第26話 信じる気持ち

 

 頭が痛い……。ここはどこだろう。薄目を開けて確認すると、薄暗い倉庫のような所で寝転がされていた。


 隣の部屋からか、男達の話し声が聞こえてくる。


「おい、こんな女を攫ってきてどうするつもりだ。確かに可愛らしい顔はしているが、美人じゃなきゃ高値で売れないだろ」


「だが聖女様と同じ黒髪だ。それで欲しいやつが出てくるかも知れない」


「まさか本当に聖女様じゃないだろうな? もうすぐ聖女様がこの街にくるって噂になっていたぞ」


「護衛も何もついてなかったんだぜ。聖女様なら厳重に護衛を敷かれてるだろう。俺たちみたいなやつらに囚われるはずがない」


「あぁ確かにそうだな」


 ……すみません。護衛を置いてふらふら歩いて捕まったんです。そう心の中で思うのだが、私がそう言った所で信じてもらえないだろう。



「とりあえず明日になったらあの方が来る予定になっているから、倉庫に他の奴らと一緒に入れておけばいいだろう」


「分かった。ちゃんと見張っとけよ」


 そう話し終えると足音が遠ざかる。男達はどこかへいったようだ。


 目を開いて状況を確認する。持っていたバックはこの倉庫に着いたときに取られてしまったみたいだ。

 天窓から入る光を見る限り、もう日は登っていそうだが、まだ早い時間なのだろう。手足は縛られていて逃げ出すことが出来ない。私は恐らく人攫いにあい、あの話からすると誰かに売りに出されるみたいだ。



 どうしようかと途方にくれていると、私以外に人の気配がするのに気づく。警戒して後ろを振り返ると、私と同じように手足を縛られた女の人達が5、6人転がされていた。


「大丈夫ですか?」


 小声で呼びかける。誰も返事はないが、見た限りただ眠っているだけのようで安心する。



 私1人なら今日の夜寝てしまえば自然と元の世界に戻れるので、今日1日耐えれば良かったが、彼女達がいるならばそういう訳には行かない。どうにかしてアーノルド達にこのことを伝えなければ……! 何か良い方法を考えなければならない。



……そう思っていたのだが、結局何も思い浮かばず時間だけが過ぎていく。こんなことならもっと魔法を学んでおけば良かった。浄化で精一杯だからと私でも使える簡単な魔法も教わらずに今日まで来てしまったのだ。そう思っていると、背後からゴソゴソと物音が聞こえる。どうやら女性たちが起きたようだ。こんな状況で熟睡していることから、恐らく薬物か魔法で眠らされていたのだろう。彼女たちに異常がないか確認していく。


「みなさんは大丈夫ですか? 怪我している人はいませんか?


「私は大丈夫……」

「私も……」


 そう何人かが答えてくれたのだが、1人だけ何も言わずに顔色が悪い。17歳くらいだろうか、小柄な女の子だ。


「あなたどこか怪我しているの?」


「……っ」


 答えることも出来ないとは相当酷いのだろう。床を這ってどうにか彼女の所まで辿り着く。他の人たちも強ばった顔をしているが心配そうに見つめている。


 近くに行って彼女を観察すると、足の骨が折れてありえない方向を向いている。足だけでなく、よく見ると後頭部にもぶたれたような傷があり、流れた血が固まっている。


「ひどい……なんてことを……」

 こんな大怪我じゃ痛過ぎて眠ることすら出来ないはずだ。彼女の場合は無理やり眠らされていて良かったのかもしれない。


「今治すからもう少しの間頑張って」


「何を言ってるの!? こんか大怪我治せるはずがないじゃない」


 他の人が声を出すが、それを遮る。


「静かにして、いつ戻ってくるか分からないわ」


 静かになると彼女の足に私の手が触れるよう調整する。触れるたびに彼女がビクッと痛がるが仕方ない、触れないと力が発揮できない。


「ヒール」


 私がそう唱えると、温かい光に彼女の足が包まれ、次の瞬間彼女の足は元通りの正常な位置に戻っている。

 私が聖女たる所以はただ浄化の力が使えるだけじゃないのだ。治癒魔法だって、最強クラスの力を持っている。



「うそ」

「一瞬で治るなんて」


 彼女達の間に動揺が走る。怪我が治った彼女も未だ信じられないのか放心状態だ。


「その髪色にその瞳……もしかして聖女様……?」


「えぇ、だからみんな安心して。私はここに助けに来たの。私の仲間が後から来る予定になっているから、助けてくれるはずよ」


 そう私が伝えると、みんながホッとしたのを感じる。少し嘘をついてしまったが、みんなを安心させる為の嘘なのだ許して欲しい。聖女が捕まってやってきたと知ったら、余計に心配をかけてしまうだろう。



 しかし私のこの力が男達にバレたら厄介なことになるだろう。


「この力のことは内緒にしたいの。あの男達が来たら彼女の足の周りをみんなで囲んで男達から見えないようにしてもらえるかしら」


「はい、わかりました」


 その場しのぎにしかならないだろうけど、薄暗い倉庫の中なら近づかないかぎり細かいことは気づかないだろう。






 昼頃になると覆面をつけた男がカンパンと水を持ってやってきた。私たちの人数の確認だけすると、食料を投げつけ出て行ってしまう。


 手足を縛られているのに食べられる訳がない。そう知っているはずなのに、どうせ食べさす気なんてないのだろう。私たちが飢えようがあの男には関係ないのだ。


 私たちは協力してお互いにパンと水を与え合う。体力は温存していないといざとなった時に逃げられない。



 どうしよう。夜が来てしまったら私は向こうの世界に引っ張られてしまう。そうしたら来週まで戻って来れない。その間に彼女達は売りに出されてしまうだろう。部隊のみんなも私のことなんて気にしていないかも知れない。1日経てば安全な元の世界に戻るからと捜索さえされてなかったらと不安になってしまう。



「どうしよう、誰も助けに来なかったら」


 一瞬私の心の声が聞こえたのかと思ったけど、彼女達も不安なのだろう。私が信じないと、アーノルド達のことを信じないといけない。


「大丈夫よ。私の仲間は絶対ここに辿り着く。みんなを助け出してくれるって私は信じてる。みんなも助けが来ると信じて。諦めてはダメよ」


 そうだ。アーノルドが私を見捨てる訳がない。探さない訳がない。彼ならきっと自分のことを責めて、1人でも私を探して乗り込んで来てくれそうだ。


 それに彼が強いのを私は知っている。毎日毎日早朝に起きて鍛えているのも全部私を守ってくれる為だ。私が休んである間も、先回りして危険がないか確認し、私の体調に無理のない旅路を組んでくれて。何度も何度もそうやって調整してくれてきたのを見た。


 私は今まで何を見てきたのだろう。彼は私のことをこんなにも思ってくれていたのに。私が彼のことを信じなければ誰が信じるのか。彼は私専属の部隊の隊長なのだ。彼なら絶対私を助けに来てくれる。

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