誕生日

 ぽかぽかと心地よい陽気の昼下がりだ。

 明後日からの作戦を前に、俺は最後の休暇を謳歌していた。

 副隊長から、先ほど事務的な処理が完了した旨の連絡を貰った。これで後は粛々とメンタル・フィジカル両面の調整をするだけだ。

 昨日までホームでの訓練をして、今日は一日体を休める。そして明日は移動後に最終調整をして、そのまま作戦地帯へ向かう予定となっていた。

 閉じた瞼を透かして、木漏れ日が柔らかに落とされているのを感じる。

 木陰に寝転がった胸の上に箱座りする猫の寝息と、ほぼ定期的に、ゆっくりとした間隔で、傍らから乾いた紙を擦る音が聞こえてくる。

 静かな時間だった。


 アルパカが幹に凭れて本を読んでいるのだ。

 そっと目を開くと、ハードカバーの四六版が見える。捲るページに挿絵がちらりと見えたので、九官鳥監修の児童書なのかもしれない。

 俺もアルパカに本を贈ってみたいと思うのだが、その場合は九官鳥に直接渡すのではなく一度九官鳥に渡した方が良いのだろうか。


「なんの本読んでるんだ」


 それはそれとして、彼の好きなジャンルを聞いておくのも良いだろうと声を掛けると、アルパカは「おきてたの」とこちらを振り返った。目を閉じていたし、眠っていると思っていたらしい。

 開いていたページに指を差し込みながら、ハードカバーの表紙を見せてくれる。カバーは外してしまったのか、紺無地の表紙にタイトルだけが並んでいた。

 公用語ではない。言語知識に乏しい俺はなんとなく雰囲気しか分からないが、おそらく冒険譚だ。(なんとかの冒険、みたいなタイトルだと思う)


「自分で買ったのか」

「もらった」

「相棒に?」

「そう、しがつにじゅうさんにち」


 予想通りの経緯の中、突然具体的な日付が出てきた。

 ぐるっと一周頭の中で色んなイベントが駆け巡ったが、思い当たるものがない。


「なんの日だっけ?」

「たんじょうび」

「え、アルパカのか」


 彼のパーソナルデータを見てはいたが、さすがに生年月日までは記憶に残っていなかった。

 尋ねると、アルパカはなんだか不思議な間を空けた。いまこの流れで出てくる誕生日に該当するのは彼くらいなのだが。

 ワンチャン相棒の誕生日かと思い再確認しようとしたところで、アルパカが頷いた。


「おれと、あいぼうの」


 生年月日がいつだったかは覚えてはいないが、二人が同じだったという記憶もない。

 こういう場合、アルパカの言葉にはいわゆる一般的な「誕生日」という意味合い以上(以外?)の内容が含まれているのが定石だ。

 俺は胸の上の猫を支えながら上体を起こした。返事をした後、ずっと俺を見下ろしている視線へ笑いかける。

 ふと白い手が伸びて、俺の髪を梳いた。そのまま何か払ったところを見ると、寝ていた俺の髪に葉っぱでも付いてたのだろう。

 白い指先を目で追いかけながら、アルパカへ返す。


「ただの誕生日ではなさそうだ」

「あいつのたんじょうびはべつだよ」

「お前と、相棒の誕生日」


 俺が繰り返すと、アルパカはうんと頷いた。

 九官鳥の誕生日が別にあると言うのだから、確かに今話している「アルパカと九官鳥の誕生日」というのは、やはり通常の意味で言っているわけではないらしい。

 なるほど。


 誕生日とは不思議なもので、365日必ず誰かの日がある。同じ誕生日を持っている人はいるにはいるのだ(だからアルパカと九官鳥が同一日であるという可能性もあるにはあったが)。

 しかし、その日というのは名前と同じ「個人」を強く指す。あるいは「個人」を指す有力な項目の一つになりうる。

 特別な4桁のコード。


「なにかの約束なのか」


 命が生まれた日になぞるのだ。物理的なものでなくても、やはりだと思っているからこそではないだろうか。

 尋ねると、アルパカは白い頭を傾けた。


「やくそく、ではないけど……

 おれとあいつ、が、うまれたひ、てこと。おれ、だけじゃなくて、あいつ、だけでもなくて」

「うん?」

「おれとあいつ、なの。

 あいつはおれのこと、しってたかもしれないけど、おれはあいつのことは、しらなかった、から。

 おれがあいつをしって、はじめて、おれとあいつ、なの」


 なんとなく、分かったかも、しれない。

 これは認識の話だ。


「お前が相棒と出会った日、てことか」


 事象として確認すると、アルパカは今度は迷わず頷いた。合ってたようだ。


 九官鳥はアルパカのことを知っていた(かもしれない)。

 だがそれだけでは十分ではない。アルパカが九官鳥を見つけて初めて「アルパカと九官鳥」が生まれた日、ということなのだ。

 一つにまとめながら、しかしそこには双方の認識が必要であった、などとは、あの男九官鳥が考えそうなシンプルなのか複雑なのか判断できない事柄である。


「なるほど。

 しかしそこで本を贈るとは。 よほどお前に本を読ませたいんだな、あいつは」


 さしずめ記念品、と言ってしまうことも簡単だったが、なんとなくその表現を使わなかった。

 記念というには、二人のこの日に纏わるものは、もっと肌に馴染んだ感覚のようにも思えたのだ。

 とはいえ、ちょいちょいと本を渡してはいるだろうに、この期に及んで(?)ダメ押しのように本を渡すのか。よほど強い信念でもあるのだろうか、あいつは。

 俺が納得交じりに確認すると、アルパカは再び妙な間を空けてから頷いた。

 どうも俺とアルパカの間に、まだ何か共有できてない情報があるようだ。


 二人の誕生日ということは、アルパカも相棒に何かを贈ったのだろう。俺はそちらの方にも興味が湧いていた。本好きの相手には何を贈るのだろう。

 ちょっとワクワクとしながらアルパカに尋ねる。


「お前も何か贈ったのか。何を贈ったんだ」

「ばら」

「なんて?」


 予想だにもしなかった返答に脊髄反射みたいに聞き返してしまった。

 間髪入れなかった俺に、アルパカは少しおかしそうに口元を緩めていた。



 その後、九官鳥の生まれ故郷には、4月23日に親しい人へ本と薔薇を贈り合う習慣があり、それを知ったアルパカが薔薇を送ったので、九官鳥は本を贈るようになったのだと聞いた。

 偶然とはいえ、『二人の誕生日』が二人らしい日に重なったのが、なんとも感慨深いものだ。

 しかし、あの男が薔薇を持っている様子は思い浮かんでも、薔薇を贈られている様子はあまりに想定外過ぎる。


「なんすか、隊長。にやついちゃって」


 傍らに控えていた班長が、こちらに気づいて目を細める。俺も同じような顔をしていたのだろうか。


「思い出し笑いだ。期待は来年になるけど」

「思い出し笑いにしちゃ気の早い」


 そう言って、班長は暗視スコープナイトビジョンを覗き込む。

 顔半分以上をマスクで覆い、目元しか分からないはずなのに、俺が笑っていることに班長が気づくほど、楽しみにしてしまったらしい。

 仕方ない。ぜひ今度、アルパカが九官鳥に花束を贈っているところを見てみたいものだと、俺は今からワクワクしてしまっていたのだ。

 そんな未来を約束に。


「時間だ。行こう」



(誕生日 了)

(マシュマロお題より)

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