第22話 早く助けを!

(そんなに変なことじゃありません。俺が何とかして時間を稼ぐので、シャロンさんも結界の破壊に回って欲しいんです。)


(何を言っているのです。あなた一人でレスターナの攻撃は対処できないでしょう。私が抜ければジークまで攻撃が通ってしまいます。)


(そこは何とかします。今は何よりもここから早くジークを逃がす必要があるんです。)


(何を言って・・・。)


(先程レスターナさんは「私たちは」と口にしました。こちらを惑わせる目的なのかもしれませんが、単純に言葉通りで受け止めれば、レスターナさんの仲間がいるということになります。もう既に外で待機しているのか、まだこちらに向かっている最中なのか、逃げられた時を考慮して待ち構えているのか。最悪を考えればキリがありませんが、とにかくまずはジークを逃がす必要があります。そして相手に仲間がいることを考えて、今いるこちらの最高戦力であるシャロンさんはジークの護衛で同行する必要もあります。)


(それは・・・同意しますが。ですが現実問題として難しいのではなくて?)


(俺が身体強化、速度魔法を全力で使えば、恐らく時間を稼げます。ただ、その時点で俺はもう後戻りできない程の反動が蓄積します。最期まで解除できません。そのままここでレスターナさんの足止めをします。シャロンさんへの頼みというのは、そのままジークを連れて助けを呼びに行って欲しいんです。ジークを何とか納得させて。)


(・・・ジークはあなたを置いていくことに納得しないでしょう。無理を言わないで下さい。)


(ですが、それができなければジークは捕まります。そこは何とか説得して下さい。)


(はぁ・・・。説得はこちらに丸投げ。ジークに嫌われるかもしれないというのに。)


(分かっているとは思いますけど、途中で会う人は信用しないでください。)


(分かっています。そうですね・・・、もし誰かに会ったらこの場所にあなたを助けに来るよう伝えます。レスターナとあなたが戦っている場所に、レスターナの仲間が向かうことは無いでしょう。レスターナ一人で十分なのですから。理由を付けて私たちについて来ようとするはずです。)


(そうでないのなら龍仙秘境の面子もありますから、俺の救援に向かうはず、ですか。いいですね。それで、ここまで話したので聞く必要は無いと思いますが、俺の話に乗りますか?)


(・・・わかりました。あなたの懸念が当たれば私たちは終わりですから、今回は引き受けてあげます。ですが、次からはもう引き受けませんよ。)




 シャロンはジークを抱えて走り、ちょうど向かってきた魔物を風刃で斬り飛ばしながら、先程カインと交わしていた念話を思い出していた。


 結界の外に出て少しすると、龍仙秘境にいるはずのない大量の魔物に襲われ、驚きながらもこれに対処した。龍仙秘境のあちこちから火の手が上がり煙が立ち昇っているのが目に入る。


 外部からではなく内部から襲撃を受けている。カインの予想が当たっていたと表情を険しいものにしたシャロンの腕の中では未だにジークが暴れていた。


「放してください、シャロンさん!カインさんを見捨てて、どういうつもりですか!?」


「落ち着きなさい。彼も覚悟の上です。そしてまだ生き残ることも諦めていません。彼の覚悟に応えた上で助けたいのなら、一刻も早く他の人にレスターナの裏切りを伝え、助けを求めなければならないのです。」


 ジークは抱えられながら暴れて抗議しているが、それも本気ではない。彼も理解はしているのだ。ここで本当に戻ってしまえば、カインの行動が無駄になると。


 それでも、子供故の潔癖さで納得できないまま抗議を続けてしまっているのは仕方のないことでもあった。


 そして、そんなジークの内心のもどかしさをシャロンも理解していた。


「私は彼と話をしました。最善では無かったのかもしれませんが、得られる情報から今の現状を見るに私は最善だと思っています。これを本当の意味で最善にするには救助を求め彼が生き残ること。つまり、鍵になるのはあなたです、ジーク。あなたの速さならば誰よりも早く救援を呼ぶことができるのです。今は不満を呑み込み、自分がするべきことを考えなさい。」


