最後の切り札
「まさか俺が何も言わなくても、
「こっちこそ『まさか』だ。儂の秘策を難なく食い破ったのだぞ。国虎一人が出てくる必要もあるまい」
「分かってるくせに今更何言ってるんだ。俺達二人の戦いは、こうでもしないと決着が付かないだろうに。それとも長慶は、負けを認めて俺に頭を下げられるのか?」
「魅力的な話ではあるな。だが、それだけはできぬ。国虎も分かっておろう」
一方的な塹壕戦が終わる直前、
今は馬を並べて一騎打ちをする場所へと移動中なのだが、そこでは白々しい会話が交わされている。互いが自身の行動を棚に上げて、相手の行動を非難する有り様だ。こういう時、俺達は似た者同士なのだと改めて思う。
俺が三好 長慶に一騎打ちを挑むのは、そうおかしな話ではない。例え若江城を落として三好宗家・
つまりは一騎打ちは、その泥沼化を防ぐためのものだ。分かり易く俺が三好 長慶を討ち取り求心力を奪う。これによって敵を崩壊させる。この戦いの大枠が
逆もまた真と言えよう。俺を殺せば義栄派は一気に衰退する。現実にそうなるかは別として、誰もがそう考えるに違いない。だからこそ三好 長慶は一騎打ちを挑む。互いに家臣が追い縋るのを振り切って。
ここまではあくまでも二人が一騎打ちを行う大義名分だ。事実とは異なる。
「まあな。俺も長慶には頭を下げられない。だからこそ、ここで勝ち逃げさせてもらう。今の所一勝一敗だからな。次は俺が勝つぞ」
「何? 儂の二連敗ではないのか? それ故儂は、今度こそ国虎に勝とうと一対一の勝負を挑もうとしたのだぞ」
「ああっ、
「誠か? あれは国虎の策ではなかったのか。それは気分が良いな。なら次こそが、我等二人のどちらが上かを決める争いとなるのか」
結局の所、二人共の根底に流れるのはこれである。どちらが上か。そんな意地の張り合いでしかなかった。男という生き物は度し難い馬鹿なのだと自分自身で思う。
けれども馬鹿だからこそ、俺は三好 長慶と戦うのが楽しい。きっとそれは三好 長慶も同じ気持ちであろう。その証拠に二人の会話中、三好 長慶はずっと笑顔であった。
「国虎、この辺でどうだ?」
「ああ、良いぜ。なら互いに馬を降りるか」
「時に国虎、何で勝負する。
「長慶はこの場でそういう冗談が言える男なんだな。驚いたぞ」
「許せ。少々調子に乗った」
「いやいや褒めてるんだ。折角の一騎打ちで長慶が緊張で実力を出し切れなかったら、勝っても悔いが残る。俺は全力の三好 長慶とし合いたいからな」
「その言葉、そっくり国虎に返そう。儂を存分に楽しませてくれ」
遠くで砲撃の音がする。塹壕戦が終わり、本格的な攻城戦へと移行したようだ。敵も必死で抵抗するとは思うが、ここからは当家の得意分野となる。俺の指揮が無くとも何とかしてくれるだろう。
「さてと、そろそろ始めるか。長慶、構えろ」
そう言いながら愛刀の
対する三好 長慶は上段の構え。使用する得物は俺と同じく海部刀のようだ。その凛とした風貌に似合わず、攻撃を優先した構えをしているのが面白い。
「そうそう。見物人達に言っておくぞ! 絶対に手出しをするな。両軍同士でいがみ合いもするな。どちらが勝っても結果を受け止めろ。分かったか!」
「儂も国虎と同じ気持ちだ。良いか、我ら二人の争いを決して汚すでない! どちらが勝っても素直に称えるのだぞ!」
さあこれから始めようかとする所で、念押しをしておく。やはり両軍の大将同士の戦いだからか、心配になったのだろう。持ち場を勝手に離れた両軍の将兵が、結構な数遠巻きに俺達を見守っていた。全体で二〇〇人は軽く超えていると思われる。
それ自体は割り切るしかない。今更持ち場に戻れと言った所で聞きはしないだろう。二人の邪魔さえしなければ良い。そうした思いで俺と三好 長慶は自軍の将兵に対して言葉を投げ掛けた。
