第四伝 『地味なクラスメイト』

午後の授業を終え、帰り支度を整える朔。

鞄へと教科書を詰め込みながら、大きなため息を吐く。



(今日も何とか一日が終わった…。)



二日目も安定のぼっち。やはり自己紹介がいけなかったのだろうか。とっつきにくい雰囲気満載の発言だった。自分でも分かる。もし仮に自分がその他大勢の生徒側だったとしたら、話し掛けたくないと思ったに違いない。最初は肝心だ。


そしてチラリと霧島の席へと目を向ける。

彼はホームルーム終了と同時に部活に行ってしまった。



(結局、霧島君に話し掛けるチャンスなかったな。)



一応、今日一日様子は伺っていた。折角昨日アドレス交換を申し出てくれたのだ。無下に断ってしまった事を申し訳なく思っていた為、機会があれば声を掛けようと思っていた。

だが人気者の霧島は常に誰かと一緒にいて、とてもじゃないが話し掛けれる雰囲気ではなかった。

どうして昨日スマホを忘れてしまったんだろう。後悔しかない。


まぁ言っていても仕方がない。霧島に話し掛けるチャンスはいずれ何処かで訪れるだろう。

今日はバイトのシフトは入れていないが、学校に残っていても仕方がない。さっさと帰ろうと思ったその時、背後から声を掛けられる。



「あの。」

「ん?」



振り返ると、眼鏡を掛けた地味な男子が立っていた。



「須煌君、良かったら一緒に帰らない?」


(…スゲー地味なタイプキター…!!)



身長は朔より高く、少し見上げる。友達のいなさそうな根暗っぽいタイプ。そんなオーラが出ている。髪の色は少し明るめなところを見ると、高校デビューに失敗したクチだろうか。

ちなみに天照高校の校則は厳しくはなく、染髪可。ただし、奇抜過ぎると注意されるらしい。朔は目立ちたくないタイプの為、髪を染めるつもりはないが。



(こいつ友達いねーのかな。友達いないから俺に話し掛けた、的な?どうする?これ、どっちが正解だ?)



ここは慎重に返答しなければならない。

確かに、昨日・今日とぼっち生活を送っている自分としては、誰か話し相手が出来る方が嬉しい。だが、その相手にこの男子を選んで良いものだろうか。


これまでこの男子がどういう生活を送って来たのか知らない。イジメられっ子の場合、自分まで飛び火してしまう可能性がある。まぁ二日間だけではあるが天照高校に通って、見ている限りイジメそういった事象は見受けられないが。

だがこの男子は何処かのグループに所属して友達がいる雰囲気は一切ない。

ここで自分がこの男子とつるんでしまうと、彼と仲の良いヤツというレッテルを張られ、この先他の友人を作る事は困難になってしまうのではないだろうか。


そんな打算的な考えが頭の中を駆け巡る。

その考えはいけない事だと分かっていながらも、やはり考えてしまう。


人間は弱い。


朔が暫くの間、無言で試案していると、男子が不安そうな顔を浮かべておずおずと言葉を押し出した。



「あの…ダメ、かな?」

「え!?あっ、いや、いいよ!大丈夫!」



申し訳なさから、つい勢いで頷いてしまった。

朔の返答を聞いた男子は安心したように嬉しそうな笑顔を浮かべる。



「良かった、ありがとう。」



こうなってしまったものは仕方がない。朔は愛想笑いを浮かべながら再び考える。



(まぁとりあえず、今日は様子見でいっか。嫌なら明日以降断りゃ良い話だし。)



そして朔はいつでも断れるようにと伏線を貼るような発言をする。



「つっても俺、寮だからバスで二駅?二停留所?ほどだけど。」

「そうなの?嬉しい、僕も寮なんだ。」


(一緒なのか…。)



しくった。言わない方が良かった。寮内でもまとわりつかれたら最悪だ。だが男子の顔を見てふと考える。



(けど、こんなヤツいたっけ?)



とは言え、昨日は学校帰りに直接バイトに行ったし、帰ってすぐ部屋に入って寝た。寮に入った時は引っ越し作業で、それどころではなかった。

しかも相手は地味で目立たないタイプ。ただ単に気付かなかっただけなのだろう。


二人は一緒に教室を出た。

帰り道、朔から話を振るつもりはなかった。相手の出方を見たかった。仮に沈黙が降りたとしても、心地良い沈黙なのか、気まずいのかを図る事が出来る。相手がその気まずさから明日以降倦厭してくれても構わないとさえ思った。


だがその心配は一切無用だった。男子は朔に質問を浴びせ倒してくる。



「須煌君はどうしてこの学校に転校してきたの?」

「まー一身上の都合ってやつ。」

「寮に入ってるのは?どうして?」

「それも一身上の都合。」

「あ、寮があるからこの学校を選んだの?バイトしてるんだっけ?それも?」

「…まぁ、そんなところ。」


(見かけによらずグイグイ来るな…。)



