第二次舎利寺合戦

 四万と六万の軍勢が睨み合う。場所は石山いしやま本願寺から南東に五キロメートルと離れていない地。平野ひらの川を挟んで東には三好 長慶みよし ながよしが、西には俺が総大将となる。


 その地の名は舎利寺しゃりじ。俺達二人が争うには最高の舞台と言えた。


 後世この戦いは、きっと「第二次舎利寺合戦」と呼ばれるようになる。


 予想通り三好 長慶は六万もの兵を掻き集めてきた。向こうも勝ちに来てるのだから数を揃えるのは当然であろう。望遠鏡で見る限り、僧兵らしき風体が数多くいるのを確認した。やはり仏敵細川 国虎を打倒せんと寺社勢力にも協力を呼び掛けたのだと考える。


 対する俺の方は約四万。内訳は当家、伊予安芸いよあき家、薩摩斯波さつましば家、肥前渋川ひぜんしぶかわ家、肥後津野ひごつの家、一向門徒衆、大新宮ダイシングーとなる錚々たる面々だ。隊列は右翼が伊予安芸家と一向門徒衆、中央が大新宮と本隊、左翼が薩摩斯波と肥前渋川家。肥後津野家は予備部隊としている。


 なお、毛利もうり親子には負けた場合の保険の意味も込めて、この戦いでは休養を与えていた。


 この時代の兵の死亡原因は、ダントツで病気となる。現代人には馴染の薄い破傷風であった。逆に言うなら、戦場で即死する兵は想像以上に少ない。戦闘を脱落する理由は、逃走を除けば多くが怪我による行動不能となる。


 つまり怪我の治療をしっかりと行えば、破傷風から免れて死者の数は大きく低下する。石山本願寺の野戦病院では、当家製作のヨードチンキが大活躍したという訳だ。俺が兵を土佐から補充しようとせずにずっと待っていたのは、兵の怪我からの回復を待っていた側面もあったと言えよう。


 こうした死者の少なさも、当家の強さの一つである。死亡率が低くなると、その分練度の高い兵が数多く生き残る。それは個々の戦闘力に於いても、集団での連携力に於いても影響を与えるのは必然と言えよう。


 ましてや当家は火器偏重の軍勢であるため、専門性が高い。小銃の扱い一つでもそうだが、ベテランと新兵では大きく違う。銃兵は育成期間が短いというのは幻想だ。短い期間の場合は最低限のみ。いざ本番の戦闘となれば、どれ程役立つか疑わしいものである。


 何が言いたいかというと、当家は兵を使い捨てにはしない。だからこそここまで大きく領土を拡大できた。


 ふと、こういう所も島津しまづとは相容れないのだと思う。当家は名よりも命を惜しむのが家風であった。


 それはさて置き、両軍の激突は静かに始まる。これだけの大軍が争うのだから、平野川を巡った激しい攻防が繰り返されるのかと思いきやそうはならない。互いが矢を打ち合う実に地味なものだ。この戦のために揃えた火器さえ、両者が出し惜しみする慎重さである。三好 長慶は兵数の有利さを一切生かそうとしない。


 ……こいつはかなり厄介だ。


 理由は明白である。双方が互いに土嚢を積み上げ、逆茂木や柵、楯を設置して、しっかりと守りを固めているからだ。


 こちら側は当然であろう。兵の数が劣る以上は無理はさせられない。しばらくは迎撃に徹して、機を見て攻勢を掛ける。基本中の基本だ。


「このままでは埒が明かない。少し仕掛けるか。玄徳げんとく和尚に伝令を出してくれ。ビッグボンバーで土嚢ごと吹き飛ばようにと。これで三好 長慶の対応を見てみる。後それと、両翼の伊予安芸家と薩摩斯波家には絶対に動かないよう伝令も頼む。渡河は敵が隙を見せるまでお預けだとな」


 火器は思った以上に当たらない。そのため本来は散発的な使用は厳禁だ。敵に与える損害を考えれば、これ程割に合わない使い方はない。せいぜいが積み上げられた土嚢の一部を壊す程度であろう。同じ理由で三好 長慶も、持ち込んだ火器を未だ使用する素振りを見せない。


