奔走 part1



 ギルドの前に立つと、ララは両開きの木扉を両手で押し開けて中へと入る。



中は薄暗く、ほとんどひと気もない。



 どことなくこぢんまりとした喫茶店のような内装で、左手に丸テーブルが二つ、右手奥にL字型のカウンターがある。だが、室内に充満しているのは無論コーヒーの芳しい香りなどではなく、タバコと男の汗と足の臭いである。



 奥側の丸テーブルには、この臭いの発生源――全身に紫煙を纏うようにしながら額を突き合わせる三人の男たちが座っていた。



男たちは、ララが入るとギロリと睨むようにしてこちらを向いた。



 ――あ。



そのうちの二人の顔には、なんとなく見覚えがある。



俺とララが出会ったあの日、あの森で、ララに絡んだ挙げ句、大グモに蹴り飛ばされて気絶した男たちだ。



確か、頭に竜の入れ墨を入れた禿頭の男がジョスで、小柄なアフロヘアの男がレミだったか。興味がないから記憶がアヤフヤだが。



 ララはその傍へとズカズカと歩み寄って、そして――



「これまで色々と生意気なこと言って、ごめんなさい」



 そう、深く頭を下げた。



「自分が強いからって人を馬鹿にしたみたいな態度取ったこととか、挨拶を返しもしなかったこととか、アンタたちがいつも美味しそうにしてる食べ物とかお酒とかを生ゴミ呼ばわりしたりだとか、臭いから近寄るなって言ったりだとか……本当、ごめんなさい。もう二度とそんなことはしません」


「…………」



 信じられないものを見ているかのように、男たちは鋭くしていた目をキョトンと丸くする。



 っていうかお前、そんな酷いことしてやがったのか。それじゃ向こうから嫌われても当たり前だぞ。



 だから、とララは語を継ぐ。



「お願い。どうか手を貸して。今、アタシはどうしてもやらなきゃいけないことがあるの。だから――」


「まずはその『お願い』とやらを聞かせてもらおうか」



 早口にまくしたてるララを制するように、禿頭の男が口を開いた。



 その表情は冷静とも取れるし、冷ややかとも取れる。



 しかし、おかげでララも一旦、落ち着くことができたらしい。一つ息をついてから、ここまであったことを話し始めた。



 突然、父が自分に会いに来たこと、父と共にエルフの里へ行ったこと、そこで母が精霊の生け贄とされていて、父はずっとそれを救おうとしていたこと、だが結果として精霊を暴走させてしまったこと、父はその時に亡くなってしまったこと……。



これだけのことを、ララは感情を乱すこともなく簡潔に話した。



――偉いぞ、ララ……。



 自分の家庭の事情を――それも親がこの状況を引き起こした犯人であるというようなことを告白するなんて、そうそうできることじゃない。感情を脇に置いて義務を果たすその姿を、俺は純粋に尊敬した。



 それに、ララが俺のことは話さなかったことも賢明な判断だったと思う。この状況で俺の存在を伝えたって、ただ話が面倒くさくなるだけだ。



 禿頭の男が口を開く。



「その話が本当だとしたら、俺らぁみんな、エルフと、テメエら家族のいざこざに巻き込まれてるってわけだな。そしてお前は、その尻拭いに俺らをつき合わせようとしている、と」


「……ごめんなさい」



 ララは目を伏せ、再び小さく頭を下げる。が、その拳は小さく震えるほど強く握りしめられている。



 父の遺志を継ぐ。



 そう決意したララにとって、この戦いを『いざこざ』呼ばわりされること、そして他人からの誹りを自分一人が受けねばならないことは、とても悔しく、辛いだろう。



 こんな時、その心までは守ってやれない自分が、あまりにも無力な存在に感じられてくる。



「……しょうがねえな」



禿頭の男が深く溜息をついた。



「俺ぁ、クソ生意気なお前が嫌いだ。だが、お前には一度、命を助けられた恩がある。冒険者として、それを忘れるわけにはいかねえ。なあ、そうだろレミ」



 え? とララは驚いた様子で目を丸くする。



 男たちは、どこか気まずそうにお互いの目を見交わして頷く。アフロの男――レミがその頭をボリボリと掻きながら、



「見ての通り、冒険者はもうほとんどが軍に参加して、ここはスッカラカンだ。とは言え、軍なんぞに協力するかって、家でダラダラしてる知り合いも五、六人はいるはずだ。そいつらを呼んでくれば足りるのか?」


「…………」



明らかに、足りない。それはララの気まずそうな沈黙からも明らかだった。



 そんな時、ふと俺はナイスアイディアを思いつく。ララにしか聞こえない小声で囁く。



「ララ、俺にいい考えがある」

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