第24話 仮道伐虢《かどうばっかく》……相手を分断して、各個撃破します(前)
ダンジョンに潜りはしたが、実際に戦ったわけではないから、割と平穏な日々が続いたと言える。
確かに、僕は勤めていた学校からはおろか、現実世界からも追放されてしまった身だ。
だが、話の通じない悪ガキどもや明日をも知れない暮らしに比べれば、はるかに人間らしい生活を送っていた。
そんなとき、久々に見てしまったのは、あの夢だ。
〔カリヤ マコト レベル24 16歳 筋力39 知力59 器用度51 耐久度49 精神力48 魅力45〕
レベルが上がってしまった。
安楽な生活がここまで続くと、パラメータが上がってもあんまり嬉しくない。
使い道もないし、あるとすれば何かいざこざが起こったときだ。
その訪れを告げたのは、騎士団長オズワルのドラ声だ。
「異世界召喚者殿!」
やれやれ、だ。
僕は珍しく、仰々しいガウン姿に着替えると、王女ディリアの朝礼が開かれている城の大広間へと向かった。
ディリアはいつになく、深刻な顔で廷臣や貴族たちに告げた。
「ダンジョンを守る騎士団が、昨夜、モンスターに押し返されました」
オズワルが、面目なさそうにしょげかえる。
何でも、あのゴブリンだのオークだのといった
闇エルフのエドマの仕業だ。
また、「闇の通い路」を開いたのだろう。
ダンジョンの下の層から地上へ抜け出せる道を開く、一種の移動魔法だ。
シンセティックたちは、ここを通ってきたのだろう。
だが、分からないことがあった。
「いったん制圧した層は、見張りがいれば再びモンスターが下の層から上がってくることはないはずですが?」
オズワルは、大きな身体をますます小さくすくめる。
それを気の毒そうに眺め眺め、ディリアが事情を説明した。
「外の見張りの騎士から知らせを聞いた、第1層の騎士が持ち場を離れて立ち向かおうとしたのです」
多勢に無勢というやつだった。
さらにディリアは語る。
「見張りの騎士は下の層へ、下の層へと救援の騎士を呼びに行ったのですが……」
モンスターたちが撃退される様子はなく、しまいにはドワーフのドウニまで駆り出されたらしい。
それが騎士たちと共に街まで退却してくる羽目になるとは、モンスターたちの強さは相当のものだ。
騎士たちが持ち場を離れてしまえば、ダンジョンは上と下から元通りに蹂躙されるよりほかはない。
オズワルは、苦々しげな声でディリアに詫びた。
「我の不徳の致すところにございます」
しかたがありません、とディリアが慰める。
「今までとは違って、私たちの言葉が通じる、強力な統率者がいるようですから」
会話ができる程度に、高い知能を持つシンセティックだと……?
あの闇エルフのエドマが操る魔法には、果てというものがないのだろうか。
悔しげに黙り込んだオズワルに代わって、ディリアは報告を続けた。
「モンスターたちは二手に分かれていました。ダンジョンの外で騎士団を誘い出した者たちと、空になったダンジョンを奪い返した者たちです」
陽動をかけられたのだ。
この先、どこまで苦しめられるのかと思うと、ぞっとしないではいられなかった。
ディリアは最後に、忌々しげな声で報告を締めくくる。
「拙い言葉ではありますが、モンスターたちは騎士たちの後ろからこう言ったそうです……お疲れ様、と」
大広間の壁や天井を震わせるほどの声で、オズワルが怒りの咆哮を挙げた。
そのときだった。
大広間の扉が開いて、騎士団とは別の武装集団が入ってきた。
近衛兵団だ。
オズワルが怒鳴りつける。
「まだ終わっておらぬ……ディリア様の朝礼は!」
だが、そんなことを全く気にしない者が、この城の中にはひとりだけいる。
宰相リカルドだった。
「モンスターどもの申すとおり、もうお引き取りになった方がよろしいのでは? オズワル殿」
相変わらずの皮肉っぽさに、オズワルは今にも掴みかかりそうな勢いで怒鳴り返す。
「ならばダンジョンは誰が奪い返すのか!」
そこで一歩、進み出たのは見覚えのある男だった。
「異世界召喚者殿さえ力を貸してくだされば、あとは我々が」
近衛隊長だった。
確かに、「この世の者では破れぬダンジョン」に僕と共に潜るのが騎士団でなければならないというルールはない。
オズワルは言い返すこともできず、ただリカルドと近衛隊長を睨み据えるばかりだ。
リカルドはディリアに、慇懃無礼というのがふさわしい過剰なまでの丁寧さで申し入れる。
「モンスターとの戦いで、騎士団は傷つき、疲れ切っておりましょう。汚名を雪ぐために再びダンジョンへ潜れというのも酷な話。今後のことは、技量、気力、装備共に充実した近衛兵団にお任せになるのがよろしいかと存じます」
全くの正論だった。
ディリアを初めとして、この場にいる者には誰ひとりとして返す言葉がない。
オズワルは何か言いたそうにしていたが、もとより口下手なところへ持ってきて、ディリアが首を横に振ったのではどうにもならなかった。
それを一方的に無言の承諾と見なして、リカルドは大広間にいる一同に告げた。
「これより近衛兵団は、異世界召喚者殿と共に、この世の者では破れぬダンジョンへ向かう!」
だが、そこで頭の中に浮かんだイメージがあった。
三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回る。
僕はオズワルに告げた。
「宰相殿のおっしゃることは、まことにもっともです。ただ、支度の時間をいただけないでしょうか」
よろしい、と返事をしたのは近衛隊長だった。
出発は正午と定められ、この場は解散となった。
ディリアは、怒り狂って暴れだしかねないオズワルを帰して、僕と大広間に二人きりになった。
寂しげに告げる。
「カリヤがいれば、近衛兵団は無事にダンジョンを制圧できるでしょう。それは彼らを抱えたリカルドの誉となり、私と騎士団の権威は地に落ちます。それでも、国の民の安全を考えれば、已むを得ません」
ダンジョンとモンスターさえ抑えられるなら、誰に任せてもいいわけである。
それをオズワルと近衛兵団が成し遂げてしまえば、僕がここへ来る前に逆戻りだ。
その惨めな頃を思い出したのか、ディリアは哀しげに笑ってみせる。
だが、僕は別に、リカルドに押されて協力したのではなかった。
ダンジョンだけではなく、リカルドに対しても勝算があったのだ。
三十六計、その二十四。
「
そこで引き合いに出したのは、古代中国の故事だった。
……元の世界で僕の住んでいた島国と海ひとつ隔てた大陸には、昔、
その隣にはあった
ディリアは僕の話を黙って聞いていたが、やがて、不敵に笑いながら言った。
「では、カリヤの帰りを待つとしましょう」
僕には僕の策があるが、ディリアはディリアで、何か腹積もりがあるようだった。
この逸話の場合は敵を分断するのに贈り物を用いているが、モンスターどもやリカルドが目の色を変えそうなものはというと……。
今は、考えるのをやめにした。
帰りを信じて待ってくれる人がいる。
それだけで十分だった。
ディリアはさらに、僕を見つめて微笑みかける。
「そのときは、何を成し遂げたのか、お互い尋ねたり、答えたりするとしましょうか」
そのためには、何としてでもダンジョンを攻略して、生きて帰るつもりでいた。
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