ハロウィンイベント、誕生日、そして……――1

 十月下旬。あたりはすっかりと寒くなって、長袖に上着が必須となった。真澄と藍葉は、バスに揺られて今日も帰宅している。

「おっ、あれ」

 何気なく車窓を見ていた藍葉が、声を出した。真澄も釣られて車窓を見る。

 歩道を歩いているのは、ゾンビだった。ぼさぼさの髪で、顔は青白く、生々しい傷跡がある。着ている服もボロボロだ。他にも体中を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラや、黒い三角帽子に同じく黒いマントを羽織った魔女。赤い帽子と緑の帽子のゲームのキャラクターまでいる。それもたくさんだ。

 厳密には、仮装した人たち。

「そっか、ハロウィンの時期だしね」

 広島の街のハロウィンイベントに、これから繰り出すのだろう。

「三滝さんは、ハロウィンとかやったことある?」

「かぼちゃに顔を彫って、仮装して、トリックオアトリート、って言いまわることくらいなら知っている」

 三滝家ではあまりハロウィンに力を注がない。せいぜい生徒会でかぼちゃ味のお菓子をプレゼントし合ったことくらいだ。

「紙屋くんもハロウィンは……あまりしていないよね」

「ご明察」

 藍葉は皮肉げに目を細めた。

 やっぱりだ。雰囲気からしてハロウィンで浮かれるような人には見えない。剣道着姿がよく似合う彼が、ゾンビやミイラに仮装している、なんてところを見たら、笑ってしまうだろう。

「あれを見ると楽しそうに見えなくはないけど、ね」

 ちょうど歩道上には、魔女に扮した親子が互いに手をつなぎ、ほうきを持って歩いている。黒い衣装もお揃いだ。親子というよりは、魔女と見習いの女の子みたいに見える。

「ひょっとして紙屋くん、興味あるの?」

「まあ、ちょっとだけ。さっきのゾンビみたいに本気で仮装したいとまでは思ってないけど」

 また一つ、彼のことを知った。わくわくしてくる。

「じゃあ、街のハロウィンイベントに行ってみよっか。もちろん……」

「高校に入ってから、来年の話になりそうだけど」

「今は忙しいもんね。あそこまで浮かれ騒ぐなんて無理だよ」

「どっちみちハロウィンなんて、毎年やってるからな」

 しかし、ひょんな形で、二人はハロウィンイベントに巻き込まれることになった。


 翌日の学校、 真澄が次の授業に備えて教科書やノートを用意している時、突然机に二つに折りたたまれた紙が置かれた。

 見上げると、そこにいたのは香夏子だ。

「何、どうしたの?」

「要件はそこの紙に書かれてるから、読んでね。あと、絶対に守ってね。これは会長命令だから」

 もちろん香夏子は、真澄と同様にすでに生徒会を退いている。当然、会長命令なんて、今となっては根拠がないのだが……。

 真澄はとりあえず、紙を広げた。ハロウィンらしくかぼちゃ色にコウモリやかぼちゃがあしらわれたその便箋には、こう書かれていた。

『昼食休憩に入ったら生徒会室へ! 来なかったらイタズラしちゃうぞ』

 まったく、何のつもりなんだか。真澄は香夏子に問い詰めてやろうと思ったが、その香夏子はわざとらしく友達とおしゃべりに興じていて、話しかけてはいけない雰囲気があった。

 ――仕方がないなあ。

 空いた時間は勉強にあてたいのだが、今日くらいはいいか。

 四時間目の授業が終わると、香夏子はダッシュで教室を後にしていった。一緒に行ってくれるわけではないんだ、でもせめて一言ぐらいは声をかけてもらってもいいのに、などと真澄は思いつつも、机の中に教科書やノートをしまった。

 そして立ち上がり、教室を出た。

 思えば、生徒会室に立ち寄るのは久しぶりだ。藍葉が受験を終えるまで剣道部の稽古には出ないと言っているのと同様、真澄も受験に集中するため、生徒会室には立ち寄らないようにしている。

 それにしても、香夏子は何をするつもりなのだろう。

 真澄と同様、香夏子もまた、現生徒会のメンバーと相談する時を除けば生徒会室にはほとんど立ち寄らなくなっているのに。

 考え込んでいるうちに、真澄は生徒会室の前に来た。

「みんなして何だよ。どうしてこんなところに連れてくるんだよ」

 中から藍葉の声が聞こえて、真澄は思わず足を止めた。

「いいからいいから、今日くらいは特別ですよ、先輩」

 これは、現生徒会会長に就任したあけみの声だ。

「たまにはお前もハメを外せや」

 こっちは、かつての剣道部副将の古江敏。

 真澄は、不思議に思いながらも、生徒会室の扉を開けた。

 入ってすぐ、真澄は驚く。

 殺風景だった生徒会室が、見事にハロウィン仕様に様変わりしていたのだ。ところどころにかぼちゃの置物が置かれ、壁にはゴーストやコウモリ、魔女のイラスト。

 そしてここにいる生徒会のメンバーは、揃って魔女みたく三角帽子をかぶっていた。剣道部の部員までいる。こちらは包帯をぐるぐる巻きにしたり、赤い帽子のゲームキャラクターに扮していたりと、結構凝っている。

 そして、例の藍葉は、三角帽子に黒いマントを羽織らされていた。まるで魔法使いだ。

 真澄と目が合い、照れくさそうにしているのがこれまたかわいい。……でも。

「どうしたのこれ?」

「主役のヒロインもご到着だね」

 三角帽子をかぶった香夏子が、真澄に目を向ける。

「いいから座って。ご覧の通り主役は到着済みだよ。待たせるなんてNGだぞ」

 香夏子はそう、藍葉の隣の椅子を引いて、座るよう促してくる。

 真澄が戸惑って立ち尽くしていると、生徒会副会長に就任したちづるが黒い三角帽子とマントを持って真澄に近づいた。いきなり真澄に三角帽子をかぶせる。

「ちょっと、ちづるちゃん?」

「簡単にでも、ちゃんと仮装しなきゃダメですよ。これも羽織ってください」

 ちづるは、黒いマントを真澄に羽織らせた。真澄の胸元で綺麗にリボンを結ぶ。

「準備完了です。元会長」

 ちづるが敬礼を決めた。「うむっ、よろしい」と香夏子は頷いている。

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