010.迎えるために
結局、西岡君の家で開催された集会で得られた結論は一つ。先生がダメなら生徒を味方につければいいというものだった。つまるところ、次の会議までに生徒から署名を募ってそれを顧問の目の前に突き出すということだ。生徒の強い要望が集まったとなれば顧問の先生も折れるしかない。中学の生徒会の経験からしてもこれが一番妥当な案だった。
そして今日、生徒憩いの場である東校舎3階”蒼空ラウンジ”は僕たち6人の作戦会議の会場へと早変わり。会長が生徒会権限で昼休みの間ここを貸し切ったという。
「さて、今日から行動を開始するわけだが……当初は早朝に校門前で署名を募ろうと思った。しかしどっかの鳴海と西岡とかいう遅刻常習犯の予備軍がいるから作戦を変えることにした」
名前を出されたどっかの2名様は、それぞれ口笛を吹いたり存在の薄さを全力で活用し飲み物を買いに行こうとしている……自覚があるのはいいけど、夜更かしはやめよう。
そんな間に会長はとあるプリントを僕たちに渡してきた。1つは署名してもらう用紙。そしてもう1枚には部活動が一覧にされた表だった。横には親切に部員数と予算までついている。
「これって、生徒会の資料じゃないの?」
「ああ、遥の言う通り。生徒会のファイルのやつをもってきたんだ。実は最近、うちの会計が『部活の予算もうちょっと削減したい』ってぼやいててなぁ」
ここを見ろ、とばかりに会長は自分の顔の高さまでプリントを持ち上げて、予算が書かれた欄の右下を指し示す。すると、そこには元々の予算を3割ほど削った額が書かれていた。
これを見て、僕は会長がやりたいことがわかった……いや、わかってしまった。つまり、つまりこれは……。
「今回の作戦は、各部活動にこの予算案を提示して、花壇の署名に協力しなかったら予算削減すると言って署名してもらおうということだ」
「やっぱり」
つまるところ軽度の脅迫をして署名をぶんどってこいということだ。正直言ってこれは横暴な気がするが……その代わりどうしても実現させたいという強い意志は感じることが出来る。
「おいおい、いいのかこんなことして。こりゃあ生徒内から反発も強いぞ」
「そうだねぇ。特に運動部が黙ってなさそう」
「それも覚悟の上だ。私にはこれをなるべく早く実現させなければいけない……」
「……何かあるのか?」
「ああ、それはな」
会長が語りだしたのは、去年の11月ごろの話だった。当時、会長は奇跡的に持病が回復し、アドバイザーのボランティアを始めた時だった。そして、当時担当していたのは10歳の男の子だったらしく、会長と同じく病弱で、4年も家に帰ったことがなかったらしい。
担当になった会長は人見知りがちなその子に対して、最初は童話とかを読み聞かせしたりして徐々にコミュニケーションをとれるようにしていった。
そして今年1月。丁度生徒会総選挙の告知がされたくらいに、男の子は大きな手術をして成功。症状も安定したことから地元の病院へ転院していったらしい。
「その時、あの子は最後に『ここのロータリーみたいに無機質なところなら来たくない。けど、ここがもっと賑やかな場所になったら、またお姉さんのところに来るよ』って言ってくれたんだ」
「へぇ」
「私は今も同じくらいの年の子を担当しているんだが、やっぱり南口のロータリーは寂しいって言ってな……」
なるほど……だから早く来てもらうためにこの公約を早く達成したいんだ。それにこの街が彩り豊かで明るい街になったら、みんなも楽しく過ごせるから……。
「まあ、私が早く彼に会いたいというのもあるかもな……初めての担当の子だったからそれなりに思い入れもあるんだ」
「……わかる気がする」
同じアドバイザーの西岡君も小さく首肯して同意を示している。彼の場合は2年以上アドバイザーをやっているというベテランらしいが……。
「とりあえず、だ。放課後になったら遥かと五十嵐君は運動部を攻めていってくれ。恵介と幸は文化部を、西岡と私は校門で下校中の生徒に署名をしてもらいに行くぞ」
