第25話 黒い影

 のぞみはすっとまぶたを開いた。


 デスクの上の時計を見ると時刻は午前二時四十一分。

 一度覚醒すれば精神力はリフレッシュされる。

 希は先程の世界との結び付きを解いて、また精神世界に潜ろうか迷う。

 成長して演習に参加できるようになったナギがホストでなければ自分の過去の世界を観測することはできない。朝の一限の講義までには何回か潜る余裕がある。

 希は時間の許す限りやってみることした。

 

 そのままベッドで軽く瞼を閉じて、瞑想を始めた。すぐに両足に浮遊感を感じ、身体が後転する。そのままベッドと床を突き抜けて暗闇の世界へと落ちていった。

 ナギの世界に狙いを付けて猛スピードで落下していく。すぐに一つ目のグリッドに到達した。グリッドの色が青色になっている。色の違いが何を意味するのかは希には分からないが、空間に歪みを生じさせグリッド面に穴を開ける。落下速度を落とすことなく、奥の空間へと進入していく。

 

 その時、この暗闇の空間で希に干渉してくる存在があった。それは、希よりはるかに速いスピードで追い付いてくる。暗闇の世界にノイズが走る。その存在は希に追いつくとスピードを合わせて並落し始めた。希は横に視線を向けた。

 それは巨大な黒い影のようで、四肢しきが長く指は七本ある。悪魔を連想させるシルエットに、シロオリックスのような長く鋭い角が頭部に生えている。

 

(何者だろうか。興味深い)


〝あなたは何者ですか?〟


 希は黒い影に問いかけた。反響して聞き取りにくい声が希の意識に直に響く。

 そして、その言葉が何を意味するのかもはっきりと理解できた。


〝私は私だ。何者でもない。私に付いて来なさい〟


 黒い影は暗闇の空間に亀裂を生じさせあなを開けた。何もない空間が突如として渦状に歪み、プラズマを発生させながら孔は瞬く間に広がり、二メートル程の大きさとなった。黒い影は無言でその孔の中へと入っていった。希も誘導されそれに続く。

 

 そこには幻想的な光景が広がっていた。青い鳳蝶あげはちょうがひらひらと舞う庭園、満ち溢れる色鮮やかな花々、甘い蜜の香り。正面には泉があり、白大理石の獅子の口から澄んだ水が溢れ出ていた。白く透き通った衣をまとった美しいニンフ達が歌を歌いながらその水辺でたわむれれている。

 希の前には恐らく先程まで黒い影だった存在が顕現けんげんした姿であろう黒髪の青年が立っていた。日本人のような赤みがかった黒ではなく、純黒の黒髪だった。

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