第二十九伝 『朔の答え』
昼休みに平川から話を聞き、朔の中で変化する想いがあった。まだ明確な答えが出たわけではないが、何となく気持ちやモヤモヤの整理がついてきた気がする。
そしてそのモヤモヤを完全に晴らす為にも、やらなきゃいけない事があると思った。
葛葉とも、きちんと話さなければならない。
話して確認しなければいけない事がある。
確認しなきゃ前に進めない。
ホームルームが終わり、部活に行く者や、帰る者。それぞれが動き始める。
葛葉は朔には目もくれずに教室から出て行こうとする。それを朔が呼び止めた。
「なぁ。ちょっと、いい?話したい事があるんだけど。」
「・・・・・。」
苦い顔を浮かべる葛葉だったが、朔の真剣な表情を見て了承した。
二人は人目につかない場所へ。昼休み、平川に教えてもらった場所に移動した。そのまま二人で帰る事も考えたが、下校路は誰かしら生徒が歩いている。聞かれたら困る話なだけに、人目につかない場所に来てもらった。
踊り場に着いて早々、葛葉の方から朔に質問を投げ掛ける。
「
「その前に、お前に訊いておかなきゃいけない事がある。」
「?」
改まって向けられる真剣な表情に、葛葉は少し眉根を寄せる。葛葉が聞く姿勢を持ってくれている事を確認し、朔は続けた。
「何で俺を助けてくれんの?」
その問い掛けに、葛葉は眉をピクリと動かす。だが表情は変えずに目を瞑って小さくため息を漏らした。
「この間の件か?言っただろ。妖狐と隠神は相容れない関係。応戦したらお前を助ける事になってた、それだけだ。」
「それだけじゃない。師走って奴らに絡まれた時もそうだっただろ。」
葛葉は自分が咄嗟に『逃げろ。』と言った事を思い出す。その指摘に一瞬バツが悪そうな顔を浮かべるも、すぐに言い返した。
「あの時は、あいつらは俺の客だと思っただけ。お前は従者じゃねぇ。部外者だからな。」
「じゃあこの間は?お前がいじめられてる奴、助けてんの見た。あいつのテスト燃やしたのってお前だろ?」
畳み掛けるように浴びせられる台詞に、葛葉はとうとう苛立ちを露わにした。
「お前、何が言いてーんだよ。」
「お前は…葛葉は、人間と争うつもりなんてないんじゃないの?」
「!」
「いや、俺みたいな一般人だけじゃない。本当は、神の従者達とも。」
朔の言葉に葛葉は眉をひそめる。一瞬苦い顔を浮かべた葛葉だったが、すぐにいつもどおりの表情へと戻した。
「…何言ってんだよ。闘わなきゃ封印解除出来ねーだろうが。」
「じゃあなんで稲荷神社で如月さんを攻撃しなかったんだよ。」
「・・・・・。」
如月は幻術攻撃を受けたものの、翌日には足は綺麗に元通り。その指摘には口を噤んでしまう葛葉。そして朔は追い込むように言葉を繰り出す。
「あの時はまだ妖力もあった。けど幻術だけに留めた。それって…。」
「俺の得意な術が幻術っつーだけだ。くだらねぇ。話はそれだけか?付き合ってらんねぇな。」
「あ、ちょ…!」
そうして葛葉はフイッと顔を背け、朔に背を向けて階段を降りて行った。
はっきりとした答えは得られなかった。だが、否定もされなかった。
それが答え。
朔の中で確信めいたものが浮かんでいた。
◇◇◇◇◇
朔は鞄を取りに教室へと戻る。クラスメイト達は部活に行ったり帰ったりで誰もいないと思われた教室、そんな閑散とした中に一人だけ居残っている者がいた。
「あれ、佐藤?どうしたの?誰か待ってんの?」
佐藤はソワソワした様子で教室の入口あたりを見ていた。その為、戻って来た朔とバッチリ目が合ったのだ。佐藤は割と顔も広く、友達も少なくない。誰かを待っているのだろうと思った。
だが朔の質問に対して佐藤は言葉を淀ませる。
「あ、いや…須煌を…。」
「俺?」
何か用があるのだろうか。朔には要件が思い当たらない為、きょとんとしてしまう。朔が目を瞬かせていると、佐藤は朔から視線を外したり、チラリと見やったり。少し言いづらそうにしながらも、おずおずと言った。
「…その、大丈夫?」
「? 何が??」
「須煌、葛葉にパシリにされたりとか、してない?」
「・・・・は?」
「イジメられたりとか。」
「いや、それは全然。大丈夫。…なんで?」
唖然とする朔は話の意図が読めずに尋ねた。佐藤はなおも言いづらそうにしながらも、視線はしっかりと朔へ向ける。
「葛葉、急に雰囲気変わったじゃん。なんか派手になったっていうか。」
「!」
そうか、佐藤の中の葛葉という人物像は地味な眼鏡キャラなのだ。それが突如眼鏡を外してイケメンの、しかもチャラそうな系統になったとなれば、その認識になっても仕方ないだろう。
