第23話 バルドロウの奮闘

バルドは戦い続けていた。朝も夜もなく、砦の門を守り続けている。すでに体は傷だらけだ。それでも決して倒れることなくセントウル王国軍を退け続けている。


「バルドロウ殿、ここが正念場だ。セントウル王国側も底が見えた。」


「ああ、ここは任せてくれ。」


体は満身創痍でも目の輝きは消えていない。事実バルドは高揚していた。鍛えた体を、磨いた技を、わずかも躊躇することなく振るえるこの機会に。




そして遂に……


「我輩はセントウル王国軍随一の武将メイルズカリッドル・ナラウニアーニである! メリケイン王国の城門を守る騎士に一騎打ちを申し込む!」


どうしても城門を突破できずに徒らに兵を減らしていたセントウル王国軍。後がなくなり無謀な賭けに出たようだ。もちろん勝算はあるつもりなのだろうが。


「受けよう!」


返事をしたのはホプキンス侯爵だった。そしてさらに。


「城門前十五メイルまで近寄って参られい! 攻撃はせぬ!」


「おお!」


自称セントウル王国随一の武将メイルズカリッドル・ナラウニアーニは単身城門に歩いて近寄っている。


バルドも同様に城門から姿を現した。


「名乗るがよい! メリケイン王国門衛の騎士よ!」


「俺はバルドロウ。騎士ではない。」


「なっ!? お主が城門を守っていたのであろう!? それが騎士でなくて何なのだ!」


「俺は剣奴上がりだ。だが、最愛のアイリーンのためにも勝ってみせよう。来い!」


「ふん、王女に横恋慕する剣闘奴隷か。滑稽だな。迷わず死ぬがいい!」


斬りかかってくるメイルズカリッドル。いつものように受け流すことが出来ず、正面から受けてしまい弾き飛ばされるバルド。やはり体が消耗していることは間違いない。しかしバルドの目に曇りはない。


「そのような体で我輩に勝てると思っておるのか! さっさと死ね!」


重い体を引きずるようにしてバルドは戦う。


「横恋慕ではない! アイリーンは俺の妻になる女だ!」


バルド渾身の横薙ぎ。

その一閃は空振りのように見えた。


「ふははは! メリケインではそのような冗句が流行っておるのか! 同情を禁じ得ぬわ! そして隙だらけだ! 死っね……」


バルドは背を向けて城門に向かい歩いている。剣を振り上げ斬りかかろうとするメイルズカリッドル。しかしいつまで経っても振り下ろされることはなかった。


どちらの陣営からも物音一つ聞こえない。そのうちにバルドの姿も城門に消えた。


その場に残されたのは、剣を振り上げたまま動かないメイルズカリッドルだった者だ。ただし首から上はない。そこらに転がっていた。




「全軍突撃!」


呆然としている両陣営に声が響いた。ホプキンス侯爵だ。今しかチャンスはない。ここでセントウル王国を殲滅しておかなければ勝機はないのだ。


四百に満たぬメリケイン王国兵。後の守りなど知ったことかと言わんばかりの全軍総攻撃。籠城の利すら無視した突撃である。体力、食糧ともに後がないため最後の賭けであった。




そしてわずか十数分の戦いでセントウル王国軍は総崩れとなり、撤退していった。バルド達は南の国境を守り切ったのだ。その時バルドは城門の内側横で倒れており、勝利の歓声を聞くことはなかった。





数時間後、バルドが目を覚ましたのは日没後だった。


「バルドロウ様! お目覚めになりましたか!」


「……どうなった……?」


「我が軍の勝利です! セントウル王国は散り散りに撤退しました! バルドロウ様の尽力のおかげです!」


「……なら、俺はもうここには……不要だな?」


「え……こ、侯爵閣下にお知らせしてきます!」


係の兵士は慌てて退出していった。バルドは一刻も早くアイリーンの元へ駆けつけたいのだ。




ほどなくホプキンス侯爵がやってきた。


「バルドロウ殿! 目を覚ましたか! 具合はどうだ?」


「侯爵、心配をかけた。俺は行く、アイリーンの元へ。」


「まあ待て。まずは食事だ。それにもう夜だ。馬車が出せぬ。」


「ならば走って行くまで。明朝には王都に到着できよう。」


「待て待て、どうせ我らも動くのだ。 陛下や殿下が心配なのは我らも同じなのだから。それにある程度は部隊を連れておかねば戦場に駆けつけても意味がないではないか。」


「な、なるほど……それもそうか……」


「それにそなたの傷だ。治療はしたが、まだ塞がってはいない。少しでも休息をとらねば戦うに戦えないだろう。」


「うむ、焦っていたようだ……アイリーン……」


バルドは猛烈な勢いで食事をし、そのまま眠りこんだ。




そして、翌朝。


「バルドロウ殿。部隊の編成は終わっている。国境の守備を残して比較的傷の浅い兵を選抜した。行き先は王都ではなく、ハザームだ。殿下はそこで苦境に立たされているらしい。」


「侯爵、ありがとう。俺には戦うことしかできない。あなたがいてくれてよかった。」


「なんの、私には貴族としても責任があるからな。それにバルドロウ殿にもいずれ王配として苦労してもらうのだ。メリケイン王国を頼んだぞ。」


「うむ、全力を尽くす。」


こうして南の国境を守りきったバルド達。数少ない生き残り兵をまとめてアイリーンを救うべくハザームへと向かった。


アイリーンに残された時間は……

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