第16話 ジェムジェーオンの病巣2

 ジェムジェーオン北西部『赤の大地』と呼ばれるクードリア地方の真ん中で、ショウマ・ジェムジェーオンが搭乗するバトルシップ『ギュリル』は、機関を停止した。


 立ち止まってから、15分経過していた。

 いまや、完全に敵軍勢に包囲されていた。

 確認できるだけで、敵軍はASアーマードスーツを200~300機、バトルシップも5隻以上。連隊に匹敵する戦力がバトルシップ『ギュリル』の周囲にひしめいていた。

 敵軍の一団のなかから白色に塗装されたASアーマードスーツが現れ、至近の距離に進んできた。


「貴船はすでに我々の包囲下にある。降伏を勧告する。勇気ある決断を期待する。回答がない場合、30分後に一斉攻撃を開始する」


 白色のASアーマードスーツは、問答無用にそれだけ伝えると、敵軍のなかに戻っていった。


 バトルシップ『ギュリル』のなかで、この勧告にいち早く反応したのは、ASアーマードスーツ部隊を指揮するラリー・アリアス中尉だった。

 アリアスは既にASアーマードスーツのコクピットに乗り込んでおり、自らが指揮する部隊ともども、ショウマの指示があれば、出撃する用意が整っていた。


「ショウマ様、小官たちに出撃の許可を与えてください」


 アリアスの具申に、他の艦橋の士官が反論した。


「この状況に至って、まだ戦闘を継続するつもりなのか」

「何だと!? 当たり前のことだ。ジェムジェーオンの正規兵が、しかも、誉れ高き『勝唱の双玉』が、クードリアの賊軍に膝を屈するなどありえないことだ」

「こちらは中隊レベルの戦力なのだぞ。それに対して、相手は連隊レベルの戦力を有している。無謀とは思わないのか?」

「どんなに兵の数を集めようと、クードリアの賊などは恐れるに足りない。貴官たちは武門の誇りすら捨ててしまったのか。戦闘前に恐怖に負けて怖気づいてしまっては、どんな戦いにも勝つことは能わない」

「冷静に、戦力や状況を分析して勝機を図ることが、真の武門の生き様というものだ。精神論を振りかざして、玉砕するなど犬死に等しい。貴官の言う武門の誇りは、どこにあるのか」

「何だと、犬死とは無礼な!」


 味方同士の言い争いがヒートアップしていった。

 険悪な雰囲気のなか、ショウマ・ジェムジェーオンは割って入った。


「待ってくれ」

「ちょうど良かった。小官は、他の士官たちではなく、ショウマ様の意見が聞きたいと考えていました」


 ASアーマードスーツのコクピットからモニター越しにアリアスが強い目をショウマに向けてきた。

 ショウマは大きく息を吐いてから、答えた。


「アリアス中尉。私も武門の誇りを大事にしている。しかしながら、誇りとは大切なものを護ってこそ、意味があるとも思っている。相手は用意周到にこちらを包囲している。この状況下において、私たちは何を護らねばならないのだろうか」

「ショウマ様……」

「ジェムジェーオンを私たちの手に取戻すために、私は皆とともにオステリアに向かっている。このクードリアの地で、無駄死にさせるためではない。たとえ、一時の恥を忍んだとしても、生命があってこそ雪辱をそそぐ機会を得られると考えている」


 アリアスは納得しなかった。即座に、反駁してきた。


「降伏することが正しいなど、小官は納得しかねます」


 ショウマはアリアスに問いかけるように言葉を発した。


「私は敵軍の正体が気になっている」


 アリアスが首をひねった。


「敵の正体? クードリアの賊ではないのですか」

「『赤の大地』という幻想にとらわれてはいけない。一度、それを横において冷静に考えてみてくれ。ただの賊徒がこれだけの武装を持っているのはおかしいと思わないか。しかも、賊徒が正規軍のバトルシップを襲う理由は何だろうか。この船は民間船ではない。金品を抱え込んで移動しているとは思わない訳だ。それに、正規軍と戦えば、敵も傷を負う。相手が負うリスクを顧みれば、非合理的な行為といえる」

「賊徒が軍正規部隊から得られる報酬ですか……。そう言われるとし、何が目的か判然としませんね」

「そして、この降伏勧告も腑に落ちない。賊徒であれば、私たちを降伏させてどうするというのだ? これほど有利な状況にあるのだから、武力にものをいわせて、好きに略奪なりすればいいではないか」

「つまり、ショウマ様は敵軍が何らかの意図をもって行動していると、考えているのですか?」

「そうだ。そう考えないと、この敵軍の行動が腑に落ちない。たとえ、良くない結果になろうとも、この違和感の正体を確認してからでも、いいではないか。私はそれを確かめたい」


