金魚、第一発見者になる

 介護職員───特に、ご自宅を訪問するヘルパーやケアマネは、第一発見者になることがある。第一発見者なのかに関しては幾つか種類があり、私も幾度か経験したが、この件は直接仕事に関係することなので発言を控えたい。

 ただし、事が起こったその日の問題は、仕事中でありながら、仕事と全く関係がない事で第一発見者になったことである。


 その日、本日の自分の担当の利用者さんを病院に迎えに行く為に、診察が終わる時間を推測して、病院付近に隠れる場所を探している時のことだった。

 外回りの仕事で思うのは、平日昼間の繁華街&オフィス街以外の場所は、わりとひとけが無いということだ。ひとけが無くとも車は通るので、タクシーを停車させていても邪魔にならず、警察にとがめられない所を求めてうろうろしていることは多い。

 その時に見付けてしまったのである。人通りも車通りも少ない裏道で、自転車とこんがらがって倒れている女の子を……。

 すわ、事故なりや───と思ったのは数秒。よく確認すると女の子が倒れているのは歩道上で、側には街路樹。どうやら街路樹に勝負して、自爆したらしい。どちらにしても、優先すべきは救護だ───と、車を路肩に寄せた。

 容体が不明の場合、下手に動かしてはならない。まず行うのは意識の有無の確認。次に容体と怪我の有無の確認。場合によっては病院に連れて行き、重篤じゅうとくならば救急に通報。

 これから行う行動の確認をしながら、女の子の近くに屈んで声を掛けた。つまり、「大丈夫ですか? 私の声が聞こえますか?」とセオリー通りに。

 すると僅かに反応があり、返事は無いものの、彼女は自分で自転車と絡まった体を解き、歩道上に横になった。

「大丈夫ですか? 怪我や痛いところはありませんか?」

 返事が無い彼女に対して、私は何度か大きな声で呼び掛けた。多分その声が聞こえたのだろう、最寄りの家から御夫人が一人出て来て下さって、私に「大丈夫ですか?」と言ってくれた。これが、とてもとても助かることなのだ。

 応急処置等、多少のことなら可能な私だが、一人ではどうにもならない場合も多い。応急処置や緊急対応が出来なくとも、手助けして下さる人がいれば、数段助かることがほとんどなのだ。


 ここからの出来事は、雪崩なだれのようだった。

 女の子に怪我は無さそうだったが、問いに答える言葉がちんぷんかんぷんで、これは頭を強打して見当識障害を起こしているかもしれないという話になり、頭を強打しているなら動かさない方がいいので救急車を呼ぼうということになった。事故で救急車を呼ぶと、漏れなくパトカーも付いて来る。救急には、連絡時に事情と容体を話していたが、後からやって来た警察官には、私がねたのではないかとプチ疑いが掛けられた(ただしこれは、一緒に対応して下さった御夫人の証言で即無罪)。そうこうしていると、一方では女の子と対応していた救急隊員の間で、事件が起こり掛けていた。

 これは、決して救急隊員の方や警察の方を批判しているわけではないのだが、いつも火急の案件にたずさわっている彼らは発する言葉が事務的なのだ。つまり「何があったんですか? 怪我や痛い所はありますか? 君の名前は? 住所は? 家族の電話番号は?」といった具合だ。そして、ようやく縁石に座った女の子の顔を見て、私は自分の勘違いを知った。彼女は意識が朦朧もうろうとしているから、返答が曖昧だったわけではない。発達障害を持っていたのである。

 私がそのことに気付いた時、彼女は座った形のままフリーズしており、手も肩も小刻みに震え、完全に怯えていた。『こりゃいかん』と思った私は、若い救急隊員さんに小声で、「私は介護福祉士です。少し任せてもらえませんか?」とお願いした。パニックを起こしかけている発達障害の人や認知症の人から話を聞くには、少々コツがいるのである。

 それから、宥めたり・励ましたり・皆で心配している旨を伝えたりして、親御さんの連絡先をGETしては救急の人に渡したりと、持てる技術のフル活用である。その私の行動を見て、救急隊員さんも必要な方法を理解して、後を引き継ぐことが可能になった時点で、私の任務は終了した。

 そして、自分の担当利用者さんを迎えに行く指令が、その段階になってから入ったのは幸いだった。私は、私と近所の御夫人に事情を聞いてくださっていた警察官の方に出動要請が掛かった旨を話し、後日連絡をする必要があればと、名刺だけを渡して即離脱───かといって、その後、どこから連絡が来たわけでもなかったが。


 私としては、自分がやるべきと思うことをしたのだが、意外と会社関係者にこのことを話すことは出来ない。なにせ、会社的には売上ゼロの業務外行動にしか過ぎないのだから。

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