第27話 働くこと ―前編―

 たくさんのことを考えた週末も過ぎ、また新しい一週間が始まった。ヒカリはいつも通り出社し、先に来ていたシホに朝の挨拶をした後、更衣室で着替えを済ませて受付の席に座る。シホは仕事の準備をしているようだ。


「土曜日の誕生日会、ありがとうね! すごく楽しかったよ!」


 シホは嬉しそうな表情でそう言った。


「いえいえ! こちらこそ、すごく楽しかったです!」


 ヒカリは笑顔で返事する。すると、そこにケンタとライアンが現れた。


「誕生日会、楽しかったな!」


 ケンタはシホとヒカリに向かって言う。その後、シホはすっと立ち上がった。


「わざわざ開いてくれてありがとうございます!」


 シホはケンタに頭を下げる。


「また、いつでも飲みに行こうな!」


 ライアンは楽しそうにそう言った。


「はい!」


 シホが元気よく返事をすると、ケンタとライアンは席に戻っていった。


「シホさん、お酒飲むとめちゃくちゃ陽気になるから、すごく盛り上がってましたよ!」


 ヒカリは笑顔で言う。


「なんか自分でもビックリするくらい楽しくなっちゃって、皆に迷惑かけてないか、心配してるんだけど……」


 シホは少し下を向きながらそう言った。


「全然大丈夫ですよ! とにかく大好評でした!」


 ヒカリはシホの顔を少し覗き込むようにして言う。


「それならいいけど……。あれは?」


 シホは心配そうな表情を浮かべながら何かを指差した。シホが指差した方向を見てみると、棚に隠れながらおびえた様子で、シホを見ているエドがいた。


「なにしてんのよ!」


 ヒカリは思わずエドにツッコミを入れてしまった。


「鳥刺し、鳥刺し、鳥刺し……」


 エドは小さい声で『鳥刺し』という単語を発していた。おそらく、シホの誕生日会でエドはシホからことごとく鳥刺しを奪われていたので、きっとそれでシホに対して恐怖心を覚えたのだろう。


「やっぱり私、何かやっちゃった?」


 シホは心配そうな表情を浮かべてヒカリに問いかける。


「だ、大丈夫です! エドのあれは、えっと……。そう! 一時的に鳥刺しの霊が憑依しているだけですから!」


 ヒカリは心配しているシホを安心させたくて、なんとなくの思いつきで言ってしまった。


「それならいいけど」


 シホは安心した様子でそう言った。ただ、ヒカリとしても思いつきで言ったにしろ、そんな理由で納得していいのかと、ヒカリはシホに対して心の中で静かにツッコミを入れた。


「まぁ。それじゃ、仕事始めようか!」


 シホは気持ちの切り替えが早かった。




 お昼休みになり、ヒカリは昼ご飯を持ってシホに近づいた。


「ごめん! 今日はちょっと昼休み中に寮に戻らないといけなくて、お昼は一緒に食べられないんだ!」


 シホは申し訳なさそうに言った。


「そうなんですか。わかりました」


 ヒカリがそう答えると、シホは足早に会社を出ていった。




 その後、ヒカリはいつもお昼ご飯を食べている場所に歩いていき、お昼ご飯を食べ始めた。


「へへ! 今日はカツサンドにしたんだったー! うっわー、おいしそう! ……うまい!」


 ヒカリはカツサンドにかぶりつき、満面の笑みを浮かべる。一口、二口とカツサンドを黙々と食べていく。


「やっぱ、一人だと寂しい」


 ヒカリはふとシホがいないことを寂しく思った。こうやって一人になると、当然のように隣にいてくれるシホという存在は、自分にとってすごく大切なものだとより感じられる。


「……いつの間にか、こんな生活も当たり前になってるんだな。……魔女になるために、ここで仕事してて。……でも、仕事ってなんで必要なのかな。……魔女になるためには、仕事も大事だって言われて、わからないまま続けてきた。……それがわからないんじゃ、魔女になれない。……気がする。……いや、気がするじゃなくて、たぶんそうなんだ。マリーさんもエドも言ってるし。……んー」


 ヒカリは軽く自問自答しながらぼやいた。


「『自分の真の役割を理解して仕事したら、思いやりのある人になれるから』なんじゃないの?」


 ヒカリはすごく驚いた。突然、自分の顔の近くからそんな声が聞こえてきたからだ。驚きながらも声が聞こえた方を見てみると、そこには中腰の姿勢のシェリーがいた。


「こんにちは。隣いいかしら」


 シェリーは落ち着いた様子でそう言った。


「シェ、シェリーさん! ビックリしましたよ!」


 ヒカリはシェリーの突然の登場に、驚きすぎて動揺していた。


「あら、おどかしちゃった? ふふふ、ごめんなさい」


 シェリーは笑顔でそう言うとヒカリの隣に座った。ヒカリは動揺していた気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。


「魔法使いの世界もやっぱり平和を望んでいるの。もし、凶悪な人間に魔法の力を与えたとしたら、それって、とっても危険なことじゃない?」


 シェリーはヒカリの顔を見ながら問いかける。


「それは、そうですね。……でも、仕事をしていたら、なんで思いやりのある人間になれるんですか?」


 ヒカリは疑問に思ったことを質問してみた。


「単に仕事していて、誰もが思いやりのある人間になれるわけじゃない。だから、『真の役割を理解して仕事をしたら』がポイントかもね」


 シェリーは笑顔でそう言った。


「真の役割……」


 ヒカリはシェリーの顔を見ながらつぶやく。


「ふふ。じゃあね」

「あっ! シェリーさん!」


 突然風が吹いたかと思ったら、シェリーは消えていた。ヒカリは座っている状態から背伸びしながら後ろに倒れた。


「不思議な人だな……。んー! 難しいなー! そりゃ、危険な魔女になるつもりはないけど。……思いやりのある人か。私ってどうなのかな。思いやりあるのかな」


 ヒカリは空を見ながらつぶやく。

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