第二十六伝 『花束の相手』

松山は花屋から少し歩いたところにある公園へと入って行った。そして公園の入口付近のところで立ち止まる。


朔は松山が足を止めた事を見て、慌てて入口付近の繁みに身を隠す。

松山は花壇の傍でしゃがみ込み、購入した花束を置く。そしてそっと両手を合わせた。

朔はその様子を覗き込もうとした時、植木に手が触れてガサガサと音を立ててしまう。音を聞いた松山はビクリとして朔の方を振り返った。



「須…煌君。」



松山は驚きの表情で目を丸くしている。朔がいるとは思っていなかったようだ。朔はバツが悪そうに繁みから出て、頭を搔きながら松山の傍へと歩み寄った。



「あー…、ごめん。たまたま、花買ってる松山見掛けて。声掛けようと思ったんだけど…。」



女子にプレゼントするのではと思い、覗き見ようとしていた、等とは言えず、適当な言葉で誤魔化す。しかも女子へのプレゼントそれが本当だったならまだしも、明らかにそうではない。事故現場によくある光景。決して明るい話でない事が分かった。

申し訳なさそうに頬を掻いて視線を逸らす朔。松山は朔に悪意がなかったと見て、フッと微笑を零した。



「…恥ずかしいところ、見られちゃったな。」

「何も恥ずかしい事なんて…。」



むしろ誇るべき行ないなのではないだろうか。いつ、誰のものか知らないが、弔う気持ち、祈る気持ちを持つ心。清らかなその心を恥じる必要等何にもない。


とは言え、松山が少し恥ずかしがる気持ちも分からなくはない。思春期特有の心情とでも言うのだろうか。

真面目すぎたり、素晴らしいと称賛される行ないは、優等生ぶっていると思われる事もしばしば。朔がそれをからかうような性格だと思っているわけではないが、あまり他人には見られたくない行動だったと言えるかもしれない。


朔がフォローを入れるよりも先に、松山は花へと目を向けながら話し始めた。



「ここなんだ。前話した、事故にあった場所。」

「え?」



松山の背中にある大きな縫い傷。その傷について話してくれた時、幼い頃に事故にあったと言っていた。あの時松山は、大切な人を護る事が出来たと言っていたが、もしやその場しのぎの嘘だったのではという懸念が過る。

…いや、あの時の松山に噓偽りはなさそうだった。となると、他に亡くなった人がいたという事だろうか。


朔は言葉を詰まらせてしまう。だが松山は・・・・



「あの時の自分の勇姿を称えに。たまに来るんだ。」

「いや、誇りに思いすぎだろ。」



少し照れくさそうにしながらも、満面の笑顔を朔へと向ける松山。自分宛の花束?どれだけ自分大好きなんだ。オレの周りはナルシストな奴ばっかりか。心の中でツッコんでしまう。

朔が何ともいえない苦笑いを浮かべていると、松山はクスリと笑って首を横に振った。



「と、まぁそれは冗談で。あの時の気持ちを忘れないようにする為に。気が向いた時、ここに来てるんだ。」

「!」

「そういう気持ちって、時が経つにつれて薄れがちだから。」



誰かを助けたいと思う気持ち、誰かの為に動く行動力、という事だろうか。それとも、事故に対する注意喚起か。

いや、そのどちらもなのかもしれない。


“初心忘れるべからず”


幼き頃に抱いた夢や希望、キラキラとした曇りなき瞳に宿った熱い想いというものは、大人になるにつれて薄れゆく。

いつまでも少年のままではいられない。大人になる事も大切な事ではあるが、忘れてはならない想いがある事も確かだ。


ここにきてまた、松山が他の生徒達から絶大な支持を受けている理由が分かった気がする。



「松山、立派だな。」

「・・・・そんな事ないよ。」



松山が生徒会に入っている理由も、根源はそれなのかもしれない。

人の役に立ちたい。困っている人達を助けたい。その想いから始まった事なのかもしれないと思った。


それと同時に朔は自分の事を恥ずかしく思った。自分の事で精一杯。誰かの為に、なんて考えた事はほとんどない。

同い年なのに、これ程までに差があるものなのかと思った。


そして松山はゆっくりと立ち上がって朔へと向き直る。そして少し言いづらそうに眉尻を下げた。



「この事、双葉には話さないでね。」

「え?」

「多分、気にしちゃうと思うから。」

「!」


(もしかして、松山が庇った相手って…。)



二人は幼馴染だと聞いた。一つの可能性が浮上する。だがあまりに踏み込むのも無粋な行為だと思い、それ以上訊く事は出来なかった。



◇◇◇◇◇



ただただ無常に時間だけが過ぎてゆく。

週末は数時間程度バイトに行っただけで、他には特に何もせずに終わってしまった。


朔は陰鬱な気持ちを抱えて寮の門戸を出る。



(月曜か~…気が重いな・・・・。)



