二七.ゲート

 なんだか眩しい。目を開けるとちょうど顔に日光が当たっていた。どうやら昨日の戦いで天井に穴が開いていたようだ。そこから朝の陽ざしが差し込んできている。不可抗力だったとはいえ、ナイトレインにはさすがに申し訳なく感じてしまう。そんなことを考えていたら、また気配もなくナイトレインが現れた。


「朝食を済ませたら地下の冷暗所に来い。と言ってもお嬢さん方はもう少し時間がかかるだろうが」


「なら墓地の掃除でもしておきますよ」


「気を遣わんでもいい。それより今日中にはここを発つことになるだろう。ちゃんと準備をしておけ」


 ナイトレインは考えがあると言っていたが、何か離れた場所に移動できる手段でもあるんだろうか。空を飛べる乗り物はこの世界には無さそうだし、それ以外となるとあまり想像ができない。とりあえずは言われた通りいつでも出発できるように準備しておくしかないか。




「おはよう、クロ。……おや、フェルはいないのかい?」


「それが朝から姿が見当たらないんだ」


 広間にはフェルを除く三人がすでに集まっている。墓地にもいなかったしどうやらフェルはどこかに出かけているらしい。探しに行こうにもこの村のことを知らない俺たちではどこを探したらいいかもわからない。ナイトレインに相談しに行こうかと思った時、ようやくフェルは戻ってきた。


「悪い、ちょっと遅くなった」


「どこ行ってたんだ?」


「壊されたあたしの家の跡地に行ってきた。と言ってもほとんど何も残ってなかったけどね。そしたら村でロッドに捕まっちゃってさ。まあ、あいつなりに色々心配してたらしい」


「ちゃんとお別れは言えたかい?」


「……ああ。まあ生きてさえいればまた会うこともあるだろ。そう悲観することでもないさ」


「ならナイトレインのところに行こう」


「ああ」


 地下の冷暗所は詳しい仕組みはわからないがどうやら魔法で低温が保たれているらしい。本来は遺体を安置するための場所なんだろうが、今は冷蔵庫代わりにされているようだ。その薄暗く冷たい部屋の一番奥にナイトレインはいた。


「で、こんなとこで何する気だよ」


「……少し離れていろ」


 そう言ってナイトレインは壁の一部を指先で静かになぞる。まるで何かの模様を描いているようだ。するとしばらくして急に壁が震えだす。何事かと全員が見守る中、徐々に壁は二つに割れ、そこには細い通路が現れた。これはいわゆる隠し通路というやつで間違いないだろう。


「ついてこい」


 ナイトレインに続いてその細い通路へと足を踏み入れる。大人一人ギリギリ通れるくらいの狭さだ。しばらくその通路を進んでいくと開けた空間に出た。


「火種よ、明かりを灯せ」


 ナイトレインが唱えると壁の蝋燭にいっせいに火が付き部屋の全貌が露わになる。その小部屋には特に家具らしいものは何も置かれていない。だが殺風景というわけではなかった。部屋の床には赤い染料で何やら幾何学模様が描かれている。


「これは……魔法陣か?」


「とても高度な術式が組まれている。明らかに一般人にできることじゃない」


「お嬢さんの言う通り、これは田舎の葬儀屋が使うようなものではない。転移魔法陣、通称『ゲート』と呼ばれるものだ」


「ゲート!? まさか、そんな……!」


 転移魔法陣、というくらいだから人や物を瞬間移動させるためのものなのだろうか。異世界から召喚されてきた身としてはそうすごいものとも思えないが、皆の反応を見る限りこれは驚くべきことらしい。


「これを使えば離れた場所にも移動できるってことか?」


「そうはいかない。ゲートは軍事技術の一つ、数百人規模での運用を想定して設計されている。空間そのものを入れ替える非常に高度な錬金術で、使用するには膨大な魔力と卓越した技術が必要。現状で使用するのは難しい」


「それは問題ない。使えもしないものを作るほど私も暇ではないのでな。今回は一方通行になるが、お前さんたちを目的地の近くまで送り届けることはできる」


「ちょ、ちょっと待てよ! そもそもなんでこんなものがあるんだよ? さすがに説明もなしに、はいそうですかってわけにはいかないぞ!」


「……昔、軍が使っていたものを個人的に借用しただけだ。どうやらこの村には人狼が紛れ込んでいたようなのでな。いざという時のための保険だ」


「保険って……まさか、あたしたちの正体がばれた時に、これを使って逃がすつもりだったってことか? じゃあやっぱり最初からあたしたち親子の正体に気づいてたのかよ?」


「今となってはどうでもよいことだ。お前の母は死に、お前は再びここに戻ってきた。これも運命というやつかもしれん。使いたいのなら使わせてやる」


 俺たちは顔を見合わせる。鉄道を使うために王都に戻るのは危険だ。そうであれば取るべき選択は一つしかない。


「……ナイトレイン。ここに来てからはあなたに助けられてばかりだ。あらためて例を言わせてほしい。……本当にありがとう」


 そう言って頭を下げるリタに続き、俺とラヴも頭を下げる。……フェルはなんとも居心地の悪そうな顔をしているが、きっと気持ちは同じだろう。


「私はただ過去の清算をしているにすぎん。それも結局は自己満足でしかないのだろうが。……さあ、準備ができ次第、ゲートを起動するぞ」


 ナイトレインの顔にはわずかに悲しみが浮かんでいるようにも見えた。




「よし。……準備完了だ」


「なら始めるぞ。移動が終わるまでは絶対に魔法陣から出てはいかん。体の一部を失うことになる」


 そういう情報はできれば事前に教えておいて欲しかった。急に床に描かれた魔法陣が狭く感じられてくる。かといって中央に行き過ぎて他の誰かを押してしまうとそれはそれで危ない。何とも言えない心地でじっと移動が終わるのを待った。すると足元から段々と魔力が溢れてくるのがわかる。やがてそれは俺たちのいる空間をドーム状に包み込み、強さを増していく。


「戦列、血痕、鉛と泥、頭蓋を穿ち花を手向けよ」


 ナイトレインの魔力が急速に膨張する。今までの感覚とは違う、強い威圧感をまとっている。やがて周囲の景色が少しずつぼやけ、ねじれていく。これが空間を入れ替えるということなのか。そして次の瞬間、テレビの画面が切り替わるように、一瞬の暗転の後に景色がまったく別のものに変わっていた。どうやらうまくいったようだ。


「ここは……どこかの地下だな。風の音が聞こえない」


「……そこの壁、開きそうだね」


 リタがゆっくりと壁に手を当てると、そこが回転扉のようになっているのがわかる。ナイトレインのところに比べるとかなり原始的だが、ここも隠し通路になっているのだろう。俺たちはうなずき合い、その通路へと足を踏み入れた。

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