029.焦り

 除夜の鐘が細々と響いて年が明けた。東京の空では一切見ることにはできなかった星空が一面に広がっていた。街の東側にある山を少し上ったところにある神社には、たくさんの人が押し寄せて初詣をして、今年一年しっかり生きれるようにとお祈りをする。 それから数時間もすれば、奥に少しだけ見える厳島の方向から新年で初めて地上を照らす太陽が姿を現す。


 ただそれは、残された時間が少ないことも指し示しているようだった……。


  〇 〇 〇


 冬休みが明けて3学期が始まった。海が近いせいで街にははりつめた空気が海風によって運ばれてくるから防寒具を肌身から離すことができない。学校の自分のクラスまでたどり着けば暖房の庇護下に入ることができる。

ただ、太陽は今日も昇っていないようだった。


 医療ポッドのバルブの方はほぼほぼ解決した。西岡君が言っていたところに大川を通してアポを取り、サンプルと製品を持ってきて耐久テストにかけたらしっかりと基準をクリアしてくれた。採用するか否かで少し揉めたことはあったが、最終的には発注することにした。


 今月末から臨床実験も始まる、でもどんどんと遥の容態は悪くなっていくばかり。徐々に、じわじわと。まるで医療ポッドの開発と追いかけっこするかのように。


 それが、また僕たちにも焦りを与えていた。


「よぉ翔、次の休みっていつなんだ?」

「あ、恵介。どうしたんだいきなり」

「そりゃあもちろん、俺に宿題を見せてもらおうと思ってな」

「それは自分でやりなよ……」


 新学期ということでいろいろと提出物がたまっている。計画的に、というか会社の中でやっていたのもあって僕はもう終わっていたが、相変わらず恵介は終わっていないようである。だから今回も僕に見せてもらおうとここに来たのだろう。


「はぁ……まあそりゃいいとして。ちょっと付き合え」

「うん、別にいいけど」


 しかし、今はそんなことはいい。そんな顔をした恵介は僕の机の前から廊下に行ってしまう。ちょうど昼休みが始まったくらいだから時間もあるのでついて行ってみることにすると、どんどんと校舎の会談を上り、立ち入り禁止の立て札をどかして屋上までやってきた。少し聞いたところ、会長直々に屋上を使っていいと言われたんだとか。


「あー、やっと着いた着いた」

「何気に初めて来たなぁ、ここ」

「だろ? まあここら辺はちょっと高いビルが多いから綺麗には見えないが一応海も見えるぜ」

「そうなんだ」


 それから、何も買ってなかった僕にコロッケパンを放って渡してくれた。どうやら今日はここで昼ご飯を食べることになるらしい。あとでしっかりとお金は払うとして、空腹なので地面に座って早速袋を開く。


「それで、なんでここに?」

「いや、お前が最近どんどんどんどんしかめっ面になって焦ってるからよ。まあ気持ちもわからんでもないけどな」

「え……?」

「お前、新庄工業に出入りしてるだろ。っていうかバイト先もファミレスじゃなくてそこらしいな」


 そういえば、僕は新庄工業方面にあるファミレスでバイトをしていることになっている。だが、この前偶然西岡君が新庄工業の支社から出てきた僕を目撃していたらしい。


「まあ言いたくないこともあんだろ。嘘ついてたのは聞かんが、そろそろお前も休んだ方がいいぞ。もし仮にその医療ポットの開発に携わってんならなおさらだ」

「……どうしてだよ」

「当たり前だ。今のお前はただただ作ることに必死になって後々使う使用者のことなんか一切考えてねぇ。休みも取らずに、会いたがってる遥のところにもいかねぇじゃんよ」


 その遥が使うから焦っている、と言ってもどうせ正論で切り返されるだけなので黙っておく。ただ、開発側としたら徐々に侵攻していく病状で、かついつまでがタイムリミットなのかがわからないのがとても恐ろしい。だからこそ、一日でも早く、完璧なものを作り上げたいんだ。


「まあわからなくもないけどな。でも、それでお前まで倒れたらそれこそ本末転倒だろ。もうちょっと休みとって遥にも会いに行ってやってほしいんだわ、俺は」

「恵介も行けばいいんじゃないの?」

「はぁ……お前な、俺が言ってもお前の代わりになるわけがねーだろ。あいつが会いたいのは”お前”なんだ」


 そういうと、恵介は「焦って無理すんな」とだけ言いおいて僕を残して校舎に戻ってしまった。僕もできれば遥に会いに行きたい。でも、行っても電話とかがかかってきてまた浮いてしまうのが怖かった。そして何より、会いに行くたびにどんどん弱っていっているような遥の姿を見るのも怖かった。


 ――僕は、どうすればいいんだろうか。


 

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