サ●エさん症候群というわけではない。学校自体が嫌なわけではない。

師走が言っていた期日が明日に迫っているからだ。あと一日しかないにも関わらず、まだ答えは出ていない。特に何か思惑があったわけではないが、朔はいつもより早く起きて学校へと向かった。


早く登校したところで、特に何もする事は無い。とりあえず教室に鞄を置いて校内に散歩に出掛けてみようと考える。


校舎に入り、教室へと向かおうとした廊下で双葉に声を掛けられた。



「ちょっと、いい?」

「!」



思わずビクリとなってしまう。正直、今は関わりたくない。

関わってしまえば、ますます師走への答えが出せなくなってしまいそうだった。

だが部活をしているわけでもない朔には断る理由が見付からない。断るのも不自然だ。朔はひとまず要件を尋ねてみる。



「なっ、なに?」

「・・・・ここではちょっと。」



早い時間帯なだけに今は生徒も少ないが、じきに増えてくる。人目につく場所で妖かし関連の話をするのはマズイ。その事情も知っている為、朔は渋々双葉について行った。


人気のない校舎裏。美人の同級生から校舎裏に呼び出される等、傍から見れば夢のシチュエーションではあるが、絶対に違うと言えるので朔は別の意味でソワソワだ。

落ち着かない気持ちで双葉からの要件を待っていると、双葉は心配そうな顔を浮かべて朔の顔を覗き込んだ。



「何かあった?」

「えっ!?」



思わず声が上ずってしまう。質問内容からして師走達との事を知られているわけではなさそうだが、思わず朔の心臓は大きく脈打った。

朔が言葉を詰まらせていると、双葉が自らの目の下あたりを指差しながら言う。



「クマ、凄いから。」

「っ。」



ここ数日、あまりよく眠れていない。それが顔に出ていたらしい。

かと言って師走との事を話せるはずもない。考えた末、出て来た答えは先日の化け狸との遭遇の件だった。



「あ、あ~いや。この間ちょっと。妖かしに遭遇しちゃって。」

「!」



嘘は吐いていない。化け狸に遭遇したのは事実。この件なら話しても問題ないと思った。

だが朔の考えとは裏腹に、双葉はそれを聞いて更に心配そうな顔を浮かべる。朔は慌てて両手を振った。



「あ、だ、大丈夫!大丈夫だから!如月さんにもらったこのお守りに護ってもらったし!」

「!」



朔の鞄へと目を向ける双葉。先日双葉が熊那神社で朔に渡したお守り。それは今も朔の鞄に付けられている。双葉は少しの間、お守りをじっと見据えた後、再び朔へと視線を戻した。



「・・・・私に何か出来る事はない?」

「え?」

「言ったでしょ。責任、取るって。」

「!」



その発言を聞いて思い出す。熊那神社での会話を。

そして改めて気付かされる。双葉は朔を巻き込んでしまった事を本当に申し訳ないと思っており、朔の事を気に掛けてくれているのだと。

それ故、朔がクマを作っている事にも気付いてくれたのだろう。双葉の気遣いが素直に嬉しい。


それを知ると尚更、本当の事は話せない。だが何でもないと突っぱねるのも、また逆に気を遣わせてしまいそうだ。


悩んだ末、朔から出て来た要望はこれだった。



「あの、もし良かったら、なんだけど…。如月さんが持ってるような護符?ってもらう事 出来る?」

「護符を?」

「護身用、っていうの?もし俺にも扱えるなら、なんだけど。稲荷神社では光が出たし、素人でも使えるのかなーって。」



これなら双葉に迷惑を掛ける事もなく、己の身を護る事にも繋がる。最適な案だと思った。だが朔の考えとは裏腹に、双葉は考え込むように顎に手を当てて唸る。その様子を見た朔は慌てて取り繕った。



「無理なら良いよ!門外不出?みたいなところ、あるだろうし!」



お守りを貰った感覚で提案してみたのだが、護符はおいそれとは渡せない代物なのかもしれない。それか、高価な物なのかも。色々な可能性が頭を巡り、先程の発言を撤回したくなった。


だが双葉は朔の取り繕いはサラリと流し、少し考えた末にゴソゴソと自らの懐を探った。

そして数枚の護符を朔へと差し出す。



「はい。」

「…いいの?」



悩ませてまで欲しい物じゃない。護符を貰う事が逆に双葉に無理をさせる事に繋がるのなら、受け取れないと思った。

双葉は朔の返しを聞くと、護符を一度手前に引き戻し、顔の高さに掲げて朔に真剣な眼差しを向けた。



「ただし、条件があるわ。」

「条件?」

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