十九.葬儀屋
その村はいかにも田舎の農村という感じだった。他の町では当たり前のように設置されていた街灯タイプの魔力灯も、この村には一つも見当たらない。いまだに詳しい仕組みはわかってないが、おそらく魔力を供給するための発電所のようなものが必要なんだろう。どうやらこの村にはそれに該当するものがないらしい。となると風呂やトイレも魔力を使わない原始的なものである可能性が高い。ここでの暮らしはなかなかハードなものになりそうだ。
時々すれ違う住人たちは俺たちを見て驚いた顔をするが、あの少年のように話しかけてくることはなかった。ただ遠巻きに眺めているか、近くの住人と何やら小声で話し合うだけだ。フェルもここを長く離れていたようだし、他の三人は完全によそ者だ。そういった反応も無理はない。とりあえずは人間の枠に収まっていることを喜ぶべきだろう。
「ここだよ」
そう言ってフェルが立ち止まったのは、比較的大きな建物の前だった。壁や柱には不思議な模様が描かれており、今まで見たどの建物とも違う異質な雰囲気を感じる。フェルの後に続いて恐る恐る中に入っていくと、そこは開けた空間になっていた。薄暗い部屋の中には人の気配はない。
「ナイトレイン、フェルだ」
フェルは虚空に向かって声を発する。それほど大きな声ではない。今ので聞こえるのだろうか。そう思いながらしばらく待っていると、奥の扉が開いて一人の男が出てきた。白髪交じりの頭からして歳は50くらいだろうか。あごひげを生やしたその男は、俺たちを見ても特に表情を変えることはなかった。
「……久しいな。どこぞでくたばったかと思っていたが、まさかここに戻ってくるとはな」
「ちょっと色々あってね……。それよりしばらく泊めてくれないか? 家が無くなってて困ってるんだ」
「相変わらず勝手なことを言う奴だ。そもそもその人数ではあの森の小屋があっても全員は泊まり切れんだろう。その計画性の無さもあまり変わっていないようだな」
「うぐ……」
あの勝気なフェルが言い負かされるなんて、なかなか見れるものではない。それほどこの男が、フェルにとって信頼できる相手だということなんだろうか。
「それでお嬢さん方はいったい何者だ? 一人男もいるようだが」
「……私たちはフェルの友人です。フェルの故郷を私たちも見てみたいと思い同行したのですが、まさかこんなことになるなんて……。図々しいお願いだとは思いますが、どうか助けていただけませんか……?」
リタの雰囲気が明らかにいつもと違う。状況が良くないと判断して、泣き落としにかかろうとしているのかもしれない。実際こんなしおらしい態度をとっていれば、リタはどこかの名家のお嬢様のようにさえ見える。そんなことを考えていたら男と目が合った。どうやら俺の素性を尋ねているらしい。確かに若い女三人の中に男一人、はたから見れば得体の知れない存在だ。
「あー、えっと、俺もフェルの友人と言うか、その、彼女たちには色々と助けてもらっていて、だから俺も何か手伝えることはないかなって」
「……名前は?」
「あ……クロ、です」
「それだけか? 姓は?」
「……その、実は記憶喪失で」
これはまずい。かなりまずい。とっさに嘘でもつければよかったのだが、この男にはそれを許さない威圧感のようなものがある。このままでは確実に怪しまれる。何か手を考えないと。
「もういいだろ、ナイトレイン。……そいつらはあたしの友達だよ」
その時、ほんのわずかだが男の表情が変化した。そこに表れた感情は驚き、だろうか。だがそれもすぐに消え、もとの顔に戻った。
「……確かに色々あったようだな。人狼のお前に友と呼べる者ができるとは」
「な……!?」
予想外の言葉に思わず声が出る。この男、フェルの正体を知っている。だが獣人種は人間から差別を受けているはずだ。現にフェル自身がそう言っていた。
「これは……どういうことだい? フェル」
「ナイトレインはあたしが人狼だって知ってる。……まあ、あたしから教えたわけじゃないんだけどさ。それを知ったうえで、色々と手助けしてくれた。だからまあ、あたしにとっては……恩人だ」
「お前に恩を売ったつもりはない。ただ葬儀屋としてなすべきことをしたまでだ」
「じゃあ今度こそ恩を売ってもらってもいいかな。返せるあてはないけどさ」
男は一つため息をつく。そしてもう一度俺たちを眺めてから、あきらめたように肩をすくめた。
「どうせ断ったってここに居座るんだろう? 好きにしろ。ただしちゃんと挨拶はしておけ」
「ああ、わかってるよ」
フェルは俺たちに目配せしてから、部屋の奥へと歩いて行く。ついてこい、ということだろう。挨拶と言っていたしここには別の主人でもいるのだろうか。ナイトレインの奥さん、という可能性もある。だがしばらく歩いていくうちに、そのどちらも間違いであることがわかった。
廊下の先のドアを開けると、そこは外につながっていた。建物の表からではわからなかったが、裏手にはそこそこ広い土地が広がっている。一見すると庭のようにも見えるが、かなりの数の石碑のようなものが設置されている。そこにそっと寄り添うように置かれている白い花を見て理解した。——ここは墓地だ。
フェルはある石碑の前で足を止めた。小さいが白くてきれいな石碑だ。何か文字が書かれているが、俺には読むことができない。リタが小さく息をのむのが聞こえた。フェルは石碑の前に膝をつき、目を閉じた。
「ただいま、母さん」
風が吹き、フェルの髪を優しく揺らした。
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