 けれども今回はその禁を犯し、探りを入れるために使う。


 俺の指示を受け、玄徳和尚の隊が一斉に芝辻しばつじ砲を敵陣に向かって発射した。何発かは土嚢に命中させるも成果はそこまで。敵が浮足立つような気配は一切見られない。


「……そうなるか。こいつは本当に厄介だぞ。持久戦になると数の多い三好側が圧倒的に有利だからな。こちらの士気が落ちるまで耐え凌ぎ、そこから一気に波状攻撃を仕掛けるつもりか。火器の特性をよく理解しているよ」


 幾ら芝辻砲が巨大な弾を飛ばすとは言え、口径は一〇センチにも満たない。しかも質量兵器のため、敵陣で破裂はしない。これでは人に直撃させるのはまず無理だ。土嚢に当てるのでさえ苦労する。


 これでせめて敵が火器を持ち出して反撃に転じてくればまだ良かったのだが、それすら無い。兵を散会させてやり過ごすのみ。こう冷静に対処されてしまえば、渡河しての突撃など絶対に行えない。それを行えば十字砲火の的になるのが見えている。南九州での島津の動きとは、一段も二段も上だと分かるというもの。


 「この程度の攻撃、効かぬわ」 敵陣からそんな声が聞こえてきそうだ。


「いや待て。何かがおかしい。伝令! 敵左翼部隊の所属を調べるよう、右翼の安芸 左京進あき さきょうしんに使いを出してくれ」


「かしこまりました」


 だが、これほど統率が取れていると、逆に粗が目立つのもまた事実だ。砲撃は本陣が後ろに控えているであろう中央部だけではなく、敵右翼・左翼にも撃ち込ませたのだが、敵左翼の動きが少々鈍いように感じる。敵中央部隊の動きが見事な動きだけに発見できた。


「国虎様、安芸様からの報告です。敵左翼は興福寺の衆徒しゅとで構成された部隊との事。如何致しますか?」


「あっ、まだ本格的には仕掛けないから、安芸 左京進にはそのまま待機するよう伝えておいてくれ。それよりも一向門徒衆を率いている下間 頼総しもつま らいそう殿に俺の元へ来るよう伝えてくれるか?」


 なるほど、そういう訳か。上手く手懐けているとは言え、興福寺はあくまでも協力者の立場だ。それが影響して、他部隊との練度の違いが出たと見るべきだ。


 つまりはここが敵の隙となる。 ならこの弱点を無理矢理こじ開け、敗因へと変えるのが次の段階と言えよう。下間 頼総殿にはその立役者となって頂く。


 一向門徒衆には頼りたくはなかったのだが、背に腹は変えられない。今の俺には手段を選ぶ余裕がなかった。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 日をまたいだ翌日は、少し隊列をいじった。右翼は一向門徒衆を前に出し、伊予安芸家の軍勢を後ろに下げさせる。同様に左翼も肥前渋川家の軍勢を前に出し、根来衆を前面に押し出させた。


 それだけに留まらない。玄徳和尚の隊や抱え大筒の隊を右翼に移動させ、水平撃ちの準備をさせる。


 今回の戦法はズバリ振り飛車。いつものように正面突破しようとせず、敵の弱い部隊に打撃力の高い部隊を当てる。俺がこれまでしなかっただけで、何も特別な戦法ではない。その上で興福寺と因縁のある一向門徒に突撃を行わせ、敵の冷静さを奪う。


 勿論の事ながら、敵中央部にも攪乱を行うのも忘れない。


「さあて、今週のビックリドッキリメカだ。長宗我部 親益ちょうそかべ ちかます、トビー・レミントン隊を前に出せ!」


 全長一二六センチ、重量四五キログラム、口径二八ミリのお化けリボルバー。例えるなら巨大ロボット用の銃。それが今回の試作兵器となる。数は一〇丁。台車に固定して持ち運ぶ意味不明の仕様だ。これをガンレストと呼ぶにはいささか語弊がある。