「準備は良いな。ならこっちから行かせてもらうぞ。一撃で終了なんて面白くない結末だけにはしないでくれよ」
「それはこちらの台詞だ。儂の茶や連歌は、あくまで嗜みでしかないとその身で知るが良い」
「そいつは楽しみだ」
重心を前に移動し、一気に駆け出す。接敵直前に左足で力一杯地面を踏みしめ、そのまま右足を一歩前へ。流れのまま腰溜めに位置した海部刀を三好 長慶の喉笛目掛けて突き出した。
「へえ、やるねぇ」
だが切っ先は目標には届かず。三好 長慶は愛刀を振り下ろし、俺の突きをいなす。
初撃に失敗した俺は体を時計回りに捻り、右足を後ろの位置へ。距離を取り、敵の追撃を封じた。
「それはお互い様だ。足の出し入れで間合いを変えるのか。面白き動きだな」
次はこちらの番だと、三好 長慶が右斜め前へと歩を進める。俺の八双の構えを見て、左側面が手薄だと判断した動きだ。
「いや、そんなあからさまな動きをされたら、こうするだけだぞ」
左足を一歩引いて左八双の構えを作る。手薄な左側面にはこれで対処可能だ。
「そうは簡単に行かぬか。仕方あるまい。ここからは小細工無しで行くしよう」
言うや否やすり足で数歩進み、右足で大きく踏み込んでくる。全身の力を使った強烈な一撃。上段から振り下ろされる白刃が、寸分違わず俺の頭を砕こうと迫ってきた。
咄嗟に俺は左足を右後方に引き、軸をずらす。体が沈み込むような動きを利用して自身の海部刀を振り下ろし、三好 長慶の刀の峰を叩きつける。そこから刃を返し、下段から掬い上げるように跳ね上げた。
だが、
「おいおい。小細工無しで行くんじゃなかったのか。体を後ろに残しやがって。今の一撃、全体重を使った振り下ろしなら、俺の勝ちだったろうに。やっばり様子見か」
三好 長慶は自身の刀が叩かれた瞬間に後ろへと下がり、俺の追撃をやり過ごしていた。
「虚実と言って欲しいものよ。国虎の力を儂は知らぬからな。試させてもらった」
「相変わらず食えない奴だ」
「それは国虎の方であろうに」
何となく想像していたが、三好 長慶は剣術の腕も相当であった。その上俺の力量を測ろうとする余裕まである。
思えば三好 長慶は天文二〇年(一五五一年)に暗殺者の襲撃を受けている。その時に受けた刀傷は三か所。ここまでの傷を負いながら、致命傷を免れた。この件だけでも、腕前は確かだと分かるというもの。
なら、そんな相手にはどうすれば良い? 出した答えは単純明快で、小手先の技に頼るよりも手数で押し切るというものであった。
「はっ!」
後ろ足で地面を蹴り、袈裟斬りで飛び込む。
振り下ろした先に待っていたのは敵の海部刀。カツンと乾いた音が鳴り、火花が起こる。ここから鍔迫り合いには移行させず、前蹴りを叩き込んで後ろに引かせた。
もう型も何もあったのじゃない。袈裟、逆袈裟を何度も繰り返し、三好 長慶の海部刀を打ち据える。刃こぼれが起ころうとお構いなし。三好 長慶の握力を奪おうと、とにかく何度も打ち込んだ。
「それで終わりか? なら今度はこちらの番だな」
俺が攻め疲れた所で、今度はお返しだとばかりに三好 長慶が連撃を叩き込んでくる。一撃一撃が重い。受けるだけでは身が持たないため、少しずつ後ずさりしながら何とかやり過ごす。
ようやく終わったかと気を抜いた瞬間、今度は大上段からの強烈な一撃。左手を添え、捧げるような姿勢で受け止めるのが精一杯だった。
そうかと思えば、今度は鳩尾にねじ込まれるような痛みが襲う。目線を下に向けると、そこには三好 長慶の右足があった。
「この程度か。威勢の良さの割には、呆気ないものよ」
「……」
転がるように逃げて何とか距離を取る。
「さあ立て、国虎。まだ終わっておらぬぞ。とは言え、それではもう儂と争えぬかも知れぬがな」
「コホッコホッ、……それはどういう意味だ」
