メガトーキョー

大那 幻

10月4日(水)

「煙草、4円に値上がりだってさ」


プールーが僕に言った。

スキューバー(一昔前に流行ったナノマシン式のドラッグ)を首元に打ち込みながら。


「煙草といいスキューバーといい、レイワな薬が好きだな」


窓の外の暗闇は、青いネオン管に照らされている。

放射能の混じった雨粒がネオンを受け入れ、ガラスを伝う。


「こうでもしないと、思考を止められないもの」


プールーはチルポップを唄う。

不規則な雨垂れの音と、チルポップのノイズが奇妙に溶け合う。


僕はベッドの上のゴミを無造作に払いのけると、プールーを押し倒す。


「シブカワは、人間の女の子は抱かないの?」


プールーが問う。

打算や嘘の欠如した、哀しい程無垢な瞳で。


プールーの右頬に触れる。

熱は感じない。

僕と概ね同じ、36.5度。

僕にベッドに押し倒される事も、これから抱かれる事も、彼女のCPUの想定内という事だろう。


「孤独でいる方が、清潔に生きていけるからな」


そう呟くとプールーの耳朶を口に含んだ。


プールーは小さくあ、と声を漏らした。

誰に対して向けられたものでもない、無機質な恥じらいを込めて。


「それでアンドロイドとセックスすんの? しかも私のボディタイプは10〜13才の設定で、性行為は違法なんだけど」


「それは君が設計されたレイワの時代の話だろう」


どこかで銃声が聴こえる。

男と、女の叫び声も。


「ボディタイプSR1013-3、違法行為を検出」


「こら、ふざけるな」


乳首に見立てた突起物に噛み付く。

シリコンの味がする。


プールーが笑う。

痛みも快感もアンドロイドは知らない。


射精して、ベッドでグズグズしていると、けたたましいサイレンの音が鳴る。


「もう21時か」


プールー、部屋の電気を全て消して。

急いで!


不揃いに部屋の明かりが消えていく。

外も。


世界が闇に覆われるが、暫くすると目が慣れ、雨雲越しの月明かりに気が付く。

まるで世界が回転していくように。


「シブカワ、ご飯食べてないんじゃない?」


股の間をもぞもぞさせながらプールーが言う。


「今日はいいよ。食欲がないんだ」


プールーを後ろから抱き締める。


また誰かの悲鳴が聴こえる。


「21時を過ぎて表を出歩く奴が悪い」


僕はそう呟き、目を瞑る。

それから、銃声。


「プールー、一番小さなボリウムで、子守り歌をかけて」


プールーの口から音楽が流れる。

夕焼け小焼け。


「夕焼け小焼けは子守り歌なのか?」


「好きだから、いいじゃん」


銃声はまばらに続いた。

プールーを抱きしめながら、明日は僕の誕生日であることを思い出した。





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