 シャロンがそう諭すと、ジークは悔しそうに歯噛みをする。


 そして何も言わずシャロンが一度止まりジークを降ろすと、ジークはシャロンの手を取って”雷装”を纏い飛び出した。


 人が確実にいるであろう場所――宿泊施設や龍族の街から絶妙に離れていたので、ジークの速さを以てしても少し時間がかかってしまう。


 更に道中の魔物が厄介だった。


 大抵の魔物はジークの速さについていくことができないが、稀に反応して攻撃までしてくる個体がいる。


 上位種の魔物であれば十分あり得ることだが、そんなジークの速さに反応できる上位種に遭遇する回数が多く、何度か攻撃を避け切れず迂回を余儀なくされ余計な時間を食わされたことにジークは焦りを募らせた。


 魔物が多いのも当然のことであった。レスターナは襲撃ポイントに結界魔法の補助魔道具を用意していた。つまりそこから宿泊施設など人がいる場所までの最短ルートを割り出すことも容易であり、事前に足止めできるレベルの魔物を仕込むことができたのである。


 そして魔物は足止めだけが目的ではない。魔物の攻撃は更なる厄介を呼び寄せる鐘でもあった。


「ジーク、シャロン!大丈夫ですか!?」


 現れたのは龍族の女性。


 かけられた言葉はジークとシャロンを心配してのもの。


 しかし魔物が集中しているこの場に現れるまで、一切の戦闘音がしなかった。そして今現在も魔物は彼女を無視してジーク達ばかりに向かって来る。


 シャロンの判断は一瞬だった。


「ジーク!振り切ってください!彼女は敵です!」


 シャロンは思わず足を止めたジークに声を張り上げると同時に風魔法で魔物を強引に女性の方に吹き飛ばす。


 ジークはシャロンの語気の強さに釣られて反射的に開いた包囲網の外へと飛び出す。


 魔物を押し付けられる形になった女性は魔法でジークを捕えようとするが、魔物が壁となった一瞬でジークは既に射程の外に逃れ、魔法は見当違いの方向へ飛んでいく。


 そして魔法が向けられたことを察知したジークは冷や汗をかいていた。


「どうして彼女が敵だってわかったんです!?」


「こんなに魔物が多いところで彼女は襲われることなく近づいてきたのです!それよりも気を付けなさい!彼女だけとは限りませんよ!」


 その言葉を聞いたわけではないだろうが、進路の先に新たに二人の龍族女性が姿を現す。最早敵意を隠すことなく、彼女たちはジークに向けて魔法を放った。


「まったく!味方の振りをしてきた相手の見破り方まで考えていたというのに、その必要もありませんでしたね!」


 動きを読まれていたジークが足を止めると、シャロンが飛んできた魔法を防ぐ。


 実力的にはシャロンよりも少し劣る三人だが、数で抑え込もうと連携してくる。


「ジーク!彼女たちの狙いはあなたです!いいですか、私が一瞬の隙を作るので何とかして突破して下さい!その後は一切振り返らずそのまま進みなさい!」


「待って下さい!まさかシャロンさんも足止めを!?ダメです!もうすぐ後ろからさっきの人も追いついてきます!これ以上相手の数が増えればシャロンさんも・・・!」


「私はあなたのために命を懸ける覚悟はできています!そしてあなたが必ず助けを呼んで来てくれると信じることも!あの男にできて私にできないはずがありません!」


 こんなところで張り合うのかと思わず呆気に取られたジークを他所に、シャロンは魔力を込めて巨大な竜巻を放つ。


 横に伸びていく形で放たれた竜巻は風刃も混ざっており、足止めしていた龍族の女性たちもたまらず道を譲る。


 彼女たちはどうせ道を開けてもそこを塞ぐ形で竜巻があるので抜けられることは無いと楽観していたが、竜巻の中心はむしろ穏やかな状態になっている。


 ジークはシャロンを置いていくことに少しの躊躇を見せたが、すぐに竜巻に向けて飛び出した。その姿を見て竜巻の中心が無害であると女性たちが気付くがもう遅い。


 ”雷装”を纏ったジークが一気に通り過ぎると、ジークと女性たちを隔てるようにいくつもの竜巻が立ち昇り追撃を妨げる。


「行かせませんよ。せめてジークが追いつかれないところに逃げるまでは。」


 そんなシャロンの覚悟を込めた声を後方に置いて、ジークはひたすら全力で駆け続ける。


 今朝はこんなことになるとは思っていなかった。ひたすらにジークの頭の中で後悔が繰り返し浮かんでくる。


 自分なりの考えでカインを元気付けられたらと思って、訓練を抜けてまでついて来てもらった。今思えば、それがレスターナ達にとって絶好の機会となったのだろう。


 警戒するべきだった。もしセントヘリアルへ行くようになれば、これまでの方法で龍族を勧誘、誘拐することはできなくなる。ならば、ジークを狙って最後の足掻きとして大規模な騒動を起こすことは想像できたはずだ。


