03 いざ面接へ
家に帰ってから軽くホームページで店の雰囲気やメニューなんかを見て、それからネットで『バイト 面接』、『ファミレス バイト』、『後輩がバイト勧めてきた 心理』など検索をかけているとあっという間に時間が過ぎた。
ラストダンジョンに向かう冒険者のような気持ちでそわそわしながら自転車を漕ぐこと15分。家からも通いやすい場所に件のファミレスはあった。
俺も小さい時に何度か連れてきてもらったことのある店だったがもう何年も来ていない。駐車場は半分くらいが埋まっていて、駐輪場は高校生のものと思われる自転車が何台か止まっていた。
ネットで調べたら『早く行きすぎると逆に迷惑。5分前ぐらいでオッケー!』と書かれていたからそれに倣うことにする。今は18時50分。まだ早いか?
「バイトの面接に来た
ブツブツと唱えていると帰っていく客に不審な目を向けられた。今日からコイツらも俺のお客様になるかもしれないわけだな。
「よし、行くか」
自分で頬を叩いて渇を入れる。そしてにっと口角を上げて笑顔の練習。こういうのは第一印象が大切だ。
ピーンポーン、ピーンポーン。
いざ扉を開けると入店を知らせるチャイムが鳴った。その音を聞いて俺の緊張は極限に達する。入試の面接で名前を呼ばれた時と同じ感覚だ。少しは慣れたと思っていたがやっぱり怖くて心臓がバクバク鳴る。もう今すぐ帰りたい。というかそもそも本当に面接あるのか? 小冬の冗談だったりして?
そんな挙動不審になっていた俺の下に店員さんがすぐさま駆けつけた。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
茶髪のポニーテールがよく似合う大学生くらいのお姉さんが満面の笑みで迎えてくれた。白を基調としたユニフォームは黄色いリボンとスカートがアクセントになっていて可愛らしい。健康的な生足と腕には思わず目が奪われる。
「ご案内いたします。こちらへどうぞ!」
チラシの写真にも載ってた人だー、本物だー。と目をぱちくりさせて見入っていると客だと思われてしまったらしい。まあ何も言ってないから当然か。緩んだ頬を引き締めて練習通り挨拶をかます。
「あ、すいません。えっと、今日バイトの面接──」
「もしかして瀬川暖くん? 待ってたよ! こっち座ってて~」
大人びて見えた店員さんは年相応のハイテンションで誘導してくれた。どうやら本当に俺は今日面接を受けることになっていたらしい。気づけば俺は席に座っていた。
「すぐ店長来るからこれ飲んで待ってて。あ、炭酸大丈夫?」
店員さんはメロンソーダを持ってきて、おまけにストローまで刺してくれた。なんていい人なんだ。
「すっ、好きです」
やべえ、言葉ミスったかも。
「ふふっ、あんまり緊張しなくて大丈夫だよ。じゃあウチはそろそろ戻るね~」
ピンポン! と呼び出しベルが鳴ったところで店員さんは行ってしまった。名札に書いてあった『鳴海』という文字をしっかり記憶してメロンソーダをちゅるちゅる飲んだ。
店内をぐるっと見渡す。夕飯時ではあるが、平日の火曜日だからかそこまで忙しそうな雰囲気はない。子ども連れの家族や仕事終わりのサラリーマンなどが利用していて、勉強するには丁度いいぐらいのうるささだ。
「悪い、待たせたね」
氷が解け始めてカランと音を立てた頃、スーツをきた三十歳を超えたかどうかぐらいの女性が俺の向かい側に座った。
「本日はお時間を作って頂きありがとうございます。瀬川暖です。よろしくお願いします」
俺は練習通り丁寧にお辞儀して三秒ほど頭を下げるとゆっくり顔を上げた。
「よし、採用」
じゃあ始めるね、みたいなテンションでサラッと言った。
「まずはここにサインして。こっちの書類は親御さんにハンコ押してもらって今度持ってきてくれればいいや」
