チートスキル《神層学習》~あらゆる魔法を学習する最強の兜に転生してしまった俺ですが、美少女ハーフエルフ冒険者の装備品として生きる覚悟を決めました。~

茅原達也

守りたいもの



 誰だって人には『守りたいもの』があるだろう。



子供、親、恋人、友人、あるいはペット、あるいはお金、あるいは自然環境、あるいは……もう二度と手に入らないレアなグッズとか?



それは本当に人それぞれだが、その『守りたいもの』のために、この辛く厳しい人生を生き抜いている人は少なくないはずだ。



 そして俺にとってのそれは――少なくとも汗臭い男の同級生ではない。



「アダッ!」



今しがた、俺のすぐ目の前を落下していった同級生が叫び声を上げ、床に打った坊主頭を押さえながら俺を睨む。



「おいハルト、何ボサッとしてんだよ! 助けてれくれてもいいじゃねえか!」


「悪いな。まさか天下の野球部員がハシゴを踏み外すなんてヘマをするとは思わなくて、つい油断してたんだ」



 遅れてひらひらと舞い落ちてきた、書道教室の壁に貼られていた作品を拾い上げながら俺は言う。



「っていうか、お前は頑丈なんだから、どうせケガなんてしてないだろ?」


「そりゃあ、まあ……」


「なら別にいいだろ。それに――いいか? 俺のこの身体はな、妹と、それから世の美しい女性たちを守るためにあるんだ。間違っても、お前みたいな筋肉坊主を守るためにあるんじゃない」



 チッ、と舌打ちしながら友人は立ち、



「何が『世の美しい女性たちを守るため』だよ……。彼女ができたこともねえクセに」


「そ、それは別に関係ないだろ! これから! これから守るんだよ!」



 おっと――



 俺はハッと教室の時計を見る。時刻は、まもなく夕方四時半。



「ああ、悪い。妹を保育所に迎えに行く時間だ、先に帰る」


「お、おい! まだ仕事が残って――」


「明日、カレーパンでどうだ。コーヒー牛乳もつける」


「よし、行け」



男と男の間に、余計な言葉など不要だ。



 頷き合い、俺は掃除班のじゃんけんで負けて片づけをやらされていた書道教室を、そして学校を後にした。



仕事で忙しい両親に代わって、毎日、保育園へ妹を迎えに行く。



俺にこんな習慣があると知った奴はほぼ間違いなく「大変だな」と感心するような、それでいて同時にどこか哀れむような目で俺を見る。



 だが、妹を守ることが生きがいである俺にとって、これしきのことが「大変」であるはずがない。



「にぃに、ただいまー!」



――そう、これだ。



 保育所へ着くと、必ずそう言って胸に飛び込んでくる妹――結花の笑顔を見ることが、俺にとっては至上の喜びなのだ。



「おかえり、結花。今日も楽しかったか?」


「うん! きょうはね、せんせーとね、いっぱいうたった!」


「ゆいちゃん、今日も元気いっぱいだったもんねぇ」



 そう言って笑いかけてくるのは、保育士の市川先生だ。



 年齢はおそらく二十代前半。本人いわく「まだ新人保育士」らしいが、そのふくよかな胸や、春のそよ風のように穏やかな笑顔からは、既に女神のような母性が溢れ出ている。



市川先生は、まだ残っている子供にエプロンを引っ張られながら、俺に小さく頭を下げる。



「お兄さん、毎日、お迎えご苦労様です。九月の今頃って……ちょうどテストの頃よね? 勉強も大変でしょ?」


「いえいえそんな。兄であれば、これくらいのことをするのは当然ですよ」



 夕陽が似合うであろう、控えめな微笑を決めつつ言っておく。



本当は日々の悩みをぶちまけて、市川先生の豊かな胸に飛び込みたい。そして思う存分、幼児化したい――



 のだが、流石に妹の手前、というか警察が許してはくれないだろうから、そんなことをするわけにはいかない。



というわけで、俺は今日も片思いの女性の笑顔に癒されてから、愛する妹を背負い、幸福に包まれながら帰路につく。



「ねー、にぃに。きょうはおとーさんとおかーさん、かえるのおそいっていってたよね?」


「ああ、そうだな。――そうだ、結花。今日の夜ご飯は何食べたい?」


「うーん……えっとね……あっ! オムライス! オムライスたべたい!」


「オムライスか。確か家に材料もあったはずだし……ああ、いいぞ。結花の顔よりでっかいオムライス作ってやる」


「やったー! あっ、でも、このまえみたいなマヨネーズのオムライスはイヤ!」


「な、何っ!? どうしてだ!? 美味しかっただろ! 俺のマヨ・オムライス! あれは俺史上でも最高の出来映えだったはずだぞ!」


「だって、ゆいかはケチャップのほうがすきなんだもん! マヨネーズより!」


「マヨネーズよりケチャップ? いやいや、絶対マヨネーズのほうが美味いに決まってるだろ。マヨネーズが合わない食べ物なんて世界にはないんだから」



 ケチャップ! マヨネーズ! ケチャップ! マヨネーズ!



 そんな他愛ない言い合いをしながら、俺たちは夕日色に染まる街を歩く。



 そうして、やがて幹線道路の横断歩道を渡っていると、



「おい! 危ない!」



 ――え?



 背後から男性の叫ぶ声。



 ハッと顔を上げると、乳児を抱えながら前を歩いていた女性の後ろ姿が目に入る。



 女性は目を剥いた顔で右側を見ている。



 視線を追って俺もその方を見る。



 と、クラクションを鳴らすこともブレーキを踏むこともなく、滑るようにこちらへ突き進んでくる一台のトラック。



 運転手は、なぜか死んだようにハンドルへ覆い被さっている。



 俺は、すぐさま後ろへ飛び退こうとした――が、その瞬間、『合って』しまった。



 前を歩く母親が胸に抱えている乳児と、目が。



――どうする?



 周囲がスローモーションに見える光景の中そう考えてしかし、既に身体は動いていた。



 ――結花、ごめん。



俺は、女性の背中を前へ突き飛ばす。



 胸に抱いている赤ちゃんが心配だが……まあ、これで命を落とすということはなくなっただろう。



俺たちの命と、引き換えに。



 ――でも、しょうがないよな。俺たちとあの人たち、どっちも助かることなんてできなかったんだから。



 ――本当に?



 俺が一瞬も迷わず行動していれば、結花を俺の巻き添えにして死なせずに済んだんじゃないのか?



 だが、今更そんなことを考えても、時すでに遅しだ。



 ああ……もし生まれ変わることができるなら、大切な人をちゃんと守れるような、そんな人間に――

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