04 敵(かたき)との再会
広々としたその部屋は、これまで見たどの部屋よりも豪奢な内装をしていた。
彼女らが驚いて悲鳴を上げそうになったところを、篠介が「しーっ!」と人差し指を口元に当てて制する。
「君たちのご主人は何処においでかな?」
そう篠介が尋ねると、女たちは一斉にシャワールームの方を指差した。二人は湯気で曇った磨りガラスの扉の前にやって来て、音をたてぬようそっとノブに手をかける。
ゆっくり扉を開くと、中から白い湯気が漏れ出た。白雨組組長である白雨重久(はくうしげひさ)は、女たちとの戯れを前にシャワーを浴びている真っ最中だった。浴槽には防水カーテンが引かれ、そのせいで白雨はシャワールームに入ってきた二人の刺客に気付くことも無く、呑気に鼻歌まで歌っている。
「――あぁ、わざわざ俺の背中を流しに来てくれたのかい? お前たちは本当に優しい子たちばかりで嬉しいね」
白雨は誰かがシャワールームの扉を開けたことに気付き、入って来たのが部屋に居た女たちの誰かであると勘違いしているらしい。
忍び込んだ二人は互いに顔を合わせてにやりと笑い、篠介が第一声を上げた。
「ふん、お褒めに預かり光栄だね。だが、俺たちはあの女たちみたいに優しかねぇぜ」
防水カーテンの裏で、石鹸が湯船に落ちる音が聞こえた。
「だっ、誰だお前らは⁉︎……」
ようやく入って来たのが女たちではないことに気付き、白雨は慌てふためく。
憑魔はこの時、自分の頭の中をとある凄惨な過去の記憶一色に塗り潰した。本当は思い出したくもなかった記憶だが、目の前に居る相手に対して、これまで溜め込んできた一切の恨みつらみをぶつける為にも、この男が自分たちにした残酷な仕打ちを思い出さなければならなかった。
「六年前――あんたはまだ小さかった俺たちの目の前で、長雨組組長である長雨曹治郎(ながめ そうじろう)を撃ち殺した。覚えてるか?」
シャワーの水音と、まるで墓場に居るような両者の沈黙が、部屋を満たす。
「……き、貴様、まさかあの時の――」
白雨が当時のことを思い出すと同時に、憑魔は彼の声を遮るようにして答えた。
「忘れたとは言わせねぇぜ。はっきり思い出させてやるよ。……俺の名前は長雨憑魔。……お前が殺した、長雨曹治郎の息子だ」
ひっ、と腑抜けた悲鳴がカーテンの奥から聞こえた。
「まま、待ってくれ! 待ってくれ! あの時は仕方なかったんだ! 撃たないと俺が殺されてた! だから正当防衛なんだ!」
――やはり本当の人間のクズは、自分に命の危険が迫っている時でも平気でさらりと嘘をつく。あの時、丸腰だった父さんの脚を撃ち、動けなくなって地を
憑魔は湧き上がる怒りを
「貴様……あの時は貧相なガキだったくせに……一体どうして――」
白雨が困惑のあまりそう言葉を漏らす。憑魔は彼の口にした疑問を聞き、ニヒルな笑いを顔に浮かべて、答えた。
「下の階に居たアンタの部下百人と相手しながら、どうして傷一つ無くここまで来れたのかって? ……ふん、簡単な話さ」
白雨の恐怖に歪んだ顔をカーテンの奥に想像し、憑魔は勝者の余裕に浸りながら、これまでの関根の恨みを言葉に込めて、言い放つ。
「アンタに親父を殺された俺は、その恨みを晴らしたいがあまり、とある悪魔に魂を売っちまったのさ! 今の俺は、悪魔の呪いのおかげで、例え軍隊を相手にしても負ける気がしないぜ」
白雨には冗談めいて聞こえていたかもしれない。しかし事実、憑魔の背中には今、本物の小悪魔が取り憑いている。悪魔の少女ウニカの指先より伸びる糸によって四肢を繋がれ、分け与えられる魔力を借りて暴れ回る「戦闘人形」と化した憑魔の前に、もはや
「あんたもつくづく運の無い男だな。あんたは俺たちをまんまと陥れたと思っていたみたいだが、逆にあんたのおかげで、俺は弱かった昔の自分を捨てて、生まれ変わることができたんだ。感謝するよ」
「……ち、ちきしょう! あの時お前らクソガキどももまとめて仕末しときゃ、こんなことにはならなかったんだ! お前もお前の親父も、みんなバケモンだ! 悪魔の呪いに祟られて、全員まとめて地獄に堕ちるがいいわ‼︎」
白雨は混乱のあまり自暴自棄になり、二人に向かってありったけの呪詛の言葉を吐いた。
しかし、既に悪魔に身を捧げた憑魔にとって、そんな言葉は負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。
「――先に地獄に堕ちるのは、てめぇの方だ」
シャワールームに無数の銃声が轟いた。二人の銃が続けざまに火を吹き、防水カーテンに無数の穴が穿たれ、飛び散る白雨の鮮血がカーテンを内側から真っ赤に染めていった。
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