 作らせた俺が言うのも何だが、アサルトライフルよりも長い全長に、自転車二台分より重い重量とか笑うしかない。ガトリング砲よりも軽いのがせめてもの救いだろうか。リボルバーでありながら、腰にも差せなければ背中にも背負えない代物である。


 何故そんな戦場にはそぐわない銃を敢えて使うのかとなると、この時代の口径二八ミリの銃は大筒と同じと言って良い。要は六連発の大筒が、トビー・レミントンの位置付けであった。


 心臓マッサージをするような仕草で巨大な撃鉄を起こすと、弾倉が回転する。引き金がシングルアクション・ポジションへと位置する。これにて撃発可能となった。


「ド派手に行くぞ! ファニング・ショットだ!! 全弾を三好に喰らわせてやれ!」


 俺の号令と共に一〇丁のトビー・レミントンが一斉に火を吹く。射手は四本の指を使ってトリガーを引く馬鹿さ加減だ。動作一つ一つが規格外である。


 それだけではない。引き金は引き絞ったままでもう一人が力一杯に撃鉄を起こす。それを離した瞬間に撃鉄が倒れて次弾を発射。後はこれの繰り返し。


 瞬く間に発射された六〇発の二八ミリ弾が三好陣営を襲う。射程は五〇メートル程度しかないために実害は与えていないと思われるが、さしもの敵兵もこれには度肝を抜かれたであろう。周囲はおびただしい量の白煙が満ち溢れる。


「ここからが本命だ。芝辻砲と抱え大筒の部隊は、敵左翼に全弾ぶち込め! 一向門徒衆は平野川に土嚢を投げ込んで渡河。そのまま興福寺衆徒に突撃。伊予安芸家は焙烙玉で一向門徒衆の渡河を支援。隊の指揮は下間 頼総殿と安芸 左京進に任せた。後の判断は各自で行え」


 相変わらずこの辺が俺の限界と言えよう。直属の部隊へは具体的に指示を出せるものの、それ以外は大まかな指示を出すだけで丸投げをする。戦場は常に状況が変化するだけに、俺一人では対応ができない。


 また実際に敵と戦う兵からすれば、複雑な動きを命じられた所で「やってられるか」となるのが正直な所だ。だからこそ、その時々に応じて単純な動きを指示する者が必要となる。


 ここから先は俺の領分ではない。報告が上がるのを待つだけである。


「俺達は攪乱を続けるぞ。次は火の鳥だ。当てようと思わなくて良い。とにかく敵中央部が身動きをとれないようにして、敵左翼との分断をしろ」


 その間にトビー・レミントン隊には再装填を行わせる。


 回転弾倉種子島と違い再装填に時間が掛かるのがこの銃の弱点の一つでもある。具体的にはハーフコック状態にしてから、新たなニップルキャップ、火薬、弾丸を装填していく。それも六発分。チェスト種子島より遥かに楽ではあるが、一度回転弾倉種子島に慣れてしまうと、おっくうな作業と言えよう。

 

「申し上げます。国虎様、一向門徒衆が渡河に成功し、敵左翼との交戦に入りました」


 どうやら順調に進んでいるようだ。何より大きな犠牲も無く渡河できたのが大きい。この後は安芸 左京進が頃合いを見て、続けて渡河を行う筈。そうすれば敵左翼をすり潰すも良し、裏に回って三好 長慶の本陣も突く良し。様々な選択肢が生まれる。


 そうなれば全軍突撃のお膳立ても整う。六万の兵力もこの時点では最早活かしようがない。俺達に勝ちが転がり込んでくるだろう。


 ──そう考えていた時であった。

 

 三好 長慶のいる本陣から突然煙が上がる。いや、煙ではない。狼煙が正しい表現だ。


 つまりはこの局面に於いて、三好 長慶は仕掛けてきた。


「大将、これは伏兵への合図だ。警戒した方が良い。多分敵は、大将のいる本陣に強襲を仕掛けてくるぞ」


「俺も同じ考えだ。しかしな、この舎利寺周辺で何処に伏兵を伏せておける? それに、ここに陣を敷く前に周囲は十分捜索させたぞ」


 とは言えこの地域には伏兵を置ける場所が無い。幾ら人の手が入っていない箇所は雑草が生い茂っているとしても、俺達が陣を敷く間ずっと隠れておくのは不可能と言えるだろう。近くには御勝山古墳があるものの、そこは既に探索済みである。こうした状況で如何に本陣を強襲するのか俺には分からなかった。


