月と太陽1③
携帯を持って廊下へと向かう。ダイヤルするのは、最近交換したばかりの番号。
「もしもし望月さんですか。長谷桃子です。この度は大変お手数おかけしましたが、芹沢澪の件、やっぱり取り止めさせてください」
「どうした、急に怖気ついたか?」
「違うんです。澪は、はじめから暴君なんかじゃなかった。きっと悪人を裁くためにトップに立っていただけで、事務所の悪事はすべて、別の人間によって実行されていたんだと思います。もしかしたら、澪は罪をなすりつけられていて、私はそれに騙されてしまったのかも」
「だったら、あんたに辛く当たっていた理由は?」
それは、と口にしたきり、声は出なかった。
「まだ、分かりません。分からないけど、きっと何か深いわけがあるはずです。だからせめて、その理由を聞いてからでないと、私は彼女を――」
最後の一言を濁す桃子。その言葉が持つのは、怒りと使命感の奥に沈ませた、重い重い罪悪感。今一度それを見つめて、彼女は冷たく生々しい戦慄に駆られていた。
「あんたは、それでいいのか」
「はい」
桃子は、祈るように携帯を握り締めた。
「了解した。雇い主の命令は絶対だからな。ただしキャンセル料は頂くぜ」
「ええ、分かっています。よかった……」
急に力が抜けてしまって、桃子がその場にへたり込む。彼女はまた一言迷惑を詫びてから、電話を切った。
澪の真実といい自分の罪といい、情報と感情の整理が一向に追いつかない。まだ頭と心が疼いている気がする。だが、これから果たさなくてはいけないことは、重々理解していた。
もう一度、彼女と真っ正面から向き合ってみよう。彼女の話を聞こう。同じように、今までの自分の話をしよう。それで互いを許せるとは限らないけれど、私には、過去と未来の修復を試みる責任がある。
戸外から雨の音が染み込んでくる。それを聞いているうちに、桃子は既に心が洗われていくように感じた。
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