第28話

 とはいえ囲みが思ったよりも厚い。突破に時間がかかればそれだけ天魔の数が増えてしまう、か……。


「ギャアアア!」


 一瞬迷いが生じた僕の目の前で、突然一体の天魔がその身体を斬り裂かれて倒れた。

 いったい何が、と思ったのも束の間。聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「助太刀いたします」


 姿を現した人物に僕やサーラだけではなく、天魔たちも視線を集中させる。そこに立っていたのは緑色の髪を肩口まで伸ばした長身の女性。今しがた斬り裂いたばかりの天魔を横目に、地面すれすれの長い裾を揺らしながら前に進み出てくる。


「え、誰?」


 サーラは当然初対面だからわからないだろう。だけど僕はその人物がただ者ではないことを知っている。どこからどう見ても人間の女性にしか見えないが、その正体は序列九位の天魔――クオンだ。


「おふたりは先へ! ここはそれがしにお任せを!」


 その手には僕が持っているのと同じような形をした片刃の剣が握られていた。隙を見せている天魔を次々に斬り倒し、流れるような動きで周囲に死をふりまいている。序列九位というのもあながちデタラメじゃなさそうだ。


 戦うな、逃げろと言っていたわりにはこうして手を貸してくれるんだな。僕が天魔王の生まれ変わりで彼女にとっては仕えるべき主だからか? 何というか、律儀なやつだ。


「サーラ、行くぞ!」


「えっ!? でも……!」


 クオンのことなど知らないサーラは戸惑いを見せるが、せっかくクオンが作ってくれたチャンスを無駄にはできない。


「今は気にするな、囲みを抜けるぞ!」


「あ、うん」


 クオンが暴れているおかげで囲みの一角に乱れが生じている。式装を手にして僕はそこへ突っ込んだ。豹型天魔を斬り伏せ、大蛇型天魔の頭部を踏み砕き、その生死を確認もせず前だけを見て進む。当然のようにサーラがそのあとに続いた。


 やがて見えてきたひときわ目立つ一団。その先頭に立つ見覚えのある天魔に僕は勝利を確信する。ローブのような裾の長い衣服に白髪。町で見かけても何の違和感も抱かないであろうその外見に反して、中身は人類の天敵だ。


紫炎しえんのマドリック】


 序列三位の天魔がそこにいた。


 駆け寄る勢いそのままに挨拶代わりの一撃を振るう。

 式装の刀が淡く光る赤い残像をまといながらマドリックの身体へ向かうが、さすがに真正面からの一撃が簡単に届くわけもない。紫炎をまとった片腕が刀を弾いた。


「なんて硬さだ!」


 まるで金属の塊へ斬りかかったかのような衝撃が僕の腕を震わせる。見た目は炎にもかかわらず物理的な抵抗を感じるということは、目に映ったままを信じると手痛いしっぺ返しを受けそうだ。


 僕に続いてサーラが飛び込んでいった。両刃剣を振り下ろしてマドリックの脳天に一撃を加えようとするが、あっさりとそれをかわされて逆にカウンターを受けそうになる。


 炎が首をもたげた蛇のようにサーラを狙う。しかしその鎌首が地面を穿ったときにはサーラの姿も消えた後だ。天則式で強化しているのもあるけど、サーラもずいぶんと人外じみた動きをするようになってきた。


「サーラ、見た目に騙されるな! あの炎、硬いぞ!」


 距離を取って仕切り直そうとするサーラへ注意を促しつつ、僕も次の一手を繰り出すため間合いをはかる。


「ほう、元気の良い人間がやってきたと聞いたが、お前たちのことだったか。まさかここまで斬り込んでくるとはな。人間にしては大したものだ」


 余裕の表情でマドリックが言い放つ。その腕にまとっていた紫色の炎が形を変え、細長い槍のような形状となる。


「しかし相手が悪かったな。多少腕が立つからと言って、人間ごときがこの私に勝てると思ってか!」


 紫炎の槍が伸び、驚異的な速度で向かって来た。

 式装で弾くのが難しいと判断した僕は横へ転がってそれをかわす。


「甘い!」


 かわしたはずの槍が半円を描くように曲がり、その切っ先が僕の背後を襲う。


「どっちが!」


 僕はそれをかわすよりも前へ出ることを優先した。天則式で強化した脚力は地面をえぐりながらも僕の身体を瞬時にトップスピードへ引き上げ、紫炎槍の切っ先が届くより早くマドリックの懐へ飛び込む。


「そう来たか!」


 マドリックが驚き半分感心半分といった顔を見せる。


「天則式・玄武!」


「その手は食わんよ!」


 伸ばした左手が届く寸前にマドリックの身体が消える。いや、瞬時に横へスライドして僕の視界から消えていた。


「器用なことを!」


 どうやら先ほど伸ばした紫炎槍の切っ先を地面に突き刺し、そこを基点にして身体の方を逆に引き寄せたらしい。気が付けばマドリックの身体は僕の刀が届かないところへと移動していた。


 意識をそちらへ持っていかれたのも数瞬のこと。背後から近付く気配に振り向けば下級天魔が二体襲いかかって来ていた。すぐさま僕は体勢を整えて式装で迎撃する。

 振り抜いた刀が一体の天魔を斬り裂く。空いたもう片方の手で天則式を発動して残る一体を屠ると、今度は横から人型の上級天魔が襲いかかってきた。


「わかっちゃいたけど多いな!」


 上級天魔の振り下ろす曲刀を刀で弾き飛ばし、その胸に天則式を叩き込む。これで一体仕留めることができたが、どうしてもその瞬間だけは僕の動きも止まってしまう。


「人間ゴトキガァ!」


 別の上級天魔が好機とばかりに僕目がけて飛びかかってきた。


「お兄ちゃん!」


 その上級天魔と僕の間にサーラが割り込む。目にも止まらぬスピードで振り抜かれた両刃剣が上級天魔の身体を断ち切った。


「雑魚は任せて!」


 いや。今しがたあっけなく斬り捨てた相手って、並の天則式者じゃ数人でかからないと倒せない強敵のはずなんだけどね。まあ背中を預ける相手が強いのは良いことだ。


「頼む!」


 僕の力はまだマドリックよりも上だと思うけど、さすがに何体もの上級天魔を相手しながらでは自由に動きにくい。後ろをサーラが守ってくれるなら助かる。


「ははっ、もう息切れか!?」


 挑発と共にマドリックの右手から伸びた紫炎の槍が一直線に伸びてくる。最初こそその速度に脅威を感じたものの、こう何度も見ていればいい加減目も慣れてきた。


「天則式・朱雀!」


 式装を強化するための天則式を改めて発動する。今度はさっきよりも強い力を込めて。

 以前使っていた式装では耐えきれなかったけど、ラウフさんからもらったこの刀はまだまだ限界が見えない。力一杯強化しても十分耐えられるだろう。

 刀身がまぶしいくらいに輝き、僕の周囲が式装から放たれる赤い光で照らされた。


「はああああっ!」


 真っ直ぐ向かってくるその軌道を予測して全力で刀を振り抜く。

 赤い刃がマドリックの放った紫炎を一刀のもとに断ち切った。


「ほう! これを斬るか小僧!」


 断ち切った瞬間、空気を断たれた炎のように槍が掻き消える。


「ならばこれはどうだ!」


 代わりに繰り出されたのは鞭の形をした紫炎。マドリックが腕を振るうとその動きにあわせて紫炎が踊る。

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