 ジークのただ感情だけが先走った杜撰な計画が、レスターナ達の最後の足搔きを勝算の高い計画に変えてしまった。


 結果としてそれは阻止されたが、その代償として今、ジークは一人だけになっている。


 急いで助けを。そんな風に気が逸っていたせいで、周囲の警戒が疎かになっていた。


「・・・がっ!?」


 突如として横合いから何かにぶつかられた。


 レスターナが準備した魔物の内、的確にジークを狙うことができる魔物は少ないながらも全てがジークの予想進路に配置されていた。


 その中でも最も最悪の相手、ジークの速さに反応できるだけでなく、追いつくことができる速さを持つ魔物がジークの前に立ちはだかる。


「雷竜インドラ・・・!こんなものまで用意していたんですか!」


 竜種の魔物の内でも小さい体躯のその魔物は、それでも他の竜種に劣らない脅威度を誇る。その最たる理由が速さである。


――バチバチッ!


 体から放電したかと思えば、次の瞬間にはジークが視認できない程の速さで突撃してくる。ジークの”雷装”と同じような魔法を使えるのだ。


 咄嗟に”雷装”を纏って飛び退いたジークはそのまま雷竜を無視しようとするが。


「・・・ぐっ!?」


 背後に通り過ぎたはずの雷龍が、追いついてきて再び横から体当たりしてきて、ジークは地面を何度もバウンドし吹き飛ばされる。


 雷竜インドラの速さはジークの”雷装”を凌駕していた。一度捕捉されれば、まともに逃げ出すことは許されない。


 その上。


「・・・ゲホッ、ゲホッ!」


 二度にわたる体当たりの衝撃は、ジークの体に無視できない程のダメージを与えていた。高速で飛んでくる頑丈な質量体は、それだけで凶悪な武器となる。二度も直撃を受けてまだ生きているジークは、龍族の面目躍如といったところか。


 雷竜も体当たりでまだ生きているジークを警戒しているのか、接近することばく口元に魔力が集まり始める。


「・・・まずっ。」


 雷の閃光で目が眩み、一瞬後にはジークの体を強力な雷が蹂躙した。


「がああああああぁぁぁぁぁあ!?」


 ジークの絶叫がしばらく続き、その後周囲も巻き込んで爆発する。


 咄嗟に周りに魔力障壁を張り、体にも雷を纏ったが、雷竜のブレスは容易くそれらの防御を貫いた。


 ジークは何とか体勢を整えようとするが体は痙攣を起こして思う様に動かず、それどころかまるで誤作動を起こしているかのように不自然に手足が反ったり曲がったりを繰り返す。


 強力な雷魔法は威力だけでなく、こうした後に残る体の不自由を相手に押し付ける。ジークは雷系統の龍族なので雷には耐性を持っていたが、ダメージが抑えられた分、こうした体の誤作動の方がとりわけ目立つ。


 対処法は体に残る雷竜の魔力を別の魔力で押し流すことである。だが、相応の勢いが無ければ押し流すことはできず、雷竜は竜種だけあって魔力も強い。


 ジークが解除に手古摺っている間に雷竜は再びブレスを叩きこむ。


 何度も、何度も。強者故の驕りと嗜虐心で、ジークの心が折れるまで。


 吹き飛ばされて地面を転がりながら、出来の悪いマリオネットのように手足が異常動作を繰り返すジークは自分の不甲斐なさに涙を流していた。


 自分が助けを呼べるかどうかで、カインとシャロンの生存が決まる。今こうして地面に無様に転がっている間にも彼らがやられてしまっているかもしれない。そんな悪い考えが頭をよぎり、早く助けを呼びに行けと心だけは叫び続け、実際には体が思うように動かず一方的にやられている始末。


