要はないのかなって」
言っててよく分からない。
もうちょっと考えてから、ものは言うべきかもしれない。
「ふーん? どうして?」
「……えっと。……『普通』を履き違えていたというか、なんというか」
「つまり?」
「えっとね。あ。これはあくまで私なりの意見だからね! ……えーっと。『普通』っていうのは、なんというか多数派の人たち。みたいな? えっと、それで……」
これだけじゃ説明になっていない気がする。
けど、次の言葉が見つからない。
心のどこかでは、次に続く言葉は分かるはずなのに。
焦ってしまってる。
迷走してしまっている。
耳まで熱くなって私は固まる。
「なんか難しいこと言うね」
「……えっと。あはは。何言ってるんだろ」
「うん。……あ。舞台の方みてよ、てんちゃん。抽選会だって」
「あ。うん」
お姉ちゃんはふと、嬉しそうな顔で、前の方を指した。
いきなり話題変えたな、と思ったけど、何も言えなかったこの際ありがたい。
そういえば、焼きそばとかを買った時に、抽選券がついてきたんだっけ。
お姉ちゃんは、こういうのあまり経験ないのかもしれない。
舞台に注意を向けていると、
この辺りでは割と有名な芸能人が舞台にでてきた。
マイクを手に握り、荒々しい声で抽選番号を音読しだした。
その人が読み上げる番号に、完全に夢中になっているお姉ちゃんだけど、
前の舞台すら見ずに、私は考えた。
そして思い出した。
さっきの言葉の続き。
『普通』のことについての、私の意見。
多数派。言い換えれば同調かな。
まぁ。あの時は、多分こう言おうとしていたんだと思う。
「『普通』は多数派だから、私たちは少数派でもいいよね」
みたいな意味合いのこと。
多数派が男女と付き合って、少数派の私たちは──。
……こんなの、ほぼ告白じゃないか。
あの時、その言葉が出なくてよかったと、ちょっとだけ安心を覚える。
だけど。ふと思う。
気づけば、毎日お姉ちゃんのことが頭の中にある。
普通なことかもしれないけど、文字通りそれは四六時中だった。
ずっとずっと考えているというのは。
もう。言い訳ができないくらいに私はお姉ちゃんのこと──。
とっくにその時が来ていたということに、今、気がついた。
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