第六伝 『解放の条件』

如月は境内入口で足を止める。相手の出方が分からない故だ。

朔が人質となっている為、無暗矢鱈に突っ込めない。朔を傷付けさせるわけにはいかない。


そうして如月が様子を窺っている事に、朔を押さえ付ける男子も気付いていた。

男子はニヤリと笑って言葉を返す。



「それはお前が俺の条件を飲むかどうかによる。」

「…条件って?」

「分かってんだろ?ここの封印を解け。」

「!」

「五大妖怪の封印が弱まってきてる今が好機だろ。」



ピクリと眉を動かす如月。その反応を見て、男子は勝ち誇ったような顔を浮かべた。

朔を見殺しには出来ないだろう。この状況では封印を解かざるをえまい。

そう考えたのだ。


如月の様子を注意深く見ていたのは男子だけではない。朔もそうだ。

朔は男子と如月とを見比べ、『マズイ!』そう思った。そして如月に向かって叫ぶ。



「ダメだ、如月さん!!」

「!」



如月と男子との睨み合い。緊迫した空気が流れている。

まさかそんな空気の中、朔が割って入って来るとは思っていなかった。

如月は少し驚いた表情を浮かべて朔の方へと目を向ける。朔は男子に押さえ付けられながらも続けて叫んだ。



「ここって何かスゲー場所なんだよな!?」


(こいつ…!)



自分の命より封印を優先しろとでも言うつもりか。

そんな事は言わせまいと、男子の力は更に強くなる。

だがそれでも朔は叫び続けた。



「どんだけ重要な場所か知らないけど!封印解きたくない気持ちは分かるけど!人一人の命掛かってるんで!何とか助けて下さいお願いします!!」



ずるっ。


なんか思ってたのと違う言葉が飛び交った。

如月と男子は共にあっけに取られる。


だが少しの間を置いて先に男子が我に返り、自らの下に敷き込んでいる朔に向かって盛大にツッコんだ。



「ここでその発言!?おかしいだろ!!俺が言うのもなんだけど!!ここはフツー『俺なんかより封印を優先してくれ~!』だろうが!」



そのツッコミを受けて、朔は先程までは如月に向けていた視線を男子へと移した。



「何処の世界の普通!?俺にとっちゃこっちのが普通だよ!」

「はぁ!?」

「だって俺、彼女にとって通行人Aのレベルだからな!?なんか凄そうな封印とモブAだったら絶対封印取るだろ!」

「言われてみりゃそうだな…。って、だったらお前人質に取った意味なくね!?」

「だから言ったんだよ!!」


「・・・・・。」



目の前でギャーギャーと騒ぎ立てる二人。何故か如月がアウェーに。

如月は白けた目つきで二人を見守っている。


と、ここで再び朔が如月へと目を向けた。



「如月さん!すんません!封印って言うからには解いたらまた施せばいいんだろ!?それ手伝うんで何とか!!」

「!」



朔の言葉に何やら反応する如月。

だが如月が言葉を返す前に再び男子が朔へと怒号を浴びせた。



「お前情けなさ過ぎだろ!男として恥ずかしいと思わねーのか!!」

「恥ずかしく思う心も命あってこそのもんだろ!死んじまったら元も子もねーんだよ!!つーかお前どーしたいんだよ!むしろお前の味方になってる俺の味方しろよ!」



と、そこまで発言したところで、ふと朔は何かに気付いたように表情を変える。

そして男子に真面目な顔を向けて一つの提案をしてみた。



「…あれ?だったらお前が俺を離してくれたら丸く収まるんじゃね?」

「あ、そうだな。…って離すかァ!!」



やっぱり駄目か。

軽く「チッ」と舌打ちをする。

そしてここで、一人取り残されていた如月が眉根を寄せながら口を開いた。



「ちょっと。」



ハッとなる男二人。

メインゲストそっちのけで何やってんだ。

男子は如月へと目を向けて言葉を返した。



「あ、悪ィ悪ィ。で?どうする?ここの封印解かなきゃこいつは解放しねぇ。」

「・・・・答えは、ノーよ。」

「!!」



ピシャーン!!


雷に打たれたような衝撃でショックを受ける二人。(特に朔)

朔は涙目で男子に訴えた。



「ほら!だから言っただろ!!」

「半分はお前のせいだよ!」

「なんでだよ!」

「あんな情けねー懇願されたら助ける気も失せるわ!」

「はァ!?」

「今から宿題しようとしてる子どもにお母さんが『早く宿題しなさい!』って言って、やる気失せさせるアレと一緒だよ!」

「なんつー例えだよ!でも分かりやすいな!!…えっ!?マジで!?それで!!??」



まさかの自分のせい!?

朔は慌てて如月へと目を向ける。


視界に入れた如月は、護符を構えて何かを念じていた。



水矢スイシ



そして次の瞬間、昨夜のように護符から水が発生し、一直線に男子へと襲い掛かる。



「ぐっ!」

「やった!解けた!」



男二人で言い争っていた事で、男子に隙が生じていた。その隙を狙って攻撃を仕掛けたのだ。如月の攻撃は見事、男子だけを襲って朔から引き剥がす事に成功。男子は水圧で社の柱へと打ち付けられる。

一方朔は、男子の拘束から放たれた事で立ち上がり、如月の傍へと駆け寄った。


柱に激突した男子は、そのままズルリと地に腰を付ける。

その様子を見た如月は男子へと言葉を投げた。



「形勢逆転ね。大人しく裏の世界に帰るならこれ以上は何もしないわ。」



どう見ても如月が優勢。

だが男子は「へっ。」と笑みを漏らした。



「“これ以上何も出来ない”の間違いだろ?ここが何処か…知らないわけじゃねーよな…?」

「!!」



男子は座った姿勢のまま右手を伸ばした。次の瞬間、朔と如月の周りに、いくつもの青白い炎が浮かび上がり、二人は囲まれる。



「いくらお前の方が優勢でも、ここは俺に加護のある領域だ。」


(これ冗談抜きでヤバイやつだろ…!!)



その火力は昨晩の比ではない。大きく燃え上がってゆく炎に、朔は冷や汗を垂らした。



「くらえ!!」



そして男子は伸ばした右掌をぐっと握る。次の瞬間、炎は二人目掛けて襲い掛かった。


もう駄目だ、終わった。

朔がそう思ったのとほぼ同時に、如月は朔を押しのける。

朔は囲まれた炎のサークルから突き出され、如月だけが炎の攻撃を一身に受けた。



「!?」

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