第2話 少女は歩きたくない

「ひぐっ……ぐすっ――」


 家の前で服を着た私は、すぐにその場から逃げるように退散した。とはいえ、人間はそんなに長い距離を走れるようには出来ていない。個人差もあるけど、私の場合は10メートルしか走れない。それでも5秒も頑張って走ったんだぞ。

 それから、ずっと当てもなく歩き続けていた。


「あれから、もう5分か……ずいぶん遠くまで来たなぁ」


 もう実家から5件も隣の家まで歩いてきている。人間がどのくらいまで歩けるのか、なんて記録は知らないが、私の感覚で言うなら3日分の歩行距離をいっぺんに歩いた気分だ。

 そもそも、この小さな身体と細い脚で、立っていること自体を褒められたいものだ。


 ガダガダガダガダ――


 大きな音が響く。2頭の馬が並んで走る蹄の音。そして石畳を車輪が転がる音だ。金属製の蹄と、それから木製の輪に金属の縁取りを取り付けた車輪は、とてもうるさい。


「いいなぁ。私も馬車に乗りたいなぁ。馬の世話はしたくないけど」


 そうだ。未来の事なんかより、今はもっと困ったことが多い。これから住む家とか、仕事しなきゃとか、そんな事よりも歩く事こそが大問題だ。歩きたくない。もう立ちたくもない。そっちの方が当面の大きな課題だ。

 ああ、だんだん全てが嫌になってきた。

 身投げするのに適した川でも近くにあったら、とっくに自殺していたことだろう。残念ながらそれっぽいものは見当たらない。


「ああああああ、何で歩くのはこんなに面倒くさいんだー!!」


 ついに私は自暴自棄になった。先ほど全裸で放り出されたとき同様、周囲が私に注目する。もう好きにしてくれ。どうせ今日限りで死ぬ命だ。恥も何もない。


「ふん! どうせなら、座ったまま歩ければいいのに……」


 馬の世話をしなくても走れる馬車が欲しい。せめて座ったまま歩ける方法が欲しい。この両脚を車輪に替えられるなら大歓迎だ。

 そう考えた時、私の頭にビジョンが浮かんだ。


「そうだ。座ったまま歩けばいいんだ。何も馬車だけの特権ではあるまい。馬に出来て人間に出来ぬものか」


 そう思いついたときに、私の身体は急に軽くなった。頭の中を、無数のアイデアが駆け巡る。


「そうだ。私だけじゃないはずだ。立ち上がりたくない人。歩きたくない人。そんなのいっぱいいる。貴族や上級市民だけがつま先の尖った靴を履いて、歩かなくてもいい生活をするなんて不平等だ」


 さしあたって、私一人でこのアイデアを実現するのは難しいだろう。誰か友達を頼る必要がある。できれば私が何もしなくても、食事と寝床とその他もろもろを用意してくれる友達だ。


「ふむ。一人いたな。よく私の家に――私の家『だった場所』に、よく来てくれた友人が」


 私はその友人の家を目指した。

 場所など解らないが、このあたりで『馬車の車輪屋』と呼べば彼女の家しかないはずだ。すぐにたどり着ける。

 それに何より、あいつは料理が上手い。魔法使いのくせに大した魔法を使えないが、料理だけは魔法抜きで美味いのだ。いっそ車輪屋よりもそっちをやったらいいのに。


「ふっふっふ。あいつ、私の計画を知ったら驚くぞ」


 何しろ、魔法使いでさえ、上級魔導士でもない限り空を飛ぶことも出来ないのだ。あの車輪屋の娘は、宙に浮く魔法さえ子猫を浮かせる程度のパワーしか生み出せない。

 私の発明は、上級魔導士の箒よりも自在に移動できるはずだ。


「ふっふっふっふっふっふ。はーっはっはっはっは!……あ、すみません。このあたりに車輪屋さんはありますか? そうですか。はい分かりました。ありがとうございます」


 情報収集も欠かさない私は、その辺の人に道を聞きながら、その車輪屋を目指すのだった。


「待ってろよ。ヴォイド!」

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