第一章
第一章 ①
『キンコンカンコン』と、寸分の狂いもない無機質な音が教室内に響き渡る。
学校に設置しているスピーカーの品質が悪いのか、はたまた単純に音量が大きいだけなのか。その原因は定かではないが、俺の耳に聞こえてくるチャイムの音は微かに割れていて、少しばかり気分が悪くなった。
まあ、しかしながら俺が高校に入学して早一年半近く経つので、もうそれすら日常の一部として溶け込んでいるんだろうか。最初のころは結構気にしてたのだが、最近はよく聞けば少し不快だが、適当に聞いている限りではそうでもなくなった。
そして、そんなチャイムを境に、比較的静かだった教室内が徐々にざわざわとした話声でうるさくなっていく。
しかし、そんなうるささも当たり前のものなのかもしれない。
なぜなら、今鳴ったチャイムは六時限目の終わりを知らせるチャイムであり、あとは五分程度のホームルームを受けるだけで今日はもう自由の身なのだから、このチャイムを聞いてうれしくない生徒なんてそうそういないだろう。
「......なあ詩遠。今日時間あるか?」
教科書や参考書などを乱雑にカバンに突っ込んでいると、不意に、そんな声とともに後ろから肩が軽く叩かれた。俺は、その正体が誰かは分かっていながらも、反射的に後ろを向く。
するとそこには、俺の友人である篠原がいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべていた。
そしてその篠原は、なんだかいつもより元気なように見える。......何か特別な用でもあるのだろうか。
でも、いくら特別な用がある友人の頼みであろうと、今日は生憎、その誘いには乗れないんだ。俺は少しだけ申し訳なさそうに、篠原にこう告げる。
「すまん。今日は部活に顔出すから無理だ」
「そっか。まあ、それならしゃーないな......今日は部活も休みだから買い物にでも付き合ってもらおうと思ってたんだけど」
苦笑いをしながら、篠原はそう言う。ああ、なんだ。そういう用事だったのか。確か篠原は、俺の友人には似つかわしくないサッカー部に所属しているんだったな。しかもウチは強豪の運動部が多いから、きっと休みも少ないのだろう。
俺はますます罪悪感のようなものに苛まれる。が、俺には俺の、こいつにはこいつの用があるんだから仕方ないと割り切る。篠原もそのあたりはきちんとしているからか、嫌味などは一言も言ってこなかった。......そうだな。そろそろテスト週間で部活も休みになっていくだろうし、いつかの土日にでも埋め合わせをしてやろうか。
俺がそう思っていると、やはり俺が断ったことなど微塵も気にしていないであろう篠原は、担任が来るまでの暇つぶしをするかの如く、言葉を投げかけてくる。
「そういや、詩遠ってなんの部活に入ってるんだっけ」
「ああ、ええと、一応.........トリカブト研究会ってところに所属しているが」
「......トリカブト?」
なんと綺麗なオウム返しなのだろうか。
まあしかし、篠原のその返しも無理はない。もし俺が逆の立場で、友人がトリカブト研究会に入っていると聞いたら絶対に引く。っていうか、逆に引かない奴がいるのなら俺に教えてほしいくらいだ。
因みに、その『トリカブト研究会』という名前はただの看板で、我が部ではトリカブトの研究なんて一ミリも行っていない。分かっていはいると思うが、俺は篠原にそう伝える。
「ああ。って言っても、そんなことは一切していないけどな。入りたい部活がなかったから仲間内で創設した。部長の肩書ももらえるし、悪くはないだろ」
そう追加で話すと、篠原はほっとした顔をした。......って、こいつは俺が本当にトリカブトの研究をしていると思っていたのか。まあ、ひとまずその件に関しては置いておくとして。
我が陽星高校は公立の高校でありながら、いろいろな面が緩いことでここら辺では有名である。
特に、部活の創設なんかはゆるゆるだ。
二、三人の部員を集めて必要書類を書くだけで、誰でも簡単に部活を作ることができる。何か特別な活動をするには顧問も必要だが、トリカブト研のように、特別何もしないような部活では、顧問すら不要だ。
だからこの学校では、俺が入ってるような中身のない仲間内の部活に所属している人も決して少なくはない。
と、そんなことを話していると。
「ホームルーム始めるぞー。席ついて静かにしろー」
依然としてうるさい教室内に、突然そんなうるささにすら勝る声が響き渡った。元の教室内のうるささと加えて、いよいよ耳をふさぎたくなるほどその音量は大きくなっていた。毎日がこれでは、隣の教室もたまったものではないだろう。と、俺はどこか他人事のように俯瞰する。
そして、今の声は担任の樋口からのものなのだが、全く、最近還暦を過ぎたと豪語していたのにもかかわらず生徒数十人の声に勝つとかどんな体してるんだよ。
そんなことを思っていると、次第に教室内は静かになっていく。流石に高校生にもなれば、よほどのことがない限り一分もあれば静かになる。......いや、もしかしたら単純に早く帰りたいだけなのかもしれないが。
その流れに合わせるように俺も教卓の方へと体を直した。それから約十数秒後、静寂が訪れた教室にて、ホームルームが開始された。
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