あまりの質問ラッシュに段々と嫌気が刺してくる。しかも初対面であるにも関わらず、パーソナルスペースぶち抜いた質問である。

今まで友達がいなくて距離感が分からないタイプだろうか。初めてまともに話してくれそうな人間を見付け、朔を離すまいとしているのかもしれない。


このまま色々訊かれるのは勘弁だと思った朔は、話題を切り替える。



「それよりさ、ここらへんに神社ってある?」

「神社?…何神社?」

「別にこだわりはねーんだけど。地主さん?っつーのかな。まぁ挨拶しときたいっつーか。」



実は神社参りが日課の朔。前に住んでいた場所でも近くの神社によく参拝に行っていた。引っ越した先でもそれは続けたいと思っていたのだ。

朔の意外な一面。それを垣間見た男子は目を丸くする。



「・・・・・。」

「?」



先程までのマシンガントークをピタリと止めて黙り込む男子に、朔は目を瞬かせた。朔の怪訝な顔つきに気付いたのか、男子は再び笑顔を浮かべて朔の質問に答えた。



「それなら、バス停から少し歩いたところに稲荷神社があるよ。案内してあげる。」

「サンキュー。」



◇◇◇◇◇



二人は最寄りの停留所で下車し、男子の案内の元、南の方角へと歩き進む。

道中、男子は先程のマシンガントークとは打って変わって、ほとんど喋らなかった。その豹変具合が気になりつつも、朔も特に追及はせず彼に並んで歩く。


そうして行きついた先には小さな山があった。ものの十分~十五分程度で登れる小さな山。朔にとっては少し想定外のスポットではあったが、折角案内してもらったのだ。文句は言えない。

そして二人は山を登り、山頂に差し掛かると同時に大きな鳥居を目にした。



「へぇ。結構立派な神社だな。」



朔は鳥居の前で一礼。そして参道は真ん中は通らずに端を歩く。手水舎で手水の儀ちょうずのぎを行ない、再び参道に戻る。

律儀な朔の行動を男子はじっと見つめる。まるで何かを見定めるかのように。

だがここで隣を歩いていた男子は足を止め、社を見据えながら静かに口を開いた。



「ここは昔、お狐様が封じられた神社なんだ。」

「封じられた?祀られた、じゃなくて?」

「!」



男子が足を止めた事で、朔もつられて立ち止まる。返した朔の言葉に男子は大きく目を見開き、社を見据えていた視線を朔へと移した。二人はバチリと目が合う。そして朔は当然の如くといった返しをした。



「そもそも稲荷神社って狐祀る神社なんじゃないの?…あ、違うか。狐はお稲荷さんの使いなんだっけ?そのへん俺詳しく知らないんだけど。」

「・・・・・。」

「?」



その発言に男子は考え込むように眉根を寄せる。不思議な反応に朔は小首を傾げた。

少しだけ沈黙が降りるが、やがて男子が再び社を見据えながら言葉を紡ぐ。



「まぁ悪さもしてたらしいからね。と言ってもそれは人間目線。狐側から言わせれば、それはほんのイタズラ程度で普通に生活してただけ。人間にとって邪魔な存在だったから、ここに封じたんだよ。」


(なんだ、こいつ。狂信的な稲荷信仰とかか?)



普通は人間目線で考えるものではないのだろうか。それを狐目線で話す男子に少し寒気がした。

朔が言葉を失っていると、男子が続ける。



「ここには今も偉大なお狐様がいる。偉大な存在を、こんなちっぽけな神社に封じたままなんて…おかしいと思わない?」



急に話を振られて朔はビクリとする。狂信的に語る男子を少し怖いと思ってしまったが、再び目を合わせれば、そこにいたのは気弱そうな先程までの男子だった。

朔は社へと視線を向けて男子の質問に答える。



「でも、人間にとっては悪さするやつだったんだろ?じゃあ封じた方が良いんじゃねーの。」

「やっぱり君は…そっち側の人間、か。」

「え?」



男子の発言を聞き取れなかった。朔は男子へと目を向けようとするも、次の瞬間、それよりも先に男子が朔を地に倒して抑え込んだ。



「ちょ!何す…!」

「お前は封印を強固なものにする為に動いてんだな?」

「は!?何の話だよ!離せ…!」



男子の声色は低く変貌する。拘束から逃れようとするも、その力は強く、振りほどく事は出来なかった。

朔はうつ伏せに押さえつけられながらも視線だけを男子へと向けて睨み付ける。そこにあったのは先程までの大人しい男子の表情ではない。冷たく見下ろすその顔は、到底人間のものとは思えない程、冷徹なものだった。

背中をゾクリとさせる朔に対し、男子は眼鏡を外しながらニヤリと黒い笑みを浮かべる。



「なんだ、まだ気付かねぇのか?昨晩はどーも。」

「!!」



その発言でハッとなる。



(こいつ…昨日の…!?)



目を見開く朔に対し、男子は更に力を入れて押さえつけた。



「お前にはここの封印、解いてもらうぜ。」

「っ!!」

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