第51話 年を取ってきたのか、訓練のたまものなのか?

 よく言われることであるが、「若いころは眠い」ものであるという。誰のエッセイだったか忘れたが、

 「学生時代は寝坊して遅刻ばかりしていたやつが、60歳を過ぎて同窓会で久しぶりに会ったところ、『眠れない』と悩んで睡眠薬をもらっている」

 という文章を読んだことがある。私自身は、幼稚園や小学校のころはあまり眠らない子供だった。昼寝をすると、起きたときにひどい頭痛がするので昼寝が嫌いだったこと(今考えると、ひどい扁桃肥大を持っていたので、眠ると低換気になり、高CO2血症で脳血管が拡張し、頭痛を起こしていたのかもしれない)、小学校に入っても、なかなか寝付けないたちだったので、枕元にラジオを置いて、眠れるまでラジオを聞きながらゴロゴロしていた。そのおかげで、当時の深夜ラジオには詳しくなったのだが。


 眠れるようになったのは高校生くらいからだろうか?


 きわめて悪性度の高い「数式を見ると眠たくなってしまう症候群」に罹患してしまい、数学の授業が始まったとたんに深い眠りに引き込まれてしまうようになった。母校は進学校ではあったが、のんきで自由な校風で、個性的な先生がたくさんおられたが、高校1,2年生の担任だった数学の先生も独特の雰囲気だった。授業では、その日の日付と関連のある出席番号の生徒に質問をしていくのだが、ちょうど私が指名されたときに、ぐっすりと眠っていて先生の呼びかけに気づかず、かすかに意識を取り戻しているまどろみの中で、

 「保谷、保谷。あぁ、寝てるなぁ。ほんなら次の人ね」

 と言う先生の声を聞いたような記憶がある。それだけのどかな校風だった。


 あの頃が眠気の頂点だっただろうか?大学に進学すると、バイトやらなんやらで夜遅くなることも多く、時には深夜のバイト(某運送会社が所有する、空港そばの物流センターで、深夜に集荷されてきた荷物の行き先を確認し、それぞれ適切な行き先の飛行機用コンテナに積める仕事)などもしたことがある。

クリスマスイブの夜の仕事は、まさしくホワイトクリスマスで、大阪ではめったに降らない雪が降っていた。その中で、午前1時、2時ころにワッショイワッショイとたくさんの荷物を、たくさんのコンテナに積み替え、午前3時に仕事が終わり、降っては道路で溶けていく雪を眺めながら、暖かく幸せに過ごしているであろうたくさんのカップルに対して、訳もなく

 「アホーっ!」

 と嫉妬と怒りと、風の冷たさに震えながら、自宅までバイクで駆け抜けたことも覚えている。


 閑話休題。大学4年生から博士課程1年までの約4年間、診療所で事務当直のバイトをしていたが、バイトの時は日付変更線を超えてから当直用のベッドを出し、それでも夜中に数回、患者さんが来院して事務の仕事をするために起こされた。そして、午前5時からお掃除のおばちゃんが来るのでそれまでに入り口を開錠して、その後は門番、という形で起きていないといけなかった。なので、やはり当直明けは眠かった。研究室で、マイクロチューブとマイクロピペットを持ちながら、半分意識が飛んだ状態で実験をしていたことを覚えている。それでも、私の深夜の寝起きはよかった方である。電話を受けて、当直の先生に電話、

 「来てもらって」

 という返事をもらって患者さんが来院されたのに、今度は先生に電話しても起きてこない。

 「今から行く~」

 と返事をもらって、実は2度寝していて、15分ほど経ってもう一度先生を起こす羽目になることは時々だった。たいていそういう先生は若い先生だった。


 幸運にも医学部に再入学ができ、医学生生活はそれほど眠れない、とか眠たい、ということに困ることはなかった。ただ、臨床実習で

「第二内科は8時集合」

とか、

「麻酔科は7時半集合」

などと聞くと、

「厳しいなぁ」

と思ったのは確かだった(大学の普通の授業は始業が9時からなので)。


 そして医師になり、初期研修、後期研修と経て、子供ができたことも影響しているのか、どんどん起床時間は早くなっていった。今は、仕事の日は、AM6時に起床だが、夏の間は5時過ぎには目が覚めている(明るいから)。冬はさすがに布団が恋しいのだが、それでも6時には起床している。職場には7時ころに着いて、9時の始業までに患者さん全員を回診し、カルテを書いて指示を出し、それから通常の業務を行なっている。


このような生活が苦にならなくなったのは、年を取って睡眠時間が短くなったせいなのか、研修医からこちらの訓練のたまものなのか、どちらなのだろうか?


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