 アリアスは数秒沈黙した。

 意を決したように、言葉を発した。


「分かりました。ショウマ様の仰ることも理解できました」


 バトルシップ『ギュリル』の降伏が、クルー全員の同意で決まった。




 バトルシップ『ギュリル』から降伏勧告を受託するとの報告を受けて、白色に塗装したASアーマードスーツに騎乗していた人物が、感想を述べた。


「そうか。勧告を受け入れたか。なかなか、賢明なことだ」


 続けて、命令を下した。


「では、各自、手筈通りに進める。付いて来い」




 白色のASアーマードスーツを先頭に、30機のASアーマードスーツがバトルシップ『ギュリル』に乗り込んできた。

 ショウマ・ジェムジェーオンは、直接出向いて、彼らを迎え入れた。

 ASアーマードスーツから降り立ったパイロットたちは、全員仮面を装着していた。

 その異様な姿に、ショウマは不安を覚えたが、上船してきた仮面の人物たちは、規律正しく無法な振る舞いをすることはなかった。危惧は杞憂に終わった。


 中心人物は白色のASアーマードスーツから降り立った者だった。体格が良く仮面の後ろの髪の毛をドレッドロックスに結っていた。


「まず、約束通り、武装の解除を確認する」

「わかった」


 随員の仮面の3人が『ギュリル』のクルーに指示して、武装の解除を確認した。精緻で合理的な所作だった。


 ショウマは確信した。


 ――彼らは賊徒などではない。有能な軍人だ。


 体格の良い仮面の人物が、ショウマを直視した。


「貴様がこの船の責任者だな」

「そうだ」


 ショウマはまっすぐ体格の良い仮面の人物の視線をとらえた。

 体格の良い仮面の人物が、ショウマの全身をねめつけた。


「名は」

「私の名前は、ショウマ・ジェムジェーオンだ」

「ジェムジェーオンの『勝唱の双玉』か」

「そうだ」

「ひとつ聞きたい。その立場にありながら、我々の降伏勧告を受容れることを決断した理由はなんだ」

「こんなところで、仲間の命を落とすわけにはいかない」

「その命のなかには、貴様の命も含まれているのか」


 一瞬、ショウマは言葉に詰まったが、正直に答えた。


「ああ、その通りだ。私自身の命も含まれている。こんなところで、無駄死にするわけにはいかない」

「なるほど。悪くない答えだ。我々が貴様たちの命を取らないと考えたのはなぜだ」

「逆に、こちらが訊きたい。あれだけの兵力を持っていながら、降伏勧告をしてきた理由は何だ」


 ふっ、体格の良い仮面の人物が何も答えない代わりに、仮面の下で薄く笑った。


 随員たちの武装解除の確認が終わり、体格の良い仮面の人物のもとへ結果を報告した。

 体格の良い仮面の人物が頷いた。


「貴様の言葉通り、バトルシップの武装は解除されていた」


 ショウマは言った。


「当然だ。約束は守る」


 体格の良い仮面が、バトルシップ『ギュリル』のクルー全員に聞こえるように、大きな声を発した。


「このバトルシップは我々が接収する。我々の指示に従ってもらう。乗員はこのまま艦に留まってもらう。ただし、ショウマ・ジェムジェーオンは下船して、我々に付いてきてもらう」


 ラリー・アリアス中尉が楯突いた。


「ショウマ様を連れていくことは認められない」


 バトルシップ『ギュリル』のクルーたちも、アリアスと同じように強い表情で、体格の良い仮面の人物を睨みつけた。

 ショウマは手で制した。


「大丈夫、この者たちは私に危害を加えることはない」

「万が一、何かあったら……」

「ここで揉める方が、私を含めた皆の身が危うくなる」


 アリアスが渋々頷いた。

 体格の良い仮面の人物が何も言わず、ショウマの様子を窺っていた。

 ショウマは、自分の身が安全だと思っていなかった。ただ、ジェムジェーオン伯爵世子である『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンであることを理解したうえで、自分を連れ出すのであれば、何らかの意図があるはずだった。その意図は、ショウマにとって状況を打開する機会となり得る。それに賭けるしかなかった。



 帝国歴628年2月27日、『勝唱の双玉』のひとりショウマ・ジェムジェーオンは、「ジェムジェーオンの病巣」クードリアの地で囚われの身となった。北部要衝ハイネスに残った『勝唱の双玉』のもうひとりカズマ・ジェムジェーオンは、このことを知り得なかった。



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