第9話 銀灰のゴンタ
銀灰の獣の暴れっぷりは凄まじかった。
最初に犠牲になったのは、ゴブリンだった。
丘を駆け上がる小人たちは、MP9を構え巨大な獣に果敢に立ち向かった。
高速連射の短機関銃は、爽快な音を立て火を噴いている。
タタタタタタタタタタ!
銀灰の獣には、そよ風で撫でられた程度だった。
というより、目に入っていないのだろう。
突き進む獣の前脚にプチプチと潰され、
ノシイカのように平べったくなっている。
オーガーとオークが前に立ちふさがり、小銃と機関銃で応戦する。
ペチペチペチペチペチ!
「お前らか! コラァ」
獣は鼻先にしわを寄せると、牙をむき出しにし、
息を吸い込む、吐き出した息は火炎となり、
プスプスと煙を上げながら、燃えカスとなる。
それを目の前で見せられた、他の怪物どもは、
武器を投げ捨て、隊を乱し敗走を始める。
動物の本能なんだろう、逃げ惑うオークに
かぶりつく、噛みしめた肉は腹を空かした獣の胃袋
満たしていく。
「これ、うまい!」
銀灰の獣の目的が変わった瞬間であった。
バラ、ロース、モモ、豚足が必死に獣から逃げている。
尻尾を振りながら、次々にオークを口に頬張る。
「うますぎる、こんなにお肉食べれるなんて
ワイは幸せだな」
パクパク、モシャモシャ、ゴクン。
獣は食事を楽しむことで、凶悪な存在にまだ気づいていなかった。
面白くないのは、ここまで来て、
後、一歩のところで妖精たちを蹂躙できたものを、
隕石やら獣ごときで散りぢりとなり、隊を乱された事だ。
全身を覆うコートの中から、鋭く冷たく見下した視線は
銀灰の獣に向けられている。
この惨状に我慢が出来ず、台座を持たせ、運ばせているオーガー共を止め、
コートを台座にかける。
その下から見せた姿は、金髪セミロングの深紅の瞳に
きわどいレオタードを身にまとった幼女だった。
身長は百三十に到達してるか微妙なほどの背丈だが、
周りのオーガーたちは、彼女を見る事さえも、
できないほど怯え俯いている。
紛れもなく、今、妖精の村に攻め込もうとしている魔王そのものである。
何を思いついたのか彼女は、妖艶な笑みを浮かべると、
右手を空にかざし、詠唱を始める。
空一面に展開された魔法陣により、
空一帯は赤く染まり、黒雲が集まり稲光を鳴らし始めた。
初めに出てきたのは、尾の先端だった。
赤黒い鱗の尾には棘が生えており、
徐々に太くなり、それと同時に太い足と
黄色の蛇腹が見え始める。
手は短いが爪は、鋼鉄さえも切り裂けるほどの
鋭さを見せ、その羽は一体を黒い影で包むほどの大きさだった。
最後にトカゲ顔に角が生え、口は無数の牙で埋め尽くされていた。
呼吸をするたびに灼熱の炎が空気を揺らす。
まさしく、ドラゴンそのものだった。
召喚されたドラゴンは、銀灰の獣を目掛けて、
風切音と共に飛来する。
飛び跳ねて避けた獣であったが、爪がかすった場所からは、
血がにじみ出ている。
間髪入れず、旋回したドラゴンは、その鋭い牙で獣を捕えようとする。
ドラゴンの捕食を避け、体制を立て直した獣は、尾に飛びかかり、
地面に叩きつけようとするが、体格ではドラゴンの方が圧倒していた。
尾をしならせた動作だけで、獣は吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
ドラゴンは旋回を続け、じわじわと鋭い爪で獣の体を傷つけていく。
銀灰の毛並は血で赤く染まり、奪われた体力のせいで、
足がプルプルと悲鳴をあげていた。
ドラゴンにとって最高の瞬間だったのだろう。
上空より、獣目掛け、牙を光らせながら舞い降りてくる。
渾身の力で飛び跳ねた獣は、そのドラゴンの首に食らいつく、
鋭い牙は鱗を突き破り、奥深くへと浸食していった。
地面に墜落したドラゴンは、最初こそ抵抗するが、
獣は喉元を食いちぎると、呼吸が乱れてきた。
口に頬張った肉のうまさに獣は、声を漏らす
「う、うまい」
一気に獣の本能が駆け巡り、捕食を始める
すでにドラゴンは絶命し、口をあんぐりと開けていた。
魔王はその様子を歯ぎしりをしながら、眺めていた。
空中に手をかざすと魔法陣が展開され、紅い火球が
獣目掛けて飛んでいく。
気づいた時には、そこまで迫っていた。
飛び跳ねると直撃は回避できたが、
その威力と爆風で宙を舞い、再び地面に叩きつけられた。
後ろ足からは煙が立ち上り、うまく動かすことができない。
主人の元に戻りたいが、先ほど敗走した兵どもが、
我先にとトドメを刺しに向かってくる。
「主人の出す飯は、いつもカリカリだったからな……」
もう、一ミリも体を動かすことはできない。
獣は死を覚悟し、目をゆっくりと閉じる。
魔王は嬉しそうに、その様子を眺めている。
丘の上の人影など、気にもかけていなかった。
どんな悲痛な叫び声をあげるのか、
ただ、それだけが楽しみだったからだ。
自分の愛犬が、死にかけているのを茫然と見ている。
何もできなかった。否、何が起きたのかすら認識できなかった。
獣が丘を下って、わずか三分にも満たない出来事だったからだ。
自分の未熟さに手を握り締め、少年は覚悟の眼差しで先を見据えていた。
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