二一.お料理
魔力炉の番といっても適当なタイミングで炉に薪を入れるだけだ。わざわざ二人でする仕事とは思えない。どうやらナイトレインは俺と二人で話す機会が欲しかっただけのようだ。色々と気になる話だったが、魔法が使えない以上あまり関係ないようにも思える。とりあえず今は心の片隅に留めておくくらいでいいだろう。
「あの、さっきの話とは全然関係ないことなんですけど」
「なんだ?」
「フェルってこの村ではどんな感じでした? 実は俺、フェルと会ってからまだ十日くらいしか経ってなくて、だからもっと彼女のこと知りたいんです」
「これは驚いた。まさかそんな短期間であのフェルに認められるとは。お前さん、獣人に好かれる才能があるかもしれんな」
「そうなんですか? フェルは気さくで話しやすい方だと思いますけど」
「まあ当然お前さんが普通の人間とは違うというのもあるだろう。この世界の人間なら人狼など昔話に出てくる化物くらいにしか思っていないからな。フェルにとっては自分や人狼について知らない相手の方が、かえって話しやすかったのかもしれん」
「人狼ってそんなイメージを持たれてるんですか? 獣人の中でも特に強かったとは聞きましたけど」
「高い知性と屈強な肉体を持ち、古代戦争においてはいくつもの国を滅ぼした。獣人種の中でも最も戦いに優れた種族であり、それゆえに人間たちから恐れられ、迫害されることになる。何百年と経った今でもそれは変わらん。フェルも差別を恐れ、あまり村の者とは関わろうとしなかった。案外子供には好かれていたようだがな」
「……そういえばどうしてフェルが人狼だって気づいたんですか?」
「ただの勘だよ。この歳になれば、自然とそのくらいのことはわかるようになる」
俺が異世界人であることもほぼ見抜いているわけだし、何かあるのは間違いないだろうが教える気はないようだ。フェルのことについてもあまり深く聞けなかった。やはり本人と直接コミュニケーションをとって親交を深めるしかないか。
しばらく二人で炉の炎をぼんやりと見つめていた。こうしているだけでも不思議と心が落ち着く。何か手伝えることはないかと思ったが、火の扱いなど詳しくは知らないし、ナイトレインのように魔法で火を起こせるわけでもない。
「……お前さん、料理はできるか?」
「え? ……どうでしょう。やってみないことには何とも」
「それも記憶がないのか」
「すみません……」
「まあいい。厨房へ行って様子を見てきてくれ。ここは私一人で大丈夫だ」
確かにここにいても何もできないが、厨房に行けば仮に料理ができなくても、何かしら手伝えることがあるかもしれない。なので言われた通り厨房に行くことにした。そういえば女性陣は料理ができるんだろうか。フェルは狩人として母親と二人で暮らしていたそうだし、そういうこともできそうだが、リタとラヴに関しては予測ができない。……なんとなく、あまりラヴには期待しない方がよさそうではあるが。
「あ、クロ! ちょうどいい、手伝ってくれ」
厨房に入るなりいきなりフェルにそう言われた。何やら忙しそうにしているフェルの横に、リタとラヴが手持ち無沙汰といった様子で立っている。これはまさか、そういうことなんだろうか。俺の視線に気づいたのかリタが弁解するように言った。
「いや、その、私も自分で食べる分くらいは作れるんだけど、吸血鬼の味覚は人間や獣人とはズレてるから……」
「あー……、まあ人間の血が美味しく感じるんだもんな。そりゃそうか」
「僕は料理したことない。危ないから触るなってフェルに言われた」
「うん、なんとなく予想はしてた」
「で、あんたはどうなんだよ? 料理できるのか?」
「記憶ははっきりしないけど、なんか体が覚えてる気がする」
「おいおい、大丈夫なのかそれ……」
「これは……塩か。これは砂糖で……お、こっちは胡椒か! 最初思ってたよりも文明進んでるなぁ、この世界」
「どこに感動してんだ? まあいいや、肉は大量にある。とりあえず食えるなら文句は言わないから、手分けして五人分作るぞ」
「ああ」
いざ包丁やフライパンを手にすると、深く考えずともなんとなくどうするべきかがわかる。記憶には蓋をされているが、経験として体が覚えてくれているようだ。一人暮らしで自炊とか、飲食店でバイトとか、そういうことをしていたのかもしれない。少し時間はかかったがかなりの量の肉料理ができた。これなら五人で食べても足りるだろう。ナイトレインを呼んで、食事をすることにした。
「そういえばイノシシって初めて食べるな。適当に味付けしちゃったけどどうなってるだろ」
「問題ない。肉、おいしい」
「だってよ。まあどうあがいても新鮮な肉が不味くなることはないさ」
「その、リタは大丈夫か? 味的に」
「ああ、安心してくれ。肉は普通に食べれるよ。根菜類はちょっと苦手だけどね」
「……それってニンニクとか?」
「おや、よくわかったね」
ナイトレインは特に会話には加わってこないが、まるで父親のように静かに皆を見守っている。家族団らんというのも今となってははっきり思い出せないが、こんな感じだったのかもしれない。もしこのままここで暮らしていけたら。そんな考えが頭をよぎる。皆はどう考えているんだろう。
フェルは狼の血を残すため、自分の意思で旅に出た。ということはひと段落着いたらまた旅に出てしまうのだろうか。もしそうなった時、リタやラヴはどうするだろう。そして俺自身もまた、これからのことは何も決まっていない。自由を手に入れるというのは、わからないことが増えるということでもある。間違ってももう一度牢獄に戻りたいなんて思わないが、自分の行く末についてあらためて考えてみる必要がありそうだ。
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