第64話 それって、脊髄損傷じゃないですか?

 とある当直の日、未明の4時前、源先生の訪問診療中の患者さんがご自宅で転倒、その後動けなくなった、とのことでご家族に連れられて来院された。


 患者さんは80代後半の女性、意識はしっかりしており、こちらの質問に適切に答えてくれる。ご本人に聞くと、なんとなく手足の感覚が鈍く、力が入りにくいとのこと。自己解釈モデルとしては、睡眠薬がまだ効いているのかなぁ、と思っておられるとのことだった。


 深部腱反射は両上肢、両下肢とも反射は見られず。筋力はMMTで3程度であったが、もともとサルコペニアで筋力がなく、直近に当診に入院しておられたが、立位、歩行も不安定な方であった。なので、もともとの筋力がその程度なのか、転倒後、筋力低下が進行したのか、非常に判断が難しかった。


 頭部には明らかな外傷はなく、嘔気などはなく、血圧の上昇や徐脈などのCushing兆候もなかったので、深夜にCTを撮影する必要は低いと考えた。


 受傷機転から考えると、転倒で頚部に強い力がかかり、軽度の頚髄損傷が起きた、というのが最も可能性が高いと思ったが、ご本人の言う通り、睡眠薬の効きすぎ、と言われても否定する所見がない。急性の脊髄損傷では腱反射は消失するので、腱反射では診断ができなかった。


 主治医の源先生は早朝から仕事を始められるので、6時ころにはお見えになる。それまで点滴路を確保し、経過観察とした。6時ころに源先生が来られ、患者さんの経過を説明、一緒にご本人を診察したが、ご本人は

 「手足の違和感もましになってきました」

 と言われた。源先生は、

 「念のため、入院しましょうか」

 ということで入院となった。しかし、入院したからと言って、何ができるわけではない。本当は、朝一番で、脊髄損傷の評価のため、MRIを取るべきだと思ったのだが、主治医がそうする、ということであれば、私の出る幕ではない。


 患者さんは数日入院したが、リハビリのスタッフに診てもらうとやはり、直近の筋力より筋力低下が目立つとのこと。数日たっても立位を取れないことから、睡眠薬効きすぎ説は否定された。来院時に私が脊髄損傷の可能性をご家族に伝えていたので、ご家族から源先生に頚椎のMRI評価の希望が伝えられ、検査のための受診を段取りされ、近隣の病院でMRI評価、やはり頚髄に損傷を疑う陰影があり、頚椎損傷との診断だった。


 治療としてはリハビリを行なう以外にはないので、リハビリを頑張られ、1ヶ月ほどで退院されたが、やはりADLは低下してしまった。


 診断を考えるうえで、病歴はやはり大事だなぁ、と改めて思った次第である。


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