「三好 長慶の意図は読めないが、何が起きても良いように警戒するしかないか。重治しげはる悪いが、周囲の捜索を頼む。護衛を忘れるなよ」


「それは構わないが、大将が危なくないか?」


「大丈夫だ。俺の護衛は無敵の久万くま衆だからな。心配はしていない。それに津野 越前つの えちぜんの軍勢もいる。いきなりさっくり殺されはしないさ」


「大将がそこまで言うなら」


 その時であった。


「申し上げます。安芸様より平野川を伝ってやって来る軍勢を発見したとの報告です。数は不明。旗は七つ片喰かたばみ。伊予安芸家が迎撃に向かうとの事です」


「七つ片喰……長宗我部か! 若狭わさか国制圧の際に取り逃がしたと報告を受けていたが、まさかここで」


「どうする大将?」


津野 越前つの えちぜんを援軍に向かわせる。それと重治はここに留まってくれ。まだ第二、第三の矢があるかもしれない。周囲の警戒を頼むぞ」


「分かった」


 やられた。敵の綻びに見えた部分が、実は誘いだったという訳か。俺がこじ開けに来る所まで読んでいたのだろう。


 この時代の平野川は現代と違い、川幅も広く水運に利用されている。それを戦術に応用した。さながら海兵隊の河川版と言うべきだろうか。


 つまりは肉を斬らせて骨を断つ。敵の軍勢を引き込み、攻撃に集中させている所に側面から強襲する策だ。もし安芸 左京進が渡河を終えていたなら、俺のいる本陣が直接襲われていたとなる。


 ──いや、待て。


 なら狼煙は、何故伊予安芸家の軍勢が渡河する前に上げたのか?


「申し上げます。安芸 左京進様討ち死に。軍勢の指揮は河野 通康かわの みちやす様が引継ぎ踏み止まっておりますが、いつまで支えられるか分からないとの事です」


「やられた。二段構えか」


 この時俺はようやく三好 長慶の思惑が理解できた。長宗我部による強襲上陸は何も本陣を突かなくとも良い。こちらの手札を減らすだけで十分だったとなる。


 援軍に向かった津野 越前だけでは、伊予安芸家の軍勢を崩壊させないように支えるのが精一杯だ。長宗我部の軍勢を殲滅するまでには至らない。


 ここで対岸の三好軍が全力で前に押し出してきたらどうなるか? 数の暴力はこういった時に使うのだと三好 長慶がしたり顔で呟いている様が目に浮かぶ。


 火器は万能ではない。今の俺達が持つ殲滅力では、敵の人海戦術に全て対応するのは不可能だ。ましてや兵力はこちらの方が少ない。このままでは少しずつ押し込まれ、すり潰される未来が確定する。


 せめて早急に長宗我部の軍勢を殲滅できるなら、右翼からの攻撃で活路は見出せよう。だがそれをこの状況下で無理に行えば、今度は前面からの人海戦術に負けて崩れ去る。


 ──駒が一枚足りない。


 今の戦局はそれが全てであった。


「申し上げます! 国虎様、後方より軍勢が押し寄せて参りました」


「畜生。やっぱり隠し持っていたか。後方から来る敵軍勢がどの部隊か分かるか?」


「旗印は永楽通宝。織田おだ様の援軍です! 先程早馬が到着し、当家に加勢するとの伝言を残していきました」


「はっ……はは。マジかよ。首の皮一枚繋がりやがった。伝令、悪いが使いを頼まれてくれるか? 織田 信長おだ のぶなが殿には右翼にいる長宗我部退治をお願いすると」


 負けたと思った瞬間の起死回生の逆転劇。地獄で仏とはまさにこの事だ。勝負に負けて戦いに勝つ。このような事が本当に起きるとは思わなかった。


「よく聞けお前等! もうすぐ援軍が到着する! だからそれまで全力で支え続けろ! そうすれば俺達の勝ちだ!」





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