 どれほどその時間が続いただろう。過ぎた時間が分からなくなるほど繰り返し雷の衝撃に襲われ続け、何とか自信を蝕む魔力を排除しようと魔力を消費し続け、魔力も心許なくなってくる。焦りから成果が出ることがない無意味なことを繰り返してしまっているのだ。


 そして――。


「あら。追いついたわね。」


「雷竜に見つかっていたみたいです。この子は今回の作戦に投入した魔物の中でも最も性格が悪いですから、運が悪かったですね。」


 シャロンが足止めしていた女性たちがジークに追いついてきた。


 数が2人に減っていて、更にボロボロになったその姿はシャロンとの激戦がどれほどのものだったのかを物語っている。


「・・・!シャロンさん・・・!」


 女性の一人が脇に抱えているのは気を失ったシャロンだった。もう一人の女性も彼女たちの仲間を抱えている。


 その仲間からは一切生気が感じられず、既に死んでしまっているのが分かる。そして全身血まみれになっているシャロンの様子を見てジークはまさかと目を見開いたが、シャロンからは僅かに魔力を感じて生きているのを確認すると安堵の息を吐く。


「そこまでにしなさい、インドラ。もし実験体を必要以上に傷つけたとなれば、処分されるわよ。」


「実験体?」


「・・・ああ、勧誘された後の龍族の扱いなんて知らないわよね。天至教団に入った龍族はほぼ全員が実験体になってるわ。私たちが実験を免れてるのは龍仙秘境で定期的に勧誘ができる立場にあるから。でも、面倒なことに龍族の子供を外と交流させようって話が出てしまった。貴方があの流れを受け入れなければ、もう少し私たちにも猶予があったでしょうに。」


「・・・自分を犠牲にしてまで天至教団に尽力する理由なんてないでしょう。戻ればもうまともな扱いを受けられないというのであれば逃げ出すべきです。僕たちを引き渡すために奴らに会えば、逃げられない。いっそのこと、こちら側に付くべきでは?」


 ジークがそう言った瞬間、彼女たちから激しい怒りが込められた魔力が放たれた。意識してのことではなく、怒りのあまり無意識のようである。


「・・・分かっていませんね。私たちは天至教団のために身を捧げるのではありません。私たちは一貫して『彼』のために、彼が望むものになるために、ただそれだけなのです。あなたには理解できずとも、シャロンならば理解できるでしょう?ほら、いつまでも気を失ったふりなどせず、さっさと起きなさい。」


 シャロンを抱えている女性はそう言うと、そのまま無造作にシャロンを地面に落とし足で踏みつけて抑えつけた。


 シャロンが起きているというのは本当のようで、苦しそうな呻き声が聞こえてくる。


「どうです、シャロン?あなたも私たちと同じく、龍族の番としての運命に囚われた者。これ以上ジークが傷つくのはあなたも見たくは無いでしょう?それどころか、あなたが頑張ればジークに実験体としての出番が回ってくることも無くなるかもしれません。その間にジークは自身の価値を示せばいい。そう、全てはあなたのジークに対する思いと覚悟で彼の未来が――。」


「随分と面倒な手順を踏むのですね。満身創痍の二人などさっさと連れて行けばいいのに。」


 シャロンを誘惑する言葉は、それをかけられているシャロン本人によって遮られた。


「ええ、ここ数日で私は自身を見つめ直さざるを得なくなりましたわ。私は自分がそうあって欲しい道をジークに押し付けてきました。その過程でジークが悩み苦しんでいても、いつかは分かってくれると信じて。いつの間にかジークから笑顔が消えていたとしても、それに気づきもしませんでした。癪なことですが、あの人族がいい働きをしたというのは認めます。認めた以上、私がするべきことは決まっているのです。ジークが既に自身の望む道を示した以上、私がするべきことは既に決まっているのです。」


 そう言ってシャロンはその場で無理矢理魔力を暴発させて、自分を抑えつけている女性たちから距離を稼いだ。


 そしてジークを背に庇いながら宣言する。


「あなた達と私をもう一緒にしないで下さいな。私は龍族の番という運命に囚われただけの女ではありません。切っ掛けが何であれ、彼の努力と苦悩を間近で見てきたのです。盲目的に従うのではなく、間違っているのであればそれを諫められるような、共に人生を歩んでいく存在でありたいのです。」