しかも転入生の朔によく絡んでいた。傍から見れば朔がイジメられている、パシリにされていると思われるのも当然だ。
朔は何と説明しようか悩んだ末、濁し濁しに答える。
「あー…いや。なんか元々はあんな感じ?だったらしいよ。」
「逆高校デビュー!?」
もう二年だけど…。そう心の中でツッコんでしまう。
そんな朔の心のツッコミをよそに、佐藤は一人唸り始める。
「なるほどな、中学の時ヤンチャしてて、その悪事を隠す為にあんな地味な装いしてたって事か。それがバレて開き直った的な?」
顎に手をあて、真剣に納得しながら頷く佐藤を見て、朔は思わず吹き出した。
「・・・・プッ。あっはははは。」
「ちょ、何がおかしいんだよ。」
大笑いする朔を前に、佐藤は頬を赤らめる。自分が笑われていると感じたらしい。こっちは真剣なのに、そう言わんばかりの佐藤を見て、朔は涙目を擦りながら謝った。
「いや、ごめ、ごめんごめん。なんか…ツボった。」
中らずと雖も遠からず、といった佐藤の見解。初めて葛葉に出逢った時は確かに荒くれ者の印象で間違いない。だがそれを“中学の時のヤンチャ”の一言で片付けられた事に
なおも大笑いする朔を見て、佐藤はフッと笑みを零した。
「お前、そんな風に笑うんだな。」
「え?」
「お前が爆笑してるところとか初めて見たし。」
どこか安心したような顔を浮かべる佐藤。佐藤の朔に対する印象は、転入当初は とっつきにくいイメージ。まぁそれは朔自身も自覚がある。自己紹介は散々だった。それ以後も取り立てて目立った印象はなく、近寄りがたい印象の朔だったが、目の前で明るく笑う朔を見て印象がガラリと変わったのだ。
佐藤が言わんとしている言葉の意味が分かるだけに、朔は眉根を寄せながらも照れた表情を浮かべる。
「俺だって爆笑ぐらいするよ。…機会があれば。」
「なんだそれ。」
“機会があれば”という語尾に、今度は佐藤がツボったらしい。佐藤はケラケラと笑う。そしてその笑うのを止めて朔へと向き直った。
「なぁ、今度遊びにでも行かない?」
「うん。あ、葛葉も誘ってみる?」
「えっ!」
あからさまな引きつり笑いを浮かべる佐藤。佐藤は朔に対しては良い印象に変わったが、葛葉はヤンチャなイメージしかない。故の引きつり笑いは分かるが、その反応が素直すぎて朔は再びツボにハマりそうになる。笑いたい気持ちを抑えながら葛葉をフォローした。
「大丈夫。あいつ、良い奴だよ。」
「まぁ…須煌がそう言うなら。」
朔の中に浮かんだ想いがあった。
“この生活を壊したくない。”
◇◇◇◇◇
今日は約束の日だが、師走達と待ち合わせしているわけではない。どうするのだろうか。
恐らくこの間みたく待ち伏せされているのだろう。そう思いながら校門を出る。
すると、門を出てすぐのところに師走と水無は待ち構えていた。
「須煌朔。答えは出たか?」
「…っ。」
予想はしていたが、実際待ち伏せされていたと思うと嫌な気持ちになる。
人目を避ける為、三人は場所を変えて近くの公園へと移動した。
公園に着くや否や、師走は先程の質問を繰り返す。朔が押し黙っていると、痺れを切らしたように水無が腕組みしながら朔を睨んだ。
「さっさと答えなさいよ。一週間もあげたんだから。」
「俺は…お前達には協力出来ない。」
「! …ほう。」
以前交渉に来た時と同じ。ピリピリとした空気が流れる。だが朔はそのプレッシャーには負けずに啖呵を切った。
「俺の事、気に掛けてくれて護ってくれてる如月さんを裏切る事なんて出来ない。それに…。」
やっぱり葛葉が悪い奴だとは思えない。
そう告げようとする。
だが師走はそれを許そうとはせず、朔の言葉を遮るように割って入った。
「理由なんてどうだって良い。敵対すると言うなら、邪魔な芽は今ここで摘むだけだ。」
そう言って師走は護符を構える。すかさず朔も、双葉に貰った護符を取り出した。
「!…なるほど。如月の護符か。」
今日はこの間とは違う。
双葉にもらった護符がある。とは言え、朔はド素人。後手に回れば分が悪かろう。先手必勝。師走が動き出すよりも先に護符を掲げた。
「『水矢』…!」
双葉に教わったとおり、水の矢が師走達へと向かうイメージを抱きながら祝詞を唱える。
だが、以前見たような水は出てこない。
護符は反応しなかった。
「…えっ・・・・?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます