第16話 ナギの記憶

 ホモ・サピエンスはΦファージの脅威によって大半が滅んだ。

 

 地球は新たに惑星の支配者となったホモ・ファージに適した環境に改変され、Φ自体も進化し地球環境に適応していった。

 生き残った一握りの人類は、Φに対して強い抗体を持ち"ホモ・トランセンダ"として次の段階へと進化を果たした。

 ナギはその頂点に君臨する謡女うための最終候補者の一人。

 最終候補者は「教養」「所作」「素質」「品格」「献身」「実技」「投票」という八つの適性審査を受ける。だが審査の前には気が遠くなるほどの演習をする。 


 のぞみはナギの記憶を通して〈弥終いやはてともがら〉の情報が手に入る。

 そして、これからナギとセツナとリオの三人が演習が実施ようとしている。

 奥の院の本殿では三人それぞれに一人の指導員の女官がついた。

 ナギははかますそひざまでまくり上げられると、右脚みぎあしすねに赤茶けた薄い墨汁のような液体を刷毛はけで塗られた。そして指導員の女官が瞼を閉じ、軽く口を開きなにかを唱えるような仕草をした。

 

 その瞬間にナギと、意識共有している希の視界の景色も飛んだ。



「希さん?」

 

 落ち着いた女性の澄んだ声が聞こえた。私はいまミツルギノゾミになっている。

 そして今回はナギである自分の自我も併存できている!

 ナギ:希はゆっくり瞼を開いた。


 そう、ここは確か日下部くさかべという名の診療師だ。木目調で統一された内装と室内装具。ゆったりとした長寝椅子に机。間違いない。


「先生、すみません、大丈夫です」


「一時的に完全に異世界へ行かれていたようね。ここが何処だかわかりますか?」


「はい、先生。いつものカウンセリングルームです。私は大丈夫です」


「そうですか」

 

 日下部の表情はほとんど変わらない。そして思考も読めない。美しく凛々りりしい女性だが不気味だ。


「では念のためにお聞きしますが、今のあなたはどなた?」

 

 この質問、どういう意味なのだろうか? まさか私の存在に勘付いている?


「私は神劔みつるぎのぞみです」


「わかりました」

 

 日下部の目はナギ:希をとらえて離さない。なぜか身体の筋肉を動かすことができない。

 ナギ:希は静かに瞼を閉じた。

 眼球を動かし、その向きにより光量に差があることを確認する。当然正面を向けば瞼越しでも明るさを感じ、上下左右と動かせば暗くなる。だが何度か眼球運動を繰り返すと正面の向きでも暗いままの状態になる。その状態を確認して瞼を開ける。

 

 すると身体が動かせるようになって、感覚をこちらに戻すことができた。

 あるいは日下部のじゅつから解き放たれたのかもしれない。

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