流れるように俺の手続きが進んでいく。俺は採用ってどういう意味だっけ? と考えてしまった。
「シフトいつ出れる? 土日のどっちかは出て欲しいなー」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん? どうかした?」
「俺、もう採用されたんですか?」
「そうだよ」
「まだ何も聞かれてませんけど?」
志望動機とかそういう堅苦しい質問をされるもんだと思っていた。まだ名前を名乗っただけだぞ。
「綺麗ごとを並べた模範解答みたいな動機を聞いても意味ないからね」
「そう……なんですか?」
「大体自己紹介だけ見ればその人がどんな人かわかるものだよ。君はオッケー。私の勘がそう言ってる」
そういうもんか。俺も学費を払ってくれる親の負担を軽減したい、とかそれっぽい理由を言うつもりだったからな。
「えっと、ありがとうございます」
俺の人柄を認めてくれたって事だ。素直に嬉しい。店長もいい人そうだしここでなら楽しく働けそうだ。小冬に感謝だな。
「うん、君はいい社畜になってくれそうだ」
「それ本人に言っちゃダメでしょ」
店長は親指を立ててにっしっしと笑った。
その後もサラッと業務内容や注意事項の説明などスムーズに進行した。飲食店のため髪の色やネイルなどに制限はあるが高校生の俺はあまり気にすることもない。そういえばさっきの店員さんは纏うオーラがお洒落だった。俺も大学生になったらあんな感じになれるだろうか。楽しみではあるが心配だ。
「そうだ、まだ聞いてなかったっけ。ホールとキッチンどっちやりたいとか希望ある?」
「あー、そうですね……」
つい二時間前に面接の存在を知ったからそこまで考えていなかった。
簡単に言うとホールは接客、キッチンは料理を作るってことだよな。ホールは迷惑な客の対応が面倒そうだ。料理は全くしないわけではないが、作れてもせいぜいチャーハンとかカレーとかその程度。どっちの方がいいだろう。
「キッチンでいい? いいよね? そうしよう」
勝手に決まった。
「一応理由を聞いてもいいですか?」
「キッチン人足りないからさ。即決しないってことは料理全くできないってわけじゃないだろうし、人と話すのも問題はないんでしょ。ならキッチンだ」
なるほど。なら従っておくか。
「わかりました。でもあんまり上手くないですよ?」
「だいじょぶ。ファミレスの料理なんて基本レンチンしとけばできるから! 包丁の握り方だけ知ってれば問題なし!」
「あの……店長。お客さんいるところであんまりそういうこと言わない方がいいですよ」
そんな噂を聞いたことはあるが本当にそうだったのか。ちょっとショックだな。
周りからも視線を感じる。
「じゃあキッチンって事でよろしく。明日から来れる?」
「問題ないです」
「まだ高校生だよね? 学校何時に終わる?」
「えーっと、五時過ぎとか、ですかね」
授業は長い日でも四時に終わる。その後部活があって俺たちはいつも一時間ぐらいで帰るためそのくらいだ。
「よし、じゃあ明日の夜六時からで。待ってるよ」
「はい、よろしくお願いします!」
俺は立ち上がってもう一度深くお辞儀した。トントン拍子に決まったが働くのが少し楽しみだ。明日、小冬にも話そう。
帰り際にさっきの店員さんとすれ違ったら「また明日ね」と言ってくれた。こんなこと言われたら誰だって舞い上がる。大学生半端ねえわ。早く明日になってくれ!
店を出る時チラッとキッチンの様子を覗いてみると、帽子を被ってマスクをつけた従業員の女性と目が合った。目元しか見えないが雪のように白い肌が遠目にもわかる。今後一緒に働く俺を品定めしているのだろうか。物珍しそうにこちらを見ている。俺はぺこりとお辞儀して店を出た。
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