第35話 連環計《れんかんのけい》… 正面から戦うのではなく、いくつもの計略を連続して用います(前)

 夜を徹して城へ戻ると、大広間では近衛兵の元・団長がディリアの前にひざまずいていた。

「異世界召喚者さまの知略、感服つかまつりました。王家に伝わる呪文で呼び寄せられた姫君への数々の非礼、お詫び申し上げます」

 ディリアに王位継承権が認められていないため、宰相が指揮権を握っていた近衛兵団だったが、これであるべき姿に戻ったといえる。

 面目次第もございません、と頭を下げたところで、オズワルがその首筋に大剣を押し当てた。

 元・団長は縮み上がったが、城の中で剣を抜くことは禁じられている。

 ディリアは、厳かに告げた。

「私の権力は、鞘の中にある、この剣と同じです。オズワルやあなたなしでは、役に立ちません」

 王位継承権は主張できないが、力を貸してほしいと言っているのだ。

 元・団長が感涙にむせび泣いていると、大広間にアンガが駆け込んできた。

 ディリアがワイヴァーンとの戦いをねぎらう間もなく、早口にまくしたてた。

「飛龍退治のご報告に遅参いたしましたこと、お許しください。近衛兵と共に帰還する途中、飛龍退治に秘力の限りを尽くしました魔法使いの申しますには、雲行き尋常ならざるとのこと。その言葉の正しかるや否やが現れるのを待ちましたところ、烈風吹きつのり、暗雲は天に満ちたかと思えば、火の雨が降り注ぎ、嵐となって荒れ狂っております!」

 そんな天変地異と闘えるのは、ワイヴァーンとも渡り合った魔法使い、レシアスぐらいしかいないだろう。

 ディリアはすぐさまオズワルと元・近衛団長に命じた。

「騎士と近衛兵を国中に走らせなさい! 民を城下へ!」

 確かに、まだ城の周りには青空が広がっている。

 元・近衛団長は勢い込んで大広間を出ていったが、オズワルは大広間の扉の前で立ちすくんだ。

「ならぬ、帰れ」

 その大柄な身体を押しのけるようにして入ってきたのは、グレンデルと戦っていた、僧侶のロレンだった。

 悪党のロズや盗賊のギルに支えられながら、あの恐ろしい闇の怪物を神への祈りだけで食い止めていたのだ。

 だが、ロレンは、ディリア暗殺を謀った疑いをリカルドにかけられて、「ダンジョン送り」の刑で死んだことになっている。

 その刑を作ったディリアはロレンをねぎらった。

「よく戻りました。その勇気を称えます……リカルドはもう、城にはいませんが」

 そのひと言で、大広間はどっと沸いた。

 だが、ロレンは深刻な顔で、信じられないようなことを告げた。

「墓場から甦った死者が、暗雲の下を歩きまわっております」

 城への道中ターン・アンデッド生ける屍の退散の祈りで鎮めてきたというのだが、とても間に合わない。

 ロズとギルは今、街道に住む人びとがパニックにならないように、適当なでっち上げで人々を城下へ誘導しているという。

 ロレンを落ち着かせようというのか、ディリアは穏やかに尋ねた。

「どんな作り話ですか?」

 そこで大広間に飛び込んできたのは、廷臣のひとりだった。

「リカルド殿と、近衛兵だった若者がどこにもおりません! 謀反のおそれがございます!」

 更に駆け込んできたのは、西北の国の伝令だった。

「リンド様からでございます!」

 渡された手紙を開いたディリアは、息を呑んだ。

 やがて、重々しい声で廷臣たちや貴族たちに告げた。

「西北を除く7つの国が、我が国との戦の準備を始めています……この禍を恐れて」

 そこで、ロレンがつぶやいた。

「まことになりましたな……作り話がふたつとも」

  