 そのためには、自分を犠牲にすることもしない。最後まで決して諦めないとシャロンは覚悟を込めて睨みつける。


「既に人族を犠牲にしておきながら、大層な物言いね。」


「彼の覚悟と決断を理解できないとは、あなた達が慕うあの愚兄と同じく、本当にそこらのトカゲ並みの存在に成り下がったのですね。」


 トカゲと比喩されることは龍族にとってとてつもない侮辱である。


 それは天至教団に所属する彼女たちも同じであった。


「ジーク、覚悟を決めなさい。」


 これ以上ないほどの怒りによって荒ぶる魔力を感じながら、シャロンはジークに覚悟を促す。


 しかし、その言葉は不要なものだった。


「元々最期まで諦めるつもりはありませんでした。・・・まあ、少し焦っていたのは否定しませんが。」


「ならばいいのです。雷竜を何とか出来れば、他の二人はあなたの足で振り切れます。隙を逃さないでください。」


 シャロンもジークも諦めは無い。だが、それでも彼らの足掻きが実を結ぶことはないことは既に決まっているようなものだった。


 単純に雷の魔法でジークよりも格上の雷竜インドラに、龍族の女性が二人。


 それに対して満身創痍のシャロンに、重症ほどでは無いがボロボロのジーク。


 何なら雷竜が少し本気を出せばそれで終わるような戦力差である。雷竜も持ち前の嗜虐心からジークたちの希望を刈り取ってやろうと雷装を身に纏った。


 そして、身構えるジークたちの目の前で放電し動き出そうとした瞬間、雷竜は頭を地面に強く押し潰されるようにして絶命した。


「・・・へ?」


 その場の全員が目を点にする。


 隙を逃すなと言われたジークも、そう言ったシャロンも、敵である二人も、致命的な隙を晒してしまうが、誰も咄嗟には動けない。


 そして、雷竜の頭があった場所には深い穴が空いており、少し地面が振動したかと思えばそこから大量の水が噴き出した。


「水・・・、まさか。」


 シャロンがそう呟くと、局所的に敵である二人の女性の頭上に雨が降る。


 女性の一人は反射的にその場を飛び退いたが、仲間の亡骸を抱えた女性は雨を浴びてしまう。


 雨の雫が体に食い込み、悲鳴を上げる間もなく女性の体は地面に埋もれていき、少しすると地面に空いた穴から赤く染まった大量の水が噴き出した。


「ぐああぁぁぁ!?」


 そして雨を避けたはずの女性も苦悶の声を上げる。


 ジーク達がそちらに目を向けると、その女性の体から植物の蔦が生えて体を締めつけており、蔦はなおも成長しどんどん体に絡みつく。


 かなりの強度を持っているのか、切ろうとしても中々切れず、ようやく一部だけ切ったと思えば、その時には既に他のところがそれ以上に拘束されている。


 切ったはずの箇所も再生し始めており、更には蔦の成長、再生に利用されているのは根を張った女性の魔力。成長し花を咲かせてはすぐに種を落とし、その種から根が伸びて更に女性に根を張る。数秒後には女性は魔法を使うだけの魔力の放出すら許されないほど魔力を吸われ、全身はびっしりと蔦が巻き付いてまるで大樹に体が呑まれたかのような様相になっていた。


(これは、自動徴収型魔法!?)


 顔だけが見える状態で表情を苦痛を歪ませた女性が視線を向ける先には、翡翠のような鱗を持つ小柄な龍、青い髪と同色の角が生えた長身の女性、更に数名の子供がいた。


 ナージャにフーリィ、そして何故かエルミア学院の学生であるユリアン、フィリア、レティシア、シルヴィ、ロウエン、ランの姿もある。


 ジークとシャロンはいつの間にか大きな水球の中に全身を沈めており、間違いなく重傷だったはずの二人の傷はほとんど治っている。


 それを見た女性は先程までとは正反対に、自分たちの方が追い詰められたことを悟る。


『貴様らのようなものでも血肉は血肉。この龍仙秘境を彩る自然の糧となることを光栄に思うのだな』


 そんな言葉を最後に女性は失意のまま成長を続ける蔦に吞み込まれ、その意識を永遠に閉ざしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る