第2話 浄化の作業
「今いる場所は湖からどれくらいのところなの?」
「約1キロ程離れた所です。道が細いので馬での移動となりますので、俺の馬に乗って下さい」
「分かった。よろしくお願いします」
そう言ってアーノルドの前に乗せてもらう。背中に体温を感じ、彼の腕に挟まれドキドキする。
召喚される時は、浄化場所の近くまで浄化部隊が移動してくれている。私の移動をなるべく短くする為だ。私が元の世界に戻っているうちも、彼らはずっと移動続きで大変そうだ。
馬車での移動時は、私と魔道士が馬車の中に乗り、騎士であるアーノルドは外での警備に着く。今日みたいな馬での移動中はアーノルドの馬に乗せてもらうが、かなり揺れるので話す機会はない。その為もう3年も一緒にいるのに、彼との距離は未だに縮まらないのだ。
暫く走ると大きな湖が見えてきた。その手前にある林の中で馬を止める。
「着きました。ノイス領の湖、ノーイ湖です。近くに魔物が出るかも知れないので少しお待ち下さい。確認してきます」
そういうとアーノルドは先頭に立ち、湖の方を確認しに行く。遠目から見ると魔物は感じないが、湖全体が邪気に侵されて黒く濁っている。
暫く周囲の様子を見守るとアーノルドが戻ってくる。
「手前側はノイス領の騎士団が守ってくれていたので魔物はいません。あちらで浄化の祈りをお願いします」
「分かったわ」
そう言って湖の手前まで案内される。
私の周りを魔道士団、騎士団がいつもの配置で囲い守ってくれる。
浄化部隊は少数精鋭である。魔道士5人、騎士10人で、部隊の隊長がアーノルド。魔道士の代表がライザーだ。
しかし今回みたく広範囲の浄化の場合は、その領土の騎士団にも協力してもらっている。
「では始めます」
そう告げると私は湖の表面に手を触れる。そこから意識を集中して、邪気の根本を探る。
邪気には植物のように、根本のようなものがあるのだ。そこから広範囲のに渡って邪気が噴出されるので、その根本を探してそこをピンポイントで浄化する必要がある。
だがこの作業がなかなか大変で、かなりの集中力を要するのだ。初めの頃はこの根本を探すだけで2日かかってしまうこともあった。今ではだいぶ慣れて1日で根本の確認と浄化作業まで問題なく進められるようになったのだが、場所によってはまだ時間がかかってしまう。
この根本を探している間は、周囲の音も聞こえなくなるくらい神経が研ぎ澄まされる。時間の感覚も分からないくらい集中し目を閉じ探っていると、何かに当たる感覚が伝わる。あった、ここだ。
「見つけた! 浄化します」
根本を見つけ次第、浄化の力を流し込む。私の体全体から浄化のキラキラとした魔力が放たれ、それをもう一度手に集めて流していく。
邪気の中を通って根本に流し込むように、じっくりと時間をかけて浄化する。中途半端な浄化だとまた再発する可能性があるのだ。
暫くすると頭がくらくらしてくる。そう感じた所で私は湖から手を離し浄化の力も止めた。
アーノルドに目で合図を送ると近づいて抱えあげてくれる。この状態の時は1人で立てないほどフラフラなのだ。おそらく魔力切れ一歩手前といった所だろう。
「あり……がと……」
「いえ、お疲れ様です」
ゆっくりと彼を確認すると、怪我はしていないようで安堵する。気づけば騎士や魔道士の足元には魔物の残骸である魔石がゴロゴロ転がっている。彼らがこうして守ってくれるから私は安心して浄化に専念出来るのだ。
「今日は近くの宿を取っております。そこに着くまでゆっくり休んで下さい」
そう優しく微笑まれ、言葉に甘えて私は目を閉じる。こうして抱き上げてくれても顔色に変化がないのは女として見られていないようで悲しいが、彼の微笑みを見れば先程までの疲れも飛んでいってしまいそうだ。
◇
「お目覚めですか? 今日の夕食はどうしましょう。いつも通りでよろしいですか?」
「うん、重たいものは無理そうだからお粥でお願い。フルーツもあったら嬉しい」
「分かりました。用意してくるのでお待ち下さいね」
そう言って出て行ったのは女性騎士のマーサだ。彼女は私のお世話係兼護衛である。
こうして浄化した後はぐったりとしているので、室内でお粥をいつも用意してもらっている。アーノルドとも話せないし、地元の特産品も食べれないので悲しい。でもそのおかげで胃がデトックスされ以前より健康的になったし、痩せたのでそれで納得している。
元気がある時はみんなと一緒に食事を取ったり、地元のフルーツを食べたりするのが唯一の楽しみだ。
今日は宿に泊まっているが、近くに宿がなければ野宿することも多い。野外のテントにもだいぶ慣れてきたが、柔らかいベットと温かい部屋で寝れるのはやはり嬉しい。
ご飯を食べるとお風呂に入り、明日に備えて寝る。魔力は休んでいるうちに回復するので、早く寝てまた明日の浄化に備えなければならない。
◇
翌日支度を整えると昨日と同じように湖に行き、浄化を進める。
このノーイ湖は本来ノイス領の観光地にもなっている程大きい湖なのだ。日本で言う琵琶湖のようなものだろうか。
そのせいか根本が遠くのかなり奥深い所にあり、なかなか浄化の力が届きにくい。
なんとか浄化しようとするがその前に私の限界が来てしまった。これは次週に持ち越しだ。
私が力を抜くとアーノルドがすぐに駆け寄り支えてくれる。
「みん……な、ごめん」
「いえ、今回は時間が掛かると予想していましたので気にしないで下さい」
浄化が翌週に持ち越しになると、その分魔物が発生したり、みんなが討伐にあたったりする必要が出てくるので、毎回申し訳なくなってしまう。
「ほら、宿に着くまでいつも通り休んで下さい」
そうアーノルドに言われるとホッとして、気づいたら寝てしまっていた。
その後宿で目覚めた私はまたお粥を食べた。一休みするとみんなに挨拶を告げる。
「じゃあまた来週もよろしくね。それまでの間の討伐のことも申し訳ないけどよろしくお願いします。怪我しないでね」
「はい、明日向こうでゆっくり休んでまた来週お願いします」
2日目の寝ている間に元の世界に戻ってしまうので、私は寝る前にみんなに挨拶するのが習慣となっていとなっているのだ。何でも無意識化の方が異世界を渡りやすいらしい。
部屋に戻り湯船に浸かると、寝巻きに着替えてベットに入る。
「私が向こうに行っている間に誰も怪我をしませんように……」
そう祈って私は眠りについた。次目覚めた時はいつもの日本のアパートに居るはずだ。
◇
トントントン、ガチャ
「………」
「………」
「メイ様……?」
扉を開けて中に入ってきたのはアーノルドだった。目が合って暫く2人とも驚いて固まる。だが少しするとアーノルドの頬が赤くなってきてすぐ後ろを向く。
「……メイ様、その……足が捲れています」
「………キャーーーー! 出て行って!!」
私の寝相が悪かったのか布団は下の方に丸まっているし、ワンピースタイプのパジャマを選んだせいで、スカートが太腿の辺りまで捲れ上がっていた。びっくりした私は思わずアーノルドを部屋から追い出してしまった。
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