第27話 精神操術

 その秘術を精神操術マインドクラフトとマスターは呼ぶ。

 

 言葉の通り精神を操る力になるが、希の場合、異世界に干渉する時、ホストの自我に抵抗され強引に思考同調を試みると、ホストの精神を傷付ける可能性がある。だから希の干渉を気づかせずに、ホストに自分の意思だと思い込ませる術を学ぶという。

 

 その他にも記憶を書き換える術、強制的に催眠状態に落とす術、自分の存在や気配を消す術、心理的抵抗を無くす術、自分の精神を保護する術など多岐にわたって習得した。そのために希は「獅子の泉」でマスターと共に長い年月を過ごした。精神世界では睡眠も食事も必要なく時間の流れも感じない。ただひたすら精神力の鍛錬と術の精度を研磨した。

 

 マスターは〈探求者〉だった。

 精神世界の最深部にある原初の風景を目指していた。

 それは宇宙の開闢から終焉までの全ての知識を得ることに等しい。

 希はマスターの探求がどれだけ途方もない行為かを理解することができた。


〝私は私の探求を続けることでしか存在し得ない。人類の存亡やΦファージの脅威などとは無縁の存在なのだ〟

 

 マスターは自分のことをそう述べる。


〝ではなぜ私に秘術を伝授してくださったのですか?〟


〝それが私の探求にも必要だったからだ。弊害を取り除く必要があった〟


〝弊害?〟


 希にはマスターがほぼ全知全能の存在なのではないかと思えていたので、そのマスターに弊害があるなどとは思いも寄らなかった。


〝以前伝えたように私も歯車の一つでしかない。私が原初の風景に辿り着くことができた時、お前は私を通して同じ光景を目にするだろう。それは必要な工程の一つなのだ。だがその為にはお前を助けねばならなかった。私の弊害を取り除くことができる者、それがお前だからだ〟


〝私は何をすれば?〟


〝私がお前に何かを強いることはない。お前はこれから自らの意思でそれを果たす。お前はお前の望むままに生きればよい〟

 

(私とマスターは相関関係にあるということだろうか。私が世界を取り戻すことが、結果的にマスターの探求を達成に導く。マスターだけじゃない。私とナギの世界も全て繋がっている。私たちは運命を織り成す糸のように複雑にみ込まれ、揺らぎながら並在へいざいしている)

 

 希はマスター対峙しながら、思考を逡巡させていた。

 

(この重ね合わせである干渉可能コヒーレンスの時間を維持しなければ、破滅を運命付けられた決定論的世界に収束してしまう。強毒化してホモ・ファージに進化する人類が存在しない世界を実現させなければ)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る