 火の雨の正体は、レシアスが確かめていた。

 リカルドのいなくなった城に戻ってくるなり、大広間に険しい顔つきで入ってきて報告する。

「ドラゴンです……レッド・ドラゴン」

 これがファンタジー系TRPGなら、かなりベタな展開だ。

 ゲームマスターは、プレイヤーからサイコロをぶつけられても文句は言えない。

 ゲームならそんな笑い事で済むが、これは目の前に迫った危機だった。

 レシアスは、ディリアを見据えて告げた。

「伝説にしか語られていなかったドラゴンまでもが現れるということは、この世界そのものが破滅寸前であるということです」

 それを聞いたオズワルが大広間を駆け出していった後で、リンドの知らせも現実のものとなった。

 西北を除く7つの国から、正式に侵攻を警告する手紙が届けられたのだ。


 ……リントス王国に自らの災いを除く力がないなら、各々の国の民草に苦しみが及ばぬよう、実力をもって排除する。


 そこで転がり込んできたのは、国の東西南北を治める大貴族…麻雀四家のうち、西家の使いだった。

「お助けください、ディリア様! わが主はリカルド殿から、謀反を唆されております!」

 騎士団も近衛兵団も取るに足りない。

 西家が謀反を起こせば、あとの三家も後に続くだろう。

 そうすれば、西の国の侵攻に晒されることはない、というのだ。

 確かに、騎士団も近衛兵団も出払っている。

 こんなときに城を攻められたら、ひとたまりもない。

 だが、悪いことには悪いことが重なるものだ。

 その知らせを持ってきたのは、アンガに伝令の教えを受けた盗賊ギルだった。

「助けてくれ! 若い近衛兵崩れが攻めてきたのを、街のみんなが食い止めているんだ!」

 ダメだ。

 軽く脅しをかけてきているのだろうが、それでも街の人では、たぶん勝負にならない。

 まともに戦わせてはいけないのだ。

 頭の中で、三十六枚のカードのうちの1枚がくるりと回転する。

 そこに書かれた文字を見て、僕は思った。


 ……ボーナスカードだ!


 条件がそろっている限り、いくらでもカードを引いていいというアレだ。

 次々に、カードがくるりくるりと回っていく。

 僕はディリアに進言した。

「兵を貸してください! 僕が追い払ってみせます!」


 僕は斧鉾ハルバードを持った一般兵を連れて城門から外へ出ると、あの実直な門番に告げた。

「ディリア様のお許しで、これから街の人たちが入ってくる。通してやってくれ!」

 街へ出ると、もう家具やら荷車やらでバリケードが築かれていた。

 包丁や棍棒で武装した街の人々が、かつて近衛兵だった、馬上の若い私兵たちと睨み合っている。

 僕がやって来るのを見ると、歓声を上げた。

「異世界召喚者様だ!」

「これで怖いものなんかないぞ!」

「叩きのめしてやれ、謀反人なんか!」

 カンカンに温まっているのをどうしようかと思いはしたが、あとは任せてくれと言うと、割と簡単に現場を明け渡してくれた。

 もちろん、悪党のロズのおかげだ。

 ごねる連中がいれば、頭を一発こづいて終わりになる。

「死にたくねえだろ、ああ?」


 バリケードを越えた兵士は僕に馬の群れへの突撃を命じられたが、当然、蹴散らされて逃げ帰ることになる。

 だが、バリケードの上へ登れば、弓矢でも投石でも、馬に乗った相手を一方的に退散させられる。

 これを繰り返しているうちに、馬は疲れきり、日も沈んでしまった。


 第四計以逸待労いいつたいろう…敵を撹乱して主導権を握り、敵の疲弊を誘う。


 そこで僕たちは、さっさと退却してしまった。

 近衛兵崩れは馬から下りて、バリケードを取り除き始める。

 ところが、そこに現れたのは無数の人参だった。

 疲れた馬たちは、一斉にそれを貪り食い始めた。


 第九計隔岸観火かくがんかんか…秩序を乱した敵の自滅を待つ。


 仕方なく、かつて近衛兵だった若者たちは、徒歩で城を目指さないわけにはいかなくなった。

 相手が馬を失ったら、こちらの数を増やすだけだ。

 暗い中で街の人たちが一斉に騒ぎ立てると、若い近衛兵崩れはこちらが大軍だと誤解したのか、慌てふためいた。

 そこへ正規の兵士たちが、城の門を抜けて襲いかかる。

 敵は大混乱に陥って逃げ出そうとしたが、まだ人参を食べている馬たちに行く手を阻まれる。

 兵士たちは以前の近衛兵たちを袋叩きにすると、高手小手に縛り上げて城へと連行した。

 

 第二十二計関門捉賊かんもんそくぞく…… 敵の逃げ道を塞いで、包囲殲滅する。 


 今まで使った策が、次々に功を奏した。

 これが三十六計、その三十五だ。

 連環計れんかんのけい… 正面から戦うのではなく、いくつもの計略を連続して用いる。


 兵士たちは、城内に匿われた街の人々の歓声を浴びて凱旋した。

 それで感極まって絶叫していれば、世話はない。

「俺たちサイコー!」

「異世界召喚者さま万歳!」

「ディリア様、万歳だ!」

 もちろん、その中に、あの悪ガキたちがいたのは言うまでもない。

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