「右手をよく見てみよ。今国虎が手にしている物は何だ?」
「手にしている物? 海部刀じゃないのか? ……ああ、そういう事か。確かにこれはもう駄目だな」
最後に受けた大振りの一撃が原因であろう。右手にあった違和感の正体を知る。今俺が手にしている海部刀は、真ん中からボッキリと折れていた。頑丈さで定評のある海部刀であっても、三好 長慶の剣の腕には敵わなかったと見える。
「それでどうする? まだ続けるか? もう分かっていると思うが、腕の差は歴然だ。国虎に勝ち目は無いぞ」
確かにその通りだ。ほんの少しの打ち合いでも、明らかに差があるのが分かる。派手な技を使わなくとも、冷静に対処し、一つ一つの打ち込みを重く正確に行う。これ以上ない堅実な戦いだ。俺の俄か剣術では絶対に勝てないのが分かる。
三好 長慶は初めから勝算があった。だからこそ、俺との一騎打ちを望んだのだろう。単なる意地の張り合いだとしても、そこには冷静に自身の力量を把握した計算高さがあった。やはり三好 長慶はこの時代の英雄だ。俺よりも一枚も二枚も上の存在だと分かる。
しかしながら、勝算があるのは俺もまた同じ。そうでなければ一騎打ちなど挑まない。
「いんや、まだ続けるさ。俺には切り札があるんでね。剣の腕は長慶の方が上。それははっきりと認めよう。だがな、これはあくまで一騎打ちだ。剣術の優劣を決めるものではない。それを忘れてもらっちゃ困るよ」
「今から弓でも出してくるつもりか? 悪いが、儂に背を向けて取りに行こうとした瞬間、国虎の命は終わるぞ」
「弓じゃないから安心しな」
「なら得意の鉄砲か? のんびりと玉薬を詰め、火縄を準備している間に、儂は国虎を何度も殺せるぞ」
「今から良い物を見せてやるよ」
鳩尾の痛みを我慢して、何とか立ち上がる。右手に持っている折れた海部刀を左手に持ち替える。陣羽織の下に隠れた右肘部のボタンを押して、ロックを解除する。
さあこれで準備は整った。
俺の言葉をハッタリではないと見抜いたのだろう。三好 長慶は構えを正眼に変え、守りにも対応できるようにしていた。
──残念だが、初見でこれに対応するのは無理だ。長慶。
右肘を曲げ、そこから大きく振り出す。
現れたのは銃身を極限まで切り詰めた小型の銃。勢い良く腕を振れば腕に仕込んだ銃が飛び出してくるギミックを、俺は最初から右腕に仕込んでいた。袖付きの陣羽織を纏っていたのは、そのギミックを覆い隠すのが目的である。
「何だそれは!」
「これが俺の最後の切り札『携行型空気銃』だ! 鉄砲はここまで小さくできる。油断したな。あばよ!」
瞬間引き金に指を掛け、全力で引き絞った。
一発装填のつづみ弾仕様の空気銃。以前、
銃口から放たれるつづみ弾が三好 長慶の顔面へと直撃する。そして隙だらけとなる。俺は一気に駆け出し、体当たりするかのように折れた海部刀を土手っ腹へと差し込んだ。
「……見事だ、国虎……」
無言で海部刀を引き抜く。三好 長慶の腹部からは、滲むように血が溢れ出す。手にしていた海部刀をどさりと地面へと落とし、膝から崩れるように前のめりに倒れていった。
「長慶、介錯をしてやる。最期に言う事はないか?」
「言いたい事は……山程……ある。だが……今は、これだけだ。国虎、来世では共に戦おうぞ!」
「分かった。来世では俺達は仲間だ。その時は長慶に天下を取らせてやる」
「それ……は……楽しみ……だ」
最早虫の息となった三好 長慶に、これ以上苦しまないようにと首を切り落として命を絶つ。その際俺は三好 長慶の海部刀で介錯をさせてもらった。
この海部刀を天へと掲げ、あらん限りの大声で叫ぶ。
「三好 長慶はこの俺、細川
三好 長慶、安らかに眠れ。
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