第66話 急性アルコール中毒

 当直帯で悩ましい病態の一つが、この急性アルコール中毒である。これはいろいろな点で落とし穴がいくつもあり、可能であれば高次医療機関で見てほしい病態である。理由はいくつもあるが、まず一つは、アルコールが入っているとみんな「飲みすぎ」と考えてしまうので、重症の疾患を見逃してしまう可能性が高い、ということである。


 これは教科書に載っていた症例だが、とある宴会で

 「課長がトイレで酔いつぶれてしまった」

 との主訴で救急病院に救急搬送。一緒についてきた職場の部下の話では、その課長が飲んだのは、ビール中ジョッキ1杯程度で、普段ならこの人はケロッとしている、飲んだうちに入らないほどの量であった、との話であった。不自然に感じた救急医が頭部CTを取ると、典型的なクモ膜下出血であり、Hunt&Kosnikの基準でも意識がないので手術適応ではなく、そのまま亡くなられたという症例を記憶している。


 これを、最初の触れ込み通りに

 「飲んで、酔いつぶれてしまった」

 として、点滴をして経過観察していると、患者さんが亡くなった時に大問題となる。なので、酔いつぶれているのか、何かおかしなことが起こって意識障害となっているのか、判断するのが難しい。九田記念病院にいたときは、血液検査も、浸透圧ギャップでアルコール量を類推し、推測されるアルコール量と症状が一致するかどうかを確認していた。また血液ガス分析や頭部CTの評価も行なっていた。


 また、それなりの量のお酒を飲んで救急外来に来る人は、基本的には問診などのコミュニケーションは成り立たず、身体診察を行なっても所見があてにならない。それどころかこちらに絡んでくることもしばしばであり、そういう点でも診察がしづらいのである。


 なので、必然的に検査に頼らざるを得ない。という点で、検査能力の低い診療所では(可能な限り)見たくない疾患なのであるが、とある日の深夜、事務課長が、

 「知り合いを見てほしい」

 とのことで酔いつぶれた男性を連れてきたことがあった。診療所スタッフがここに連れてきているので、いかんともしがたい。

 

 問診を取ろうとしても、意識レベルは著明に低下しており、お話もままならない。嘔気はないようだが、それ以上のことはわからない。とりあえず、頭蓋内疾患は除外しようと思い、CTの機械を立ち上げ、頭部CTを撮影した(スタッフが連れてきた患者さんだから特別に)。頭蓋内には明らかな病変はなく、それはよかった。頭蓋内疾患の除外を行ない、後は点滴を1本行ない、吐物をのどに詰めないように、と注意して、帰宅としたが、正直なところ、「勘弁してよ」と思っていた。


 それはその1回こっきりで、その後そのような人をスタッフが連れてくることはなかったのは助かる。


 実は、酔っぱらいは「疾患を見逃さない」ということでは極めて難しく、悩ましい病態である。


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