第十章 ④

 広場は言わずもがな、構内にまで木霊しそうなほどに大きな声が、俺の目の前から聞こえてくる。周囲の時間は、先ほどに比べて短いながらも、やはり停止する。そして、群衆の視線は容赦なく俺へと突き刺さる。先ほどはそんな目線すら気持ちがよかったのだが、何故だろうか。いざ自分が告白を受ける側になると、とても恥ずかしい気分になる。


「.........っていうか、悠姫、お前.........」


 俺は、大声そのものや周囲の反応に対して感情を抱いていたが、いやはや、それよりも前に抱くべき感情があったことを俺は忘れていた。

 悠姫が、俺に向かって、好きだと。

 俺の聞き間違いでなければそう言っていたはずなのだが、何故、こいつが俺に対してそんなことを......?

 そう困惑する俺をよそに、彼女は言葉を続ける。


「私はきっと、どこにいても、いつになっても、詩遠のことが大好きだよ」


 悠姫は、太陽のような笑顔を、『ニコッ』というオノマトペとともに浮かべる。だけど、次の瞬間にはそんな笑顔は消えて、ほんの少しの悔しそうな顔と、先ほどから微量ながらも絶えず流れる涙の粒のみが残った。


「.........そう、ずっと好きだった。けど私は、結局死ぬまでその想いを詩遠に伝えることはできなかった。

 ......怖かったの。もし断られて、その時の関係が壊れてしまったどうしようかと考えたり、仮に詩遠が受け入れてくれたとしても、自分に残されていた時間が僅かだったことを知っていた当時の私は、恋人という特別な存在となった詩遠が私の死によって悲しむのを拒んだ。

 要は、私も詩遠と同じようにビビっちゃってたんだよね。詩遠が好きという感情よりも、詩遠に嫌われたくないという感情が勝ってしまった」


 悠姫はそう語りながら、いつの日かの病室で見た、苦しさを誤魔化すような笑顔を浮かべた。もしかしたらあの時も、あの笑顔の奥にはこのような感情が渦巻いていたのだろうか。そう思うと、自然と胸が締め付けられるように痛んだ。

 あの時、俺がもう少しでも素直になれていたのなら。あの時、悠姫が一言でもその気持ちを漏らしてくれたのなら。今更が過ぎるそんな後悔が、俺の頭の中を延々と巡回する。

 しかし、それは本当に遅すぎた。もう、俺と悠姫に残された時間はほんの数時間しかないのだ。それぞれが抱いていた気持ちを知った今、これまでの時間がいかに無駄で勿体ないものであったか、後悔という形で俺たちに突き刺さる。

 だが、それを後悔として残してしまっては、また今回のようなことのトリガーとなりかねない。せめて、残りの数時間だけでも、悠姫のためにも有意義な時間を過ごしたいものだ。......とすると、俺は今、一体何をすべきなのか。また、何がしたいのか。

 いや、そんなもの考えるまでもなかったな。自慢じゃないが、俺は素直ではない分、随分と単調な思考をしているんだ。


「.........あのさ、悠姫。ちょっといいかな」


 俺は、こんな状況になってもなお俺の中に存在している緊張を、そういう風に言葉を紡ぐことで誤魔化し、もう後戻りはできないようにする。

 そして、その声に弾かれたように顔を上げた悠姫に対して俺は、難しいことを考えず、精一杯の笑顔を浮かべながら、続けて言葉を放った。


「せめて今日が終わるまで、俺と恋人でいてくれませんか?」

「.........えっ?............」

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