祈りが届く場所(DC版)
ここまでのあらすじ:翔たちが必死に医療ポットを開発するも臨床実験が終わりきる前に遥はこの世から去ってしまう。その強いショックに、翔は雨の中ふらりとどこかに歩き出したのだった。
〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇
……ここはどこだろう。日本最北端と書かれている、それだけしか僕にはわからない。激しく波打つ海と滴る雨。自分の意志とは相反するようにむこうに見えるかすかな光はいったいなんなのだろう……。
『ボクは幸せ者だったみたいだね。だって……』
『こうやって……分が、好き……に、見送って、もらえ……』
まただ……まただまただまただまただまただ! どうして、どうしてまたこのことを記憶の中から持ってくるんだ! そうだよ、僕は確かに遥のことが好きだった! でももう彼女がここに戻ってくることなんてないんだ……いくら人を生贄にしようとも、自分の命をこうして投げ出そうと考えたって、地獄の閻魔様か天国の天使たちから取り返すことなんて。
――ぜったいに、できないのだから。
だってそれが、死ぬってことだから――
もう、会えないってわかってるのに――
だから、悲しくて寂しくて消えたいのに――
「あら、先客がいらっしゃいましたか~」
「……え?」
誰かが、僕がいるところにやってきた。今は何月かわからないけど、まだまだ寒いのに薄めのワンピースに身を包んだ女性だった。髪が長くて、どことなく誰かに似ているような気がした……。誰かはわからないけど……。
「おひとりのようですが、ここで何を?」
「……さあ、なんなんでしょうね」
その人の問いかけに僕はなんとも返すことができなかった。だって、僕はどうやってここに来たのか、どうしてここに来たのか、果てはここがどこか一切合切わからないんだから……。
どこでもいい、そう思ったけど一応ここがどこか聞いてみることにした。
「すいません、ここってどこなんですか?」
「えっと……あそこにも書いてある通り、ここは宗谷岬ですよ。稚内市の」
「わっか、ない……?」
いつだか、稚内という地名は聞いたことがあった。今でも、思い出したくないはずなのになぜかすぐに思い出す。
『ボクはね、稚内から来たんだよ~。そうそう、日本最北端のね』
『ボクは病院が家みたいなものだから暖房で快適だったけど外は寒そうだったな~』
記憶の中では、もういなくなってしまった自分が好きな人が、笑顔で僕に語りかける。まだ”治る”と思って、絶対に苦しいのに、怖いはずなのに。それでも笑って周りの太陽だった人のことが。それが、さらに僕の心を痛めつけるとも知らずに笑ってるんだ。
「……大丈夫ですか?」
「……たぶん、無理だと、思います。僕はもう、何をすればいいかわからないんです」
「気持ちはわかりますよ……私もいつかこうなるってわかってた。今まで何人も見送りましたけどね。やっぱり涙はでました」
僕の横に立って海を眺める女性は、なぜか僕の身に何があったか、それを事細かに知っていそうな気がした。今までの1年とちょっとですべてが変わり、そのすべてを受け入れて、そして楽しくして、それで……。
「私も、似てる人をここから遠い土地で亡くしたんです。手紙でそのことが送られてきたときは心臓のペースメーカーも止まりそうになりました」
「ペース……メーカー」
「はい。私は心臓病の患者です。その子は、私の隣のベッドにいたんです。そうだ、よろしければ一緒にあの場所に行ってみませんか? もしかしたら、想いは一緒なのかもしれませんし」
そういうと、彼女は「行きましょうか」と言って駐車場の方へ走っていく。……無視することもできた。怪しいとも思った。でも……なぜか心がざわついた。安全だと
思ったし、謎の安心感があった。それに……遥に「行け」って言われた気がした。だから僕は素直にまた一歩を踏み出した。
〇 〇 〇
謎の少女についていくこと15分ほど。僕たちがやってきたのは宗谷岬平和公園というところだ。そこにあるのは、祈りの塔。平和を願い、二度と忘れないためのシンボル。彼女曰く、親しい人へ祈るときはここに来ているらしい。
「本当はみんなちゃんとお墓はあるんですけど、直接そこに毎日行っても心配されるだけだから、数日に一度ここに来てるんです」
「そう、だったんですか……」
「ええ。まずは祈りましょうか、詳しいお話はそれからです」
そう言って、両手を顔の前で合わせ、祈り始めた彼女を見て、僕もその横で同じように両手を合わせて祈りの塔へ祈りを込めながら、今までのことをまた思い返していた。そして、つい数か月前……遥がこの世に背を向けて歩いて行ってしまった時のことも。
『まだキミはこんなところにいるの? らしくない』
僕はまだ……違う、絶対に、一生忘れられないんだ。
『ボクが好きだったキミはそんな躓いたりする人じゃないのに」
僕からそれを奪ったのは……君なんだ。
『でも、キミはボクがいなくても大丈夫だよ』
『だって、そうやってキミが覚えていて、想ってくれいてる限り』
『ボク……私はさ、キミの中では生きれるんだから!』
僕は……できるのかな。
『できるよ! だってそれが君の力だから!』
――声が、聞こえた。どこから聞こえてきたかわからない、”あの人”からの声。この数か月、一切聞くこともできなかったのに……。
だけど、今、聞けた。迷っていた心の中に一筋……たった一筋だけだけど光が降ってきた気がした。
――――だから、もう迷わない。
〇 〇 〇
それから、上山凛と名乗った女性に稚内の駅まで送ってもらった。その日の一番最後に駅を出る特急に乗って、巻き上げられる残雪を見ながら僕は決心した。誰かを救えるようなことができることをしよう、と。
2日かけて戻ってきた四葉町、帰ってから僕はすぐに高校の職員室を訪れていた。1か月近く顔を出していなかった僕に松坂先生は驚きを表しつつも、いつも通り接してくれた。
「久しぶりだな。少しは気持ちは晴れたか?」
「はい。やりたいことが決まりました。ご指導お願いします」
「そうか。それなら、たくさんの人を救えるだろ。幸い、お前は成績はいいんだ。実績もある。あとは、今からの頑張り次第だな」
「はい……!」
それから、僕はがむしゃらに勉強した。自分の身体がすり減っていいから、睡眠時間を1分削ってでも、絶対やりきりたかった。だって、遥と約束したから。
僕の高校最後の夏はただひたすらに机の上にある紙を見つめるだけで過ぎていき……。
――――それから8年後――――
「セ、先生……どうでしょう」
「ええ、症状もよくなってきていますね。春樹くんもあんまり肺のところ苦しくないでしょ?」
「うん! くるしくないよせんせー!」
「そうですね、今後は経過観察にしましょう。万が一の時のために痛み止めを処方しておきますが、かなり強いので本当にダメだ、というときに服用してくださいね」
それから2,3回会話を繰り返すと、笑顔で親子が診察室から出ていく。これで今日は僕の勤めは終わったことになった。後ろのスペースで右往左往していた看護師さんには申し訳ないが、今日は行くところがある。
「あ、五十嵐先生、お疲れ様です」
「ええ。あとはお願いします」
軽く挨拶を済ませると、普段使っているスーツに着替えてから車を運転して、桜が綺麗な山にある墓地の一番奥……3つ墓が連なったところまでやってきた。
「遥……みんな。僕も、そろそろあの時の約束を果たせそうだよ」
『うん。もう今じゃかっこいい”先生”だもんね?』
「ああ。だからもう次のことをすることができそうなんだ」
辛い時も、楽しい時も。喧嘩をしても、雨に打たれても。いつでも感じれることができる――
――――幸せを、探しに行こう。
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