「「「「「了解」」」」」
僕は運動部か……スポーツはまあまあできる方だけど今は帰宅部だし新顔だからなぁ。ちょっと不安になってきた。
「大丈夫だって、2年の人気者の遥さまが一緒なんだから~」
と、高畠さんは得意げだったのだが……。
〇 〇 〇
「ああん!? それ本気で言ってるのかテメェ!」
「ひいいいい!」
ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃん! 放課後、終礼が終わると同時に出陣した僕たちはグラウンドで練習してた野球部へお邪魔して事の次第を話したらこれだ。僕より真面目に運動しているのであろう3年の先輩がスキンヘッドで太陽光を反射しながら僕を威圧してくる。
「ま、まあまあせんぱい、そう怒らなくても。ここに署名してもらうだけだから」
「うるせぇ! 貴様ら生徒会がこんな脅迫まがいなことしてええと思ってんのかああん!?」
「……あー、これはダメそう?」
い、いや見ればわかるよね……。すでに僕の胸倉に手が行ってる時点でわかるよね!? どう見てもダメだって。
「そんなこと言うためだけにここに来たんだったらさっさと帰れ帰れ! 練習の邪魔や!」
「ま、まず落ち着いてください先輩。別に強制とは言いませんし、するかもという話ですよ」
「せやろ、強制力ないんやったら俺らは署名しなくてええやん!」
「ただ、会長の行動力は知ってますよね? 会計の人もだいぶ頭を悩ませているらしいから、本気で削減するかもしれませんよ」
「だからなんや!」
「これ、見てください。3割減ってますよね。これ、夏合宿の時学校から出す補助予算がマルマルモリモリなくなる計算なんですよ」
そう言ってみると、スキンヘッド先輩の圧力が少し収まって、僕の胸倉を掴む手の強さも弱くなりだした。これは一気に切り返すチャンスかもしれない。
「た、確か新型のピッチングマシンも導入検討されてるようで。このままだと、もしかしたらですけど部費だけで賄ってもらうことになるかもしれません」
「なんやと!?」
「もしかしたら、ですけどね。ただ、さっき言った通りです……それに、試合に行ってここに帰ってきた時、街が花に溢れて明るくなってたらどうですか? 勝って帰ってきたらさらに嬉しくなりますし、負けて帰ってきてもまた頑張ろうと思えるようになりますよ」
ま、まあたぶんだけどね。僕は少なくとも街がそうだったらいいなあと思ってるくらいだし、会長のためにやっているだけだけど。後ろでは高畠さんが「そーだよそーだよ!」って大きい声で相槌打ってるのがのがちょっと気になる。
「ぬ……せ、せやけどやり方っちゅうものがあるやろ!」
「会長は早くこの公約を果たしたいと思っているんです。これにはこれこれこういう事情が」
話したといっても多分なにか小言言われるくらいだろうと思って、僕はさっき会長から話されたことをそのまま話していく。話している間にスキンヘッド先輩の顔がどんどん歪んでいったことには気づかなかったのだが……語り終わると、スキンヘッド先輩はボロボロと涙を流して「そのエピソードは反則や」とぼやいていた。高畠さん、ここまで聞こえるくらい「うわぁ」って言って引くのはやめよう……僕もドン引きだけど。
「わ、わかった……署名を考えちゃる」
「それじゃあ!」
「だが、こっちだって多少のプライドはある……こっちからも条件を出させてもらうわ」
さっき後輩の前で後輩のエピソード聞いて号泣して他の誰ですか……それでプライドがあると言われてもあんま信じれないんだけど。
「うちの2年で、今年背番号1にしようと思ってるやつがおる。そいつからヒットを打つか、俺を打ちとれば野球部全員じゃなくて、俺のダチ全員で署名しちゃる」
「わかりました。